伝説の武具のサイズが合いません⁉ 聖女をダイエットさせろ!

椎名 富比路

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第三章 ないぞうしぼう!(果てしない減量と未曾有の危機に、聖女は思慕を歌う!)

チートデイ

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「いいのですか?」

 自分は、減量しなくてはいけない身である。
 なのに、ライカは食べろと。

 成果が出ないから、あきらめてしまったのか?

「はい。むしろ食べましょう」

「そうですか……」

 今度こそ、愛想を尽かされたのかも知れない。

「どうなさいました?」

「ライカさん、ごめんなさい。わたしの意志が弱いから、お嫌いになったんでしょ? だから、もう我慢しなくてもいいと」

 あまりの不甲斐なさに、セリスはライカに謝罪する。
 
 自分はライカの期待に応えられなかった。
 捨てられても仕方ない。

「何をおっしゃいます? ボクが、セリスさんを嫌うわけないじゃないですか」

 濁っていたセリスの視界が、ライカの言葉によって明るさを取り戻す。

「でも、こんなに食べちゃって」


「いいんです。今日は、『自分をだます日チートデイ』なので」


「チート……デイ?」


「カロリーコントロールの日、をいいます」

 ダイエットを続けていると、身体は少ないエネルギーでも対応できるようになる。
 それが続くと、かえって効率が悪い。
 定期的にドカ食いすることで、代謝の低下を抑えるのだとか。

「計画的であれば、ドカ食いは推奨すべきなんですよ。だから、今夜は食べていい日にします」

 人間の体内はよくできている。そんな仕組みがあったとは。

「魔女様は、ご存知だったので?」
 セリスは、カメリエにも話を振った。

 なぜか、予言者カメリエも満足そうだったから。

「左様。ワシはライカ殿に頼まれて、お主の欲望を刺激したのじゃ」

 ライカがカメリエに協力を仰いで、セリスが安心して食事できるように仕向けたという。

「ストレスのコントロールは大事です。それに、食べてみればわかりますよ」
「だけど、また体重が増えたら」
「大丈夫。あなたは強いです。きっと、試練にも打ち勝てます。ですから、今日はたくさん食べましょう。違いますね。むしろ『食べなきゃいけない日』なんです」

 ならば、遠慮はしない。

「はい。いただきます!」
 ライカの許可をもらったので、ありがたく手をつけることにする。
 皿を受け取って、肉団子にフォークを突き刺す。
 テトがこれみよがしに食べていたので、気になっていたのだ。

「んほおお」

 さっきは、無意識に食べたから、味まで注意が向いていなかった。今度はじっくりと噛みしめようと。

 目にとまったのは、テトが飲んでいる肉団子のスープだ。
 アマンドのお椀に注がれている。
 近づくと、魚介の香りが漂う。

「ブイヤベースみたいですが、色がないですね」

「ああ、『お吸い物』ですか?」

 あまりにもテトが夢中になって食べているので、セリスも空のお椀に汁を注ぐ。
 スープを一口だけすする。
 透明で何の味がしなさそうなスープ。

「いただきます。うん⁉ これは濃い!」

 凝縮された旨味が、口いっぱいに広がる。
 何のダシだろう? 
 魚介なのは分かる。

 続いて団子を半口食べた。
 この味は、魚だ。
 魚の肉をネギなどの野菜と混ぜて練り込んである。
 僅かに残った小骨の噛み応えが、またクセになる味わいだ。

「この、白色の肉団子の材料は? 牛や豚ではないようだが」
「キャスレイエットで摂れたイワシを、すり身にしました。魚介のスープと混ざっているから、よく味が染みているでしょ?」
「回転式ナイフの応用じゃよ」

