伝説の武具のサイズが合いません⁉ 聖女をダイエットさせろ!

椎名 富比路

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第三章 ないぞうしぼう!(果てしない減量と未曾有の危機に、聖女は思慕を歌う!)

温泉

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 川で手を洗い、ライカが作った弁当を開ける。

「うわあ」と、今度はセリスが目を輝かせた。

 重箱の中味は、雑穀パンで作ったサンドイッチと、唐揚げやミートボールなど、肉を中心としたメニューだ。
 今まで消費したエネルギーを補うような献立である。
 いつもの麦茶とは別に、紅茶の入った水筒も持ってきた。

 手を合わせて、一斉にかぶりつく。
 ライカも例に漏れず、疲れた身体へ肉を放り込む。
 甘辛く味付けされた肉を頬張る。
 まるで肉が即座にエネルギーへと変換していくような錯覚を覚えた。

「ちゃんと味わいましょう」
 がっつくセリスを、ライカは窘める。

「ふあい」と、口にミートボールを目一杯入れたまま、セリスが生返事を帰してきた。
 さすがに手を遅くしろと言う方が無理か。大量に食べてもらうように作ったから。

「たくさん運動したので、しっかり食べましょう。ここから、雷漸拳の続きがありますから」
 ライカが言うと、二人は気を引き締めて、料理を大量にかき込む。


 食事休憩を終えて、ついにダンジョンへと足を踏み入れた。

 ランタンを灯し、先行する。

「どこまで続いてるんですか?」
 ダンジョンの先が見えないせいか、セリスが不安を口にした。

「そんなに深くないので、安心して下さい」

 入り口から遠ざかっていくうちに、段々と空気が暖かくなってくる。

「大気は熱すぎではないですか?」

「いえ、気持ちいいです。お風呂に入っているときみたいな」
 手で顔を仰いでいるが、セリスは微笑んでいた。

「大地のプラーナです」

 プラーナは、人間の肉体だけに流れているわけではない。
 自然界にも存在する。草や木、土に至るまで、プラーナで構成されているのだ。

「随分と濃いプラーナです。ボクが睨んだ通りのものがあるはず」
「ライカ殿は、この先に何があるとお思いで?」
「行けば分かります。ついてきて下さい」

 言っているうちに、最奥部へと到着する。ここまでくるのに、約五分ほどだろうか。

「着きました。ここですね」

 そこにあったのは、湯気の立つ湖だ。循環が行き渡っているのか、色は透明だった。

「なるほど。これが治癒の泉ですか」

「天然温泉ですか。ここ?」
 余程珍しいのか、セリスは湖の周りを一周しながら手をパタパタさせる。

 思っていたとおりだった。
 温泉は、アマンドにもある。ここは、アマンド地方でも見られる温泉にそっくりだ。

「ここで、汗を洗い流していきましょう」
「それで着替えとタオルが必要だと」
「はい。早く浸かりましょう」

 いそいそと、ライカは服を脱ぎ終える。
 予め持ってきていたお椀で、かけ湯をした。
 温かい湖へ、ゆっくりと足をつける。

 熱が、爪先から全身に行き渡った。
 さらに足をつけると、湯に浸かったところから筋肉がほぐれていく。
 予想以上にリラックス効果のある温泉だ。
 聖女領の近くにはマグマが走っていると噂には聞いていた。
 こんな療養スポットがあったと知ったときは歓喜したものだ。

「ら、ライカさん」
「気持ちいいです! みなさんもどうぞどうぞ! どうなさったので?」

 なぜか、二人は服を着たままである。

「だって」
「体型に自信が」

 セリスとテトとは、裸体を見せたくないようだ。

「何をおっしゃる。せっかくの温泉です。開放的になりましょう。誰も見ていませんよ」
 湯船から、ライカは立ち上がった。両手を広げて、二人を招く。

「そこまでおっしゃるなら」
「入らぬ訳には、いくまい」

 意を決して、二人は服を脱ぎ始めた。タオルで身体を隠す。

「どうですか、この温泉。いいお湯でしょう?」
「とっても気持ちいいです!」

 セリスが身体を温めた。「はあ」と、長いため息をつく。

「しっかり、足や腕の肉をもみほぐしてください。筋肉痛が和らぎます」
「はーい」

 セリスは言うとおりにして、ふくらはぎを揉んだ。テトは二の腕をプニプニする。

「ふわあ。筋肉をほぐすと、余計にお湯が身体に染み渡っているかのようですぅ」 
「これが生き返るというのか」

 二人はリラックスして湯を堪能していた。そのまま湯の中へ溶けていってしまいそうだ。

「そうですそうです」

 顔を湯で洗うと、温泉のいい香りが。ソレ以外にも、別の匂いがする。このかぐわしいものは?

