1 / 7
001
しおりを挟む
その落下音は、聞く限りでは人体に甚大なダメージを与えたであろう事を想像させるに難くなかった。
「いてえ……」
しかし落下し、地面に叩きつけられて意識を取り戻した猫村沖雪の体に生じた実際のダメージは、大きくなかった。大きくなかったどころか、ほぼ皆無である。それでも、「いてえ」と、呟いたのは、痛くもないのに小突かれた時、どこかに体をぶつけた時などに、咄嗟に出てしまう口癖のようなもので、沖雪自身は無傷で起き上がった。そして辺りを見渡す。
草原というにはあまりに小さく、そして、不気味な場所だった。
空に囲まれた、野球場ほどもない小さな島。沖雪は恐る恐る下を覗いたが、上から続いた空が、下にも広がっているのみだった。浮遊しているのだろうか。どちらにせよ、ここでずっと立ち往生しているわけにはいかないのが人間である。考える為に備えられた脳みそをフル回転させ、やっぱり、
「いや、どこだよ」
島の真ん中に座り(沖雪が一番、安全を感じる場所。それでもまだ恐ろしいのだが)、頭を抱えた。最早、この状況に考える余地など残されていない。物理法則から連なる様々な法則を無視しているであろう状況にいる自分。現状を把握するので一杯一杯なのだ。
考えなしに動いたところで、ここは浮遊する孤島である。一歩踏み間違えれば、空に落ちるし(というのも妙な表現だが)、それこそ考えなしに動いて何が起こるかはわからない(何も起こらないかもしれない)。しかし、この場所に思考を巡らす余地はない。
沖雪の頭の中にあったのは、恐怖に追い詰められた自身の孤独と、それに伴った絶望。
「底は、恐ろしいですね」
「!」
少なくとも、孤独から解放されたと考えた沖雪は、声のした方を見て、思わず立ち上がる。先程まで、考えなしの行動は危険だと判断したばかりなのに、こうして立ち上がった沖雪だが、それは一種の防衛本能であり、むしろ考えなくて良い部類のものである。
帯刀した、赤と白の特徴的な軍服を見に纏った、細目の男。
危険だ。
頭の中で警鐘が鳴り響く。背中の皮膚がヒリヒリと不快な立ち方をする。
「……あんたも含めてな」
沖雪が男と対面し立ち上がり、数秒。沖雪にはつらく長い時間の中で考えた末、出したのは、そんな憎まれ口だった。しかしそれ以上に、素直な感想でもあったし、この現状に変化をもたらすとしたら、この男しかいないと考えた沖雪は、ゆっくりと臨戦態勢に入る。緊急事態においては遅すぎると思われる沖雪の臨戦態勢に、前髪のきっちり分けられた男は、にこりと笑った。それが尚更、沖雪の瞳に不気味な形として映した。
「我々は敵ではありませんよ。むしろ、仲間と呼べる者になれるでしょう」
こちらへ。
男は一歩、立っていた場所を横に移動した。男に夢中で気付かなかったが、彼の背後には木製の扉がひとりでに立っていた。先程まで──男が現れるまでなかったものだ。あれば何よりも先にその扉へ意識が行くはずである。
しかし絶望的と言えるほど、沖雪の反応というのは、全て遅れていた。まずこの男がどういった手段でここにいるのかや、注意を向ければすぐに見えたはずの扉に意識を向けられなかったのは、ただ単純に、沖雪が目の前の男にしか意識を向けることができなかったという、欠落した危機意識が原因だった。
「ここは恐ろしい。場所を移して、お話をしましょう」
「いてえ……」
しかし落下し、地面に叩きつけられて意識を取り戻した猫村沖雪の体に生じた実際のダメージは、大きくなかった。大きくなかったどころか、ほぼ皆無である。それでも、「いてえ」と、呟いたのは、痛くもないのに小突かれた時、どこかに体をぶつけた時などに、咄嗟に出てしまう口癖のようなもので、沖雪自身は無傷で起き上がった。そして辺りを見渡す。
草原というにはあまりに小さく、そして、不気味な場所だった。
空に囲まれた、野球場ほどもない小さな島。沖雪は恐る恐る下を覗いたが、上から続いた空が、下にも広がっているのみだった。浮遊しているのだろうか。どちらにせよ、ここでずっと立ち往生しているわけにはいかないのが人間である。考える為に備えられた脳みそをフル回転させ、やっぱり、
「いや、どこだよ」
島の真ん中に座り(沖雪が一番、安全を感じる場所。それでもまだ恐ろしいのだが)、頭を抱えた。最早、この状況に考える余地など残されていない。物理法則から連なる様々な法則を無視しているであろう状況にいる自分。現状を把握するので一杯一杯なのだ。
考えなしに動いたところで、ここは浮遊する孤島である。一歩踏み間違えれば、空に落ちるし(というのも妙な表現だが)、それこそ考えなしに動いて何が起こるかはわからない(何も起こらないかもしれない)。しかし、この場所に思考を巡らす余地はない。
沖雪の頭の中にあったのは、恐怖に追い詰められた自身の孤独と、それに伴った絶望。
「底は、恐ろしいですね」
「!」
少なくとも、孤独から解放されたと考えた沖雪は、声のした方を見て、思わず立ち上がる。先程まで、考えなしの行動は危険だと判断したばかりなのに、こうして立ち上がった沖雪だが、それは一種の防衛本能であり、むしろ考えなくて良い部類のものである。
帯刀した、赤と白の特徴的な軍服を見に纏った、細目の男。
危険だ。
頭の中で警鐘が鳴り響く。背中の皮膚がヒリヒリと不快な立ち方をする。
「……あんたも含めてな」
沖雪が男と対面し立ち上がり、数秒。沖雪にはつらく長い時間の中で考えた末、出したのは、そんな憎まれ口だった。しかしそれ以上に、素直な感想でもあったし、この現状に変化をもたらすとしたら、この男しかいないと考えた沖雪は、ゆっくりと臨戦態勢に入る。緊急事態においては遅すぎると思われる沖雪の臨戦態勢に、前髪のきっちり分けられた男は、にこりと笑った。それが尚更、沖雪の瞳に不気味な形として映した。
「我々は敵ではありませんよ。むしろ、仲間と呼べる者になれるでしょう」
こちらへ。
男は一歩、立っていた場所を横に移動した。男に夢中で気付かなかったが、彼の背後には木製の扉がひとりでに立っていた。先程まで──男が現れるまでなかったものだ。あれば何よりも先にその扉へ意識が行くはずである。
しかし絶望的と言えるほど、沖雪の反応というのは、全て遅れていた。まずこの男がどういった手段でここにいるのかや、注意を向ければすぐに見えたはずの扉に意識を向けられなかったのは、ただ単純に、沖雪が目の前の男にしか意識を向けることができなかったという、欠落した危機意識が原因だった。
「ここは恐ろしい。場所を移して、お話をしましょう」
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。
四季
恋愛
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる