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麻婆豆腐は、罪の味 ~街の大衆食堂の麻婆豆腐と、屋台の肉まん~

麻婆豆腐は、罪の味

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 わたしには友だちはたくさんいますが、恋人や配偶者などはいません。
 ましてや子どもなんて。

 正直なところ、ほしいと思ったこともないです。
 家族が増えれば、自由な時間もありません。
 こんな風に、どこかへ気軽に食べ歩くことも難しくなるでしょう。

 家族を持つことを、否定はしません。
「作りたい方たちが、家族を作ればいい」というスタンスですから。

 しかし、ここで持論を展開しても仕方がありません。
 場がシラケるだけです。

「ラーメンお待ちヨ」

 続いて、ラーメンが参りました。

 ラナさんの手で、四人で分けられます。

 では、いただきますよ。

 ああもう、罪深うまい。参りました。降参です。

 しょうゆ味で、具材はネギ・メンマ・チャーシューのみでした。

 店主ったら、それを全部四人分乗せていてくれましたよ。
 ケンカしないように。
 これはもう降参ですね。

「なんというお気遣いでしょうか。この配慮! すばらしいですね」
「あ、いや、頼んだんだ」

 ミュラーさんが、メニューを見せてくれました。

「追加でお金を払うとトッピングできる」と書いていますね。なるほど。

 これで物足りないなんて言おうものなら、バチが当たりますね。

 思わず、ラーメンライスにするところでした。
 それも幸せですが、またお楽しみはこれからです。

「麻婆豆腐、お待ちヨ」

 来ました。主役が来ましたよ。

 見事なまでに、赤いです。
 お豆腐とミンチが、お椀の中で赤く混ざり合っています。
 まだ沸騰していますね。
 型崩れもなんのその。かえって味わい深い。
 まるで芸術品を思わせます。一つの世界を描いていました。

「形なんてどうでもいい」と、国王も言っていましたね。

 美しいものは、どんな形でも美しいのでしょう。

 みんなで分けて、いただきます。

 熱々を一口――んっ!

「これは、罪深うまい!」

 声に出ちゃいました。

 辛いです。とはいえ、見た目ほど強烈に辛くありません。
 それでいて、コクがあります。
 辛味がアクセントとなって、ラーメンなどのおかずが引き立っていますよ。
 名脇役でありつつ、自己主張もちゃんとする見事なバイプレイヤーのお仕事です。

 こんな味の出し方があったとは。

 お子様の舌で大丈夫かと思いましたが、ホリーさんはガツガツ言っていますね。さすが剣士の子。辛いのはへっちゃらみたいですね。

 子どもも安心して食べられる辛さ。

 こんな味に、ライスが合わないわけがありませんよね!

 オンザライス、させていただきます!
 お下品ですが、これも愛嬌というもの。

 ドローッと、純白のキャンバスにミンチと豆腐のアクセントを。

 麻婆丼。

 ああもう。傑作です。
 世界に二つとない、美術の結晶が完成いたしました。

「いただきます」

 んんん、罪深うまい。

 こんなの、おいしいに決まっていますよね。
 トロットロのアンがお米に絡みついて、適度な辛さとミンチのプチプチ食感が混ざっています。
 幸福に満たされますよ。

 ホリーさんも、プチ麻婆丼を完成させて、モリモリと口へ運んでいます。

「おいしいですね、ホリーさん」
「うん。おねえちゃん!」

 頬をパンパンにさせながら、ホリーさんが笑顔を見せました。

「懐かしいわね」
「そうだろ? ここに来てよかった」

 麻婆豆腐をシェアしながら、ミュラーさんと奥さんが笑い合います。

「この人、初デートで無理して、高いお店に入ったんですよ」
「そうそう。騎士なりたての頃だったな」

 ここの店主は、名店のオーナーだったと聞きました。
 噂に違わぬ腕前で。
 庶民派の味まで出せるとは。

「お嬢ちゃんは覚えているかな? 俺たちを繋げてくれたのが、あんただったんだ」
「わたしが?」
「肉まん」
「ああ!」

 ミュラーさんは、あそこの肉まんをラナさんとシェアしたんでしたね。

「お似合いのカップルだなと」
「やだぁ。お似合いだなんて」と、わたしはラナさんに肩を叩かれちゃいました。
「あのとき私たち、初対面だったのよ?」
「え!?」
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