伝説の武具のサイズが合いません⁉ 聖女をダイエットさせろ!

椎名 富比路

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第三章 ないぞうしぼう!(果てしない減量と未曾有の危機に、聖女は思慕を歌う!)

キンキンに冷えたジンジャーエール

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 立食式のパーティテーブルには、豪華な料理がズラリと並んでいる。

 セリスは、テーブルに並んだ料理を、どれから手をつけようか悩んでいた。

 茹でたブロッコリーとアスパラのサラダ。
 トマトが載った薄切りチーズ。
 長テーブルの端では、老紳士の使用人が、チキンの丸焼きやローストビーフを切り分けている。

 どれも食欲をそそる食べ物ばかりだ。

 大皿に山と詰まれたフルーツの盛り合わせも捨てがたい。 

「ふあああ、おいしそうですぅ」
 喉が鳴るのを抑えながら、ツバを飲み込む。

 お目当ては、ライカが作ったとされる、ヤマンド独特の料理という茶色いブイヤベース。
 貝だけが入っている。
 なのに、芳醇な香りと、小さなお椀でブイヤベースを啜るパーティ客の表情が、あの茶色いスープがおいしいものだと教えてくれる。

「ダメですダメです!」
 セリスは、首を振った。

 ダイエット中なんだから、我慢しないと。

 そう思えば思うほど、腹の虫が静まらない。

「スープくらいなら、多少はいいかもしれません」

 ブイヤベースだけでも、飲んでみようか。
 しかし、そのせいでタガが外れてしまったらと思うと、手が動かなかった。

 まして自分は停滞期だ。
 このままやせない可能性だって。

「お、お外の空気を吸ってきましょう」
 頭が混乱しそうになったセリスは、テラスまで撤退する。 

 ライカは「大丈夫だ」と言ってくれた。
 しかし、これ程まで食事が怖いと思ったことはない。
 今の自分には、バゲット一切れですら危険なのだ。

「おや、セリス・イエット様ではないかのう」
 自分しかいないと思っていたテラスに、人影ができる。

「魔女カメリエ様!」

 とんがり帽子を被った丸メガネの少女が、お盆を持って近づいてきた。
 予言者のカメリエ・ゾマである。
 この辺りの魔法堂で錬金術業を営むウォーロックだ。

「カメリエ様も、休憩ですか?」
「いやあ、予言してくれだの相談に乗ってくれだのと引っ張りだこでな。少々辟易していたところじゃ」

 背中まで開いた大胆なパープルのドレスに身を包み、さっきから殿方の視線を集めている。
 歴史とも言うべき年月を生きているはずだ。
 が、見た目は一〇代だと言っても通用するだろう。

「どうかな。お月見ついでに一杯お付き合いくだされ」

 カメリエが、お盆を差し出す。

 お盆に載っているのは細長いグラスだ。グラスには、黄金色の炭酸水が注がれており、小さな泡が踊っている。

 ジンジャーエールだ。セリスは匂いで判別した。

 炭酸水など、しばらく飲んでいない。
 思わず、セリスは喉を鳴らす。

「お誕生日おめでとうぞ。セリス殿」
「予言者様。ありがとうございます」

 かしこまろうとしたセリスを、ウォーロックは手で制す。

「そんな大層な呼び名はよさぬか。カメリエで結構。それより、聞けば雷漸拳とかいう武術を習得して、魔王打倒に挑むとか」

 ウォーロック・カメリエの言うとおり、セリスがダイエットをしているとは、秘密になっている。
 食事制限も、「修行の一環」と思っているのだ。
 もし、セリスのダイエット事情が知れれば、セリスはたちまち世間の笑いものになるだろう。