 周りの岩に、コケが生えていた。手にとってこすると、泡立つではないか。
 コケだが、実に清潔そうだ。温泉のプラーナ成分を取り込んで、無毒になっているらしい。

「おや、石けんになりそうな薬草まであるんですね」
 ライカは、石けんコケを肌につけてみた。

「泡立ちます。これは、きれいになれそうです」
 腕や足などにも、泡をぬりたくる。

「ライカさん」
「え、なんです? セリスさん」


「お背中、お流ししますね」


「っぶううううう!」

 何と、セリスとテトがあがってきた。バスタオル一枚で。

「ままま待って下さい。急になんでしょう?」
「いつもお世話になっているので、せめてお身体を、と思いまして。お嫌ですか?」

 ライカは首をブンブンと振った。

「光栄です。けれど、恐れ多い」
「なら、私なら問題なかろう」
「そういう問題じゃないです。テトさん」

 背中を流してもらうというのは、相手に背を向けているわけである。
 ライカは武人だ。
 背中を預けることは、はばかられた。

「難しい理屈はわからない。とにかくセリカ殿の好意を受け入れよ」
「で、では」

 あっけなく、ライカは折れる。
 どうせ、遠慮しあってしまうだろうから。 

「じゃあ、背中を流しますね」
 セリスが湯から上がり、側にあるタオルを手に取った。
 タオルに石けんコケをつけて、泡立てる。

「ライカさん、行きますよ」
「は、はいどうぞ」

 ここまで、緊張する風呂があったろうか。
 二人を癒すために連れてきたはずなのに。
 どうしてこうなった?

 程良い力加減が、ライカの背中を伝う。

「はああううう」

 むずがゆさが、背中に広がっていった。
 飛び上がりそうなほど、気持ちいい。
 人に背中を洗ってもらうことが、こんなにも快適だとは。

「どうでしょう、ライカさん?」
「いいですよ。とてもお上手です」

 女性に背中を流してもらうだけでも心地よいというのに、それがセリスなのだ。
 うれしくて飛び上がりそうだ。実際、目を回しそうになる。
 湯をかけられて、至福の時は終わりを告げた。

「ありがとうございます。サッパリしました」

「えへへ」
 セリスは嬉しそうだ。

「終わったか。ならばワタシが前の方を」
 今度はテトが、ライカの眼前に回り込んでくる。

 白い肌が視界を支配した。

「前は結構です!」
「では、私の前を洗ってはくれまいか?」
「なにを言って⁉」
「よいではないか。同性なのだし」

「それでも、限度があるでしょ⁉」
 ゆだりそうになった頭を払い、ライカは身体を隠して湯へ飛び込んだ。

「では、わたしが洗ってあげますよ」
「よいのですか、セリス殿?」
「ええ。さすがに前同士は困りますけど」
「わかり申した。では、私から交互に背中を流しましょう」

 二人は仲良く、背中を流し合う。

「お疲れさまでした。どうでしたか、温泉ダンジョンは?」

 ライカが聞くと、二人は楽しげに感想を言った。

「楽しかったです!」
「毎日でも通いたい」

 好印象のようである。

「では、ほぼ毎日通いましょう。ただし、やや酸素が薄い。長湯は危ないかもです」 

 収穫はあった。ここの地熱は、ダイエットに使える。
 


 夕飯の後、ライカはセリスの両親と話し合う。

「こういう施設は作れないでしょうか?」

 ライカの提案を、セリスの母親は快く引き受けてくれた。

「では、資材はこちらで用意しよう。そんなに大変な作業でもなさそうだし」
 セリスの父親が、あれこれ必要なものを手配をしてくれるらしい。

「よろしく、おねがいします」

 あの温泉を、ダイエット施設として改造する。
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