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第六章 世界のピンチなんですけど!?

ギャル、客と揉める

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 結局、 王都ではロクな視察ができなかった。
 魔王討伐で、探索どころではなかったのである。
 どこもかしこも兵隊がひしめいており、いつ戦争になってもおかしくない状態だった。

 王都は現在、北と南から二人の魔王に狙われている。
 南に魔物の軍勢が集まっていると情報があったそうだ。
 敵の数が多くなると対処できない。
 よって南から攻めようという方針らしい。

 それだけ聞けただけでも十分だ、と思うべきか。
 ラーメンが王都でウケただけでも、よしとしよう。
 
 ところが、チョ子はあっさり、ラーメン屋を手放した。
 材料がなくなったからだ。
 食堂にノウハウを教え、道具も渡して。

「相変わらず、太っ腹ね?」
「ラーメンの技術を伝えるってことが目的だし。それにさ、プロの作ったやつの方がおいしいじゃん?」
「それもそうね。それで、何をするの?」

「ウチらがやることなんて一つっしょ」
 チョ子はアドリブへの対処が早い。
 すぐさま屋台を改造して、商売道具を準備する。

「えらい用意がいいわね?」
「ダイフグに、ネイルの道具とかミシンとか詰め込んどいたんだよね」

 最後に看板を立てて、ネイルサロン営業を開始だ。

「悩んでるときはさ、仕事するのが一番。モヤモヤした気持ちのまま遺跡とか行ったってさ、視野が狭くなってるじゃん? 解決法なんて出ないよ。ちょっと自信付けてから行こうよ」

 遙香は、チョ子の心遣いに感謝した。

 さすが王都だ。
 ラーメンのときみたく、好奇心が旺盛な人が多い。

「少々、よろしくて?」
 太った貴婦人風の女性が、列に割り込んできた。
 他の客を押しのけて、ドシンと腰を据える。

「ちょっと、順番守りなよ」
 チョ子が抗議した。

 並んでいる客に金を渡す。順番を買い取ったのだ。
 まずい雰囲気になる。

「あなたね、わたしの友人にネイルとやらを施したのは?」
 先日の顧客のことだろう。

「ええ、そうですが」
「見事な出来だったわ。羨ましかった。知り合いとして礼を言うわ」
 太った婦人は、側に仕えている筋肉質の男性に指示を出す。

 男性は、金額の書かれたカードを差し出した。

「ねえ、あなたたち、わたしの屋敷で、専属のメイクをしない?」

 買収するというのか。

「お抱えってことですか?」
「そう。悪いようにはしないわ。そちらのお嬢さんも、一緒にいかがかしら。もちろん、新しい道具や必要な材料は、こちらが無償で提供させていただくから」

 いつかは、こうなるとは思っていた。
 珍しい物、便利な技術は、きっとこういった金持ちの目に触れる。
 彼女に付けば、安定した収入を得られるだろう。

 だが、遙香が欲しいものは。

「ハッカを連れてくな!」
 やはり、チョ子は納得しなかった。遙香の前に立つ。

「あんたさ、さっきから失礼じゃん! 他の人に割り込んでさ、そんなんじゃ、いくら待遇がよくたって、お断りだね!」

「なんだ、貴族に刃向かうのか?」
 強面の護衛が、チョ子の手首を掴む。

「離せ!」と、チョ子が、男の手を振りほどく。

 護衛は、チョ子の両手を封じようと迫った。

「おやめなさい」
 婦人の指示で、護衛は動きを止める。

「どう、よい返答を聞きたいのだけれど?」

「申し訳ありません。この技術は、生活に精一杯で、ちょっとしたオシャレができない方々のために提供しているのです。お金や時間に余裕のある、特定の人だけに提供する代物ではありません」

「断るというの?」

「無礼を承知で申し上げています。もし、ご不満でしたら、我々は街から出ますので」
 席を立ち、遙香は他の女性たちに頭を下げた。

「皆さん、お騒がせしました。本日は終業とさせていただきます。失礼致します」
 遙香は、店を畳んだ。

「ごめん、みんな」
 宿屋に戻るなり、遙香はメンバーに土下座した。

「ハッカが悪いんじゃないよ。ウチがお店やろうって言うのが悪かったんだし」
「いいえ、全面的に私のせいよ。ああいう奴が嫌いだから、小さい店をやりたいって思っていたの。だから、つい熱が入ってしまったわ」

 父の友人が、あんなタイプだったのである。上から目線で、「投資してあげる」とか言い出して。

 そんな相手に頭を低くしている父も嫌いだった。

 しかし、事業に私情を挟むなど、一番やってはいけない。

 そのまま、寝るまで遙香の反省会モードは消えなかった。
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