「これは、お近づきの印に」

 そう言って、ジンジャーエールの入ったグラスを差し出す。
 まるで、セリスの好物を知っているかのように。

 グラスを持つ。

「キンキンに冷えてます!」
 冷たさが、指からが伝わってきた。

 甘いジンジャーエールの味を思い出してしまい、口の中に唾液が溢れ出す。

「ここにおられましたか、セリス殿」
 空の小皿を持ったテトが、テラスへ。

「どうですか、おひとつ? ご用意いたします」
「いいえ。欲しくなったらいただきます」
「左様ですか」
 断りを入れてから、テトは立ち去ろうとした。

「お連れ様も満喫なさって……はて、そちらの方、どこかでお見かけせなんだか?」

 カメリエは、テトの顔をまじまじと見つめる。

「他人の空似では? 私は貴方など知りませぬ」

「いやあ、これは失礼。知人によく似ていたものでのう」

「まあよいわ。そちらの方には、どれどれ、こちらの方がええかのう?」

 テトのグラスにも泡が立っている。

「香りだけですな。ジンジャーエールで?」
 テトが香りだけで、ノンアルコールと言い当てる。
「左様」

 これは少しアルコールの匂いを足したエールだ。
 本物のアルコール飲料ではないが、本物のエールと同じように苦いという。


「おまけにノンシュガー。こちらはほろ苦くて、食も進むじゃろうて。どれ、お嬢さん、引っかけぬかのう?」

 彼女はどういうわけか、自分たちを堕落へと誘っている。

 セリスにはそう見えた。

 しかし、魔王復活を予言した魔法使いが、どうして討伐を阻害するようなマネを?
 もしかすると純粋に労をねぎらっているだけ?

「セリス殿、ムリはいかん。ムリは続かぬ。自分を適度に許すのが、長続きのコツというもの」

 カメリエは「ホレ」と、優しく炭酸を促す。

 せっかくの施しを、断るわけにはいかない。

 とはいえ。ここは、ライカに相談しないと。

 と、逡巡するより先に、口が動いていた。
 しまった、と思った頃にはもう遅い。

 喉をかき分け、甘い炭酸が食道を駆け抜けていく。

 炭酸が弾ける度に甘い香りが鼻を貫き、甘苦さが舌を撫で回した。冷たさが喉を通り過ぎ、胃袋へ吸収されていく。脳が満たされる至福。罪悪感から沸き上がる愉悦。純粋な旨味。感動的であり、蠱惑的な味わいだ。

「はわああ」
 一杯飲んだだけなのに、理性が吹き飛びそう。すぐに襲ってくる後悔と、もっと飲みたいという欲求が、セリスの中でせめぎ合う。

「犯罪的だっ。うますぎるっ。減量のほてりと、社交界にいる人の熱気で息詰まる空気の中で飲む炭酸。染み込む。身体に!」

 まるでセリスの思いを代弁するかのように、テトが感想を口に出す。

「どうじゃ? もう一杯」

「ぜひに!」
 すぐにテトがグラスを傾けた。

 カメリエがテトのグラスにジンジャーエールを注ぐ。


 テトは、二杯目へ突入していく。
 窮屈な場の空気と、ダイエットの過酷さを洗い流すように、ノンアルコールのエールを煽る。
 セリスの飲むジンジャーエールと違って苦いはずだが、うっとりした顔で一気に飲み干す。

「セリス殿。魔王討伐は過酷な試練。やすやすと達成できるものではない。このカメリエめがほんの少しだけ、心を和らげて進ぜよう」

 カメリエが向かう先には山盛りのクッキーやケーキ類。

 セリスは、もう隠しようがないほど、生唾を飲む。
 自身を律しようにも、食べ物から視線を逸らせない。

「よいのじゃよ。あちらの方はもう、手をつけておられる」

 テトの方を見ると、唐揚げやミートボールなど、油っぽい食事に手をつけてしまっている。

 今日は勧められても口にすまいと考えていたのに、たった一杯のジンジャーエールが、心をかき乱す。

「テトさん、あんなにもほっぺたをパンパンにして」

「あのご婦人、酒も進んでおられるようで」
 カメリエの言うように、テトは幸せそうに口を動かしていた。

 一口くらいなら。セリスの深層心理が囁きかけてくる。ダメだ、と、すぐに我に返る。

 けれど、パーティ会場にある料理の味は、全て分かっている。見ているだけで舌が暴れ出す。胃袋から手が出そうになる。

「はっ!?」

 気がつくと、フォークを口に含んでいた。

 自分の意思とは無関係に、手が料理を突き刺し、口へと運ぶ。口はモグモグと、肉や魚、野菜を咀嚼する。

 止まらない。止められなくなっていた。

 涙が出そうになる。ここまで自分は弱い生き物だったなんて。これでは、ライカに嫌われてしまうだろう。もう、彼に合わせる顔がない。

 セリスの顔の前に、料理を載せた皿が差し出される。

「もっとどうぞ。遠慮せずに食べてもいいんですよ」

 意外にも、皿を差し出したのは、ライカだった。
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