 これらの食材を使用する事で、エネルギー吸収量は控えめになっているはず。
 スープにも豆類を使い、少しでも腹の持ちをよくしたのだという。

「こっちは、鶏肉に豆が混ざってますね」

 しかし、ここまで細かく砕いた豆を混ぜるなど、魔法でも使っているのか。

「どうりで、少しパサついていると思っていた。甘酢あんやデミグラスソースで、味を騙していたのか?」

 テトの質問に、ライカは「そうです」と答えた。
「大豆は熱量を抑えられ、腹が膨れます」

 それ以外にも、自分たちの食欲を抑える秘密があった。

「身体が、雷漸拳に馴染んできたんです。それほど大量に食べなくとも、満足できる身体になってきたわけです」

 自分を律する。
 それが、セリスたちにもいつの間にか身についてきたというのだ。

「じゃあ、こっちの方のブイヤベースも」

 海藻や貝類が入った茶色い汁物が目にとまる。

「ああ、こっちはミソシルです。どうぞ召し上がって下さい」

『お吸い物』なる肉団子のスープを飲み干した後、ミソシルなるスープを注ぐ。独特の香りがする。

「この茶色いのがミソです。味や香りに癖があってどうかと思ったんですが、評判がよくてよかったです」
「わかりました。いただきます」

 スープを一口含むと、強烈な旨味と香りが鼻から抜けた。
 これは米が欲しくなる味だ。貝だけでこんなにも深くて濃い味が出るのか。
 ミソという食材もいい仕事をしている。

「こちらもどうぞ、おにぎりを焼いたものです」

 ライカが気を利かせてくれた。
 三角形に固められた米の塊を差し出す。
 火が通されており、表面をわざと少し焦がしている。

「これもいただきます」と、焼きおにぎりを頬張った。
 
 焼けた米の風味が、鼻を駆け抜ける。
 これだ、これこそ欲していた味だ。
 ミソシルと一緒に食すと、また格別である。

「デザートも、食べちゃっても」
「どうぞ、甘さはありますが、砂糖はあまり使ってないんですよ」

 自信作なのか、しきりにライカから勧められる。

 遠慮なく、ラズベリーのケーキを食べる。
 続いてモンブランも。ショコラケーキだって。

 そこで、セリスのフォークが止まった。
 おかしい。思ったより、入らないような。
 いつもなら大皿が空になるまで食べられるはずのケーキ類。
 それが、腹につっかえているようだ。

「すごい、豆の味がします!」
「豆乳を使いました。豆を潰すと乳が出るんです」

 だから、豆の味がしたのか。砂糖独特のしつこさも感じない。

 どのケーキもおいしく調理されていて、あっという間に平らげられる。

 ただ、いつもより腹へ入らない。
 数個だけでお腹が一杯になってしまった。
 胃袋が膨れたように圧迫され、食べたくても手をつけられない。
 昔は際限なく食べられたのに。

 お腹をさすると、ちょうどいい感じに腹が膨れていると気づく。
 一通り食べたら、満たされている気分になっていた。

 それは、テトも同じらしい。
 唐揚げが数個とミニハンバーグ、透明なスープの中に入った白い肉団子だ。
 肉中心だったが、今は葉野菜の盛り合わせばかり食べている。

 セリスもテトも、肉食を拒む年頃ではないはず。
 食あたりも起こしていない。

 だとしたら、何が原因なのか。

「どういうことなんでしょう。豆を中心に使っているような事を仰ってましたけど」
「実は、これらの料理は全て、オカラや豆腐、豆乳などの大豆製品や、コンニャクを混ぜているんです」

 ライカが調理師に頼んで、おからを混ぜてもらっていたらしい。

 唐揚げなどは、あえて工夫しなかったそうな。手を加えても、かえって味気なくなるから。いっそガッツリ食べてもらおうと。

 その代わり、豆腐入り肉団子や豆腐ハンバーグが振る舞われ、ケーキには豆乳が使われている。

 普通に食べていれば気付かないレベルだ。

 コンニャクは、ステーキのサイドとして振る舞われている。

「消化されにくい大豆やコンニャクは、腹持ちがいいんですよ」

 以前聞かされた話によると、かつて雷漸拳には『精進料理』という精神修行があったという。
 肉を食べない代わりにコンニャクや大豆で代用していた。
 現代では、ダイエットにも応用されている。

「ふう。ごちそうさまでした」
 腹が満ちたセリスは、神に感謝した。

「ドレスがはち切れそうです」
「こんなにも喜んでくれて、ボクも満足です」

 ただし、チートデイは今日を合わせて数日のみ。
 次の停滞期まで、ドカ食いはおあずけだ。

「次に向けて、がんばりましょう。セリスさん」
「はい!」

 ちゃんとやせれば、ライカがごちそうをしてくれる。

 次のチートデイが待ち遠しい。
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