上 下
77 / 269
第二部 「罪は悪役令嬢とともに」 ロースター焼肉は、罪の味 ~路地裏の焼き肉屋で、公爵令嬢と肉を焼く~

ヘンネフェルト公爵令嬢と焼き肉

しおりを挟む
 さてさて、完全なるオフです。パーフェクトなオフ。
 誰にも邪魔されない焼き肉が、わたしを待っています。
 今のわたしは、冒険者風の出で立ちです。
 焼き肉を食べるので、ナメられないようにしないと。

「お、おあつらえ向きのお店があるではありませんか!」

 ほぼカウンターのみという店構えが、実に尖っていますね。
 カウンターだと、大将が直接メニューを手渡ししてくれるスタイルですか。お客さんのサイクルも早いですね。

 席が空きました。では出陣と行きましょ――。

「見つけましたわよ。クリス・クレイマーッ!」

 わたしを呼び捨てで呼ぶ人は、数えるくらいしかいません。
 エンシェント院長、シスターローザ、そして、この方です。

「ウルリーカ・ヘンネフェルト王女。本日はどういったご用件で?」

 辺境伯である父の幼馴染、ヘンネフェルト公爵のご令嬢です。
 その縁もあって、わたしは彼女とも親しくしていました。
 同じ幼稚舎をでています。

「わたくしのことは、ウルと読んでくださいな、クリス。同期の桜ではありませんか」
「はい。ウル王女」
「……いじわるですわね」

 ウル王女が、頬を膨らませました。

「どこの世界に、往来で王女様を呼び捨てにするシスターがいますか」

 こちらにも、立場というものがありまして。

「いいではありませんか。そんなかしこまる時代でもありますまい」
「わたしの出で立ちを御覧なさいな」

 今から、労働者に扮して焼き肉を食べに行くというのに。

「焼き肉ですのね?」

 目ざといですね。わたしの視線を読んで、一発で焼き肉を食べるのだと当てました。

 立ち話もなんですから、と、わたしは馬車に連れ込まれます。
 でも、それは方便。
 彼女はなんと、馬車の中で着替えを始めたではありませんか。
 しかも、男装です。
 あっという間に商人風の紳士に早変わり。

「どこで、そんな変装セットを手に入れたんです?」
「あなたを見習ったのですよ。それにしてもひどいですわ。わたくしになんの相談もせずに美食三昧とは」

 ため息を付きながら、ウル王女は続けます。

「い……っつもあなたは、わたくしに黙って楽しいことをなさる。今日は逃しませんわっ」
「今日は、公務はありませんの?」

 ウル王女は、ヘンネフェルト家の次期当主でもあります。
 殿方をお迎えする花嫁修業もありましょうに。

 それで、わたしにも平和な日々が訪れていたのです。

「公務なんて、抜け出して差し上げましたわ!」

 いばることですか!

「お父上に、ドヤされますよ?」
「だって、つまんないんですもの! 朝から晩まで社交界の練習とか、頭おかしいですわ!」
「わたしが食べられないスイーツなど、贅沢三昧じゃないですか!」
「あなたのいないお茶会とか、退屈極まりないですわ」

 心底嫌そうに、ウル王女は語ります。

「あなたが美味しそうに食べているのを見るのが、わたくしの生きがいですのに!」

 また、女性同士のお茶会だと、悪口大会になってウンザリしているそうで。

「『どこぞの伯爵令嬢は、貧乏人と結婚したー』。かと思えば、『あっちの殿方はお里が知れていましてー』だの。はあ。もう嫌になりますわ」

 唇を尖らせた王女から、苦労が伺い知れました。

「なんの自己成長にもなりませんわ。行動なくして成長なし。彼女たちは、己を鍛えることを放棄してしまったのですわ。そんな方々とカップを並べ合うのがどれだけ不愉快が、あなたには想像もできないでしょうね」

「はい。少なくとも、あなたが愚痴を漏らすくらいひどい茶会であることは、理解できたつもりです」

 わたしがいうと、王女はセキ払いをします。

「そうでしたわね。あやうく、わたくしも彼女たちのレベルまで落ちるところでしたわ。やっぱり、あなたと話してよかった」
「お役に立ててなにより。おわかりになったら早くお帰りを――」

「では、お礼にごちそういたしましょう」

「どうして、それを早くおっしゃらないのです?」
しおりを挟む

処理中です...