〜春待ち草を数えて〜 誰かたすけてください、私そんなんじゃ身が持ちません。

釋圭峯

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危機

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「チリン、チリン」

考え事をしていたユミリーの耳に軽やかな鈴の音が聞こえていた。足元を見ると可愛らしい鈴がコロコロと転がっている。


思わず屈んで拾い上げると「ごめん、その鈴僕のなんだ」と後方から男性の声がした。

驚いて振り返って見ると涼やかな黒髪の紫紺の瞳を持つ背の高い男性が微笑んでいた。側には二人同じ様な身なりの男性と一緒だ。


ユミリーも女性からすると身長が高い方だがこの男はユミリーより頭ひとつ分背が高い。

思わず顔を見上げると男性は「・・・・君はもしかしてシアターのメンバー?」と話しかけて来た。思わずドキドキして声が上擦ってしまい変な声が出た。「あっ、はっはい。わだしは、あっえっと、私は」

うわっちゃー、わだしって何語なのよ!恥ずかしすぎる。

下を向いて「はい、私はアルテミスの所属のメンバーです」と言うのが精一杯の返事だった。

男性はよく見ると軍服だった。生地の仕立てや使われているボタンを見るとかなり高い階級の軍人であるのは素人のユミリーでも分かった。



男性がユミリーの耳元にかがみ込んだ。そして「君、気がついてる?さっきから付けられてるよ?」この言葉を聞くまでは夢心地だったのだが。


「・・・・心当たりは?」

「なっ、無いです」

「そう?でも気をつけて。何かあったら大声で叫ぶんだよ。それよりあまり人気の無いところには行かない方が良いと思う」そう話すと「その鈴は出会った記念にあげるよ」と言ってユミリーに向かってにっこり笑うと仲間の方へと離れて行った。


「なっ、なんて素敵な人。あんな人がこの世に存在するなんて」開いた口が塞がらない。

アルテミスのメンバーにも顔立ちの良い男なんてごまんといる。顔の良い男に見慣れているユミリーが感心してしまうぐらいその男の顔立ちが整っていた。

「身のこなしも本当に素敵だった。私とは住む世界が違うって感じ」去っていく男性の姿を見ながらユミリーは手のひらの鈴を握りしめていた。


その後は行きつけのブティックに寄り前から頼んでいた服を買った。記念公演のメンバーに選ばれると少し給料が上がるのだ。

要はいつ、誰に見られてもいいように普段から身なりをしっかりしておきなさい。と言うアルテミス運営側からの無言の圧力である。

ユミリーも高価な服は買えなくてもなるべく品が良い身なりを日頃から心かけている。

そして誰にも言っていないが実は少しだけボランティアもやっている。

偶然近くの孤児院を通りかかった際に子供たちが踊っていたのを見かけ、孤児院を訪ね無償でダンスを教えているのだ。

・・・・何となく前の世界でやっていたことを忘れたくなくて。本当は泳ぎたいけどプールなんてあるわけ無いし。店員さんとの世間話もそこそこにブティックを急いで出ていくと足早に孤児院へ向かった。


孤児院の前に着くと「ユミ先生こんにちは!!」明るい子どもたちの声がする。ここでは本名ではなく愛称で呼ばせている。

ダンスを教えても最初は恥ずかしがってやろうとしない子もいたが、ユミリーが何度も何度も優しく褒めて教えると子どもたちの表情が生き生きと変わっていくのが分かった。


ーーーー体を動かすって何と言っても楽しいのよね~~


シアターのスタッフに頼んで古くなって捨てる予定だった大きなレッスン用の鏡を孤児院に運んでもらい、休日にユミリーと園長先生や子どもたちと一緒に取り付けた。これには子どもたちが大変喜んだ。特に女の子が。

大変だったけどやりがいがあったってものだ。



「そうそう、このステップは基本だからね?ステップはそんなにたくさんじゃ無いから覚えたら後は楽しいよ?」

自分のレッスンの合間に教えるので普段はそんなに長時間は教えられない。こうやって休日はたくさん子どもに教えられる。


年に何回か日曜日には近くの教会にも参加させてもらい皆さんの前でアカペラのリズムに合わせて子供たちが一生懸命に踊る。

そうすると孤児院に結構な額の寄付が入るのだ。お金が入ると子どもたちに良い教育が付けられるし何より暮らす環境が良くなる。

陽が沈むころ「じゃあ今日の練習はおしまい。いつもの体操を忘れずにね。あの体操をいつもやってるとケガもしにくいんだよ?」と子供たちに言い聞かせて孤児院を出ようとした時だった。

「ユミちゃん、これ良かったら持って帰って皆さんで食べてちょうだい。子供たちと昨日作っておいたのよ」と園長先生がかごいっぱいにクッキーを詰めたものを手渡してくれた。

蝶々や鳥あるいは花の形など子供たちが工夫して作ったのがよく分かる。

「えっ、嬉しいですがこんなにいいんですか?」

「ええいいのよ。いつもいつも子供たちにダンスを教えてくれているお礼。ここのクッキーけっこう評判いいのよ?」

「ありがとうございます。帰って同室の子と一緒に食べますね」そう言いつつかごを受け取る。よく見るとクッキーだけでなくキャンディも入っている。

ユミリーは孤児院を出るとかごの中身を見ながら歩いていた。

「ふふっ可愛い~。どれから食べよう?この前のお礼にカレン先輩にもおすそ分けしようかしら?」なので気がつくのが遅かった。

ユミリーはさびれた裏道を歩いていた事に。

「よぉ姉ちゃん、可愛い顔してるね?俺たちとちょっと遊んでいかない?」と前方から声がする。暗がりだが三人のガラの悪い男たちが目の前にいるのはわかった。


あわてて周囲を見渡すがこんな時に限って誰もいない。



・・・・忠告されてたのに。私のバカ!!

「なぁ、いいだろ?減るもんでもないしさぁ」そう言いながら真ん中の男がぐいっとユミリーの腕を引っ張った。

「いたっ!!」

「そんなに引っ張ってないだろ?大袈裟なんだよ!!暴れんなよ?ちょっとでも暴れたらその綺麗なお顔に傷つけるよ?なぁにおとなしくしててくれたらすぐ終わるって」そう言って手を離そうとしない。

怖い。体がどんどん冷えていく。ガクガクと足がすくむ。

「さっさと歩けよ!ほら!!」

「たっ、助けて!!」恐怖から目尻に涙がたまる。

「キャハハ。こんなところで叫んでも誰も来ねえよ!!」取り巻きの一人が笑う。

「もういいや。その辺の草むらでも良いじゃない?終わったら顔を二度と人に見せられないようにメチャクチャにしとけって話もあるしな」

ずるずる・ずるずると道の向こう側の草むらへ引きずられる。ちょうど諦めかけたその時だった。凛とした声が背後から響いたのは。



「僕、人通りの少ない道を避けろって忠告したよね?」

思わず振り返ると昼間に会った綺麗な男がそこに佇んでいた。美形なだけに冷静に怒っているのがわかると何とも言えない凄みがある。

「その女性に無体なことをすると言うなら僕は君たちに容赦しない。忠告しておくがここには僕の仲間も一緒だ。どうする?一戦交えてもいいがその後は軍人相手にした事を一生後悔させてやるよ?君たちが選ぶといい」


そう言いながら男は腰の剣に手を添えた。

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