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たどり着いた道 カイル
しおりを挟む陽が落ちた夕方の暗い部屋
僕は一人膝を抱えてずっと母親の帰りを待っていた。交通事故で死んでしまってもう帰ってくるはずのない母親・・・。
住まいは立派だが母親のいない空間はどこか寂しげで自分まで泣きたくなってくる。もうとっくに涙は枯れたと思っていたのに。
・・・・・あの女は嫌だ。親父あの女を頼むからどっかやってくれ。幾度となく父親に嘆願したが若い女の体に溺れた父親はもう父親では無くなっていた。
この家には僕の居場所は無い。そして家族で一緒に食事をしていても親父の目を盗んで色目を使ってくる女。
一緒だ。学校で近寄ってくる女たちに。頼むからこっち見ないでくれ・・・・・
「芳樹さん・・・・私。貴方のお父さんのことは好きでも何でも無いのよ?だから・・・ね?遠慮なんてしなくていいのよ?抱きたいでしょ?まだ十五歳だものね」
父親が泊まり掛けの出張の夜、そう言って僕のベッドに潜り込み体を寄せて来た女。若い僕の体は簡単に僕の理性を奪った。成熟した女の甘い誘惑を断る事などできずにその日関係を持った。
「芳樹くんのお母さん」と呼ばれる女性との爛れた関係が半年ほど過ぎた頃だったと思う。そんな関係に心が疲弊しいい加減疲れて来た頃だった。
僕は所属しているスイミングクラブがその日の練習が中止になると連絡を受け放課後を持て余していた。まっすぐ家には帰りたくなかった。帰るとあの女と二人きりになるからだ。
「芳樹くん、珍しいね?まだ帰らないの?じゃあ私とどっかご飯でも食べに行こうよ~」と誘ってくるクラスの女子たちがまとわりついてくる。「ごめんちょっと!!」と掴まれている腕を振り払いカバンを持つと教室から一目散に逃げ出した。
とんでもない。一度いっしょに飯を食ったぐらいで彼女ヅラされたりしたらたまったもんじゃない。それでなくても以前SNSに勝手に写真を上げられて嫌な目にあった。その時は友達が結託してその女に詰め寄り目の前で投稿を削除させて事無きを得た。
濡れるような漆黒の髪色に紫がかった切長の瞳。水泳をやっているおかげで体のスタイルがいいと良く褒められる。ただ一部の女子からは薄い口元が冷たそうに見えると言われた事があった。
校内を出ると裏に体育館がありそこでは色々な部活が練習していた。僕もスイミングクラブではなく水泳部だったら人生違ってたんだろうか?そんなことを考えながら歩いていると体育館のそばに併設されている小さなダンススタジオ?を覗いた。
部員は十名程度か?部とすればそんなに大所帯ではない。アップテンポな曲が流れていて皆んな脇目も振らず汗を流して懸命に踊っていた。
その中でひときわ僕の目を惹きつける女子がいた。おそらく僕より一つ上。まん丸の目にはち切れそうな笑顔がとても印象的だった。踊ることが楽しくて楽しくてたまらない!!全身でそう表現していた。「由美~~」と呼ばれたその子は自分のカバンからタオルを取り出すと返事をしてニコニコ笑いながら輪の中心に入っていく。
そのうち部員の一人が僕に気がついたようでダンス部の皆が一斉にこっちを向いた。もちろんその「由美」と呼ばれた子もだ。
僕が由美を見ていた事もあり由美と目が合った。子うさぎのような眼差しで僕を不思議そうに見ている。
その時、自分はなにか知らないがとても薄汚い恥ずかしい存在に思えた。いつもちゃんとお風呂で体を洗っているが体の表面が垢だらけのような感覚だ。
不審者扱いされると困るので僕はその場を離れ街のゲームセンターで時間を潰してから帰った。でもゲームをしててもさっきの子うさぎのような人が頭の中から離れなかった。
これを機に僕は「お母さん」と呼ばれる人との関係に終止符を打った。
そして高校に入学して正直水泳を続けるかどうか迷った。僕も普通の高校生として放課後をエンジョイしてみたいと思ったからだ。もちろん僕の評判を聞きつけたのか水泳部の先輩から熱心に勧誘されている。
すごくすごく悩んだ。でも正直言って決められなかった。最終的には義理で一度見学してみて「一度見学させて貰いましたが僕には合わないみたい」と入部を断ろうと思った。
ただ僕はそこで運命の出会いをした。「由美」と出会った。同じ高校だったんだ。そして驚いた事にダンス同様彼女のフォームはとても美しかった。おそらく体が柔らかいのだろう。それだけでなく肩の可動域も広い。
僕はとまどう事なく入部した。
後輩なら「由美先輩!!」と気兼ねなく名前を呼べるし側にもいられる。そしてアピールできる。だから入部して半年もすぎる頃、気がついてしまったんだ。由美先輩を見ているのは僕だけではなかったことに・・・・
「荒船貴大」その男は由美先輩と同級生だった。
僕も名前は聞いた事があった。
ここにいたのか・・・・確か彼は他の県から越してきてるはず。高校水泳界ではその名を知らない奴はいないだろう。僕もたいがい有名人だけど彼には負ける。同じ種目じゃ無くて良かったとこの時ばかりは神様に感謝したよ。
そして他にも気がついてしまった。いやむしろこちらの方が衝撃的だった。
ーーーー由美先輩も「荒船貴大」を見ている事に
でも一旦火がついてしまった感情はもう止められなかった。由美先輩が好きで好きで喉から手が出るぐらい欲しくて欲しくてたまらなかった。自分の中にこんなどす黒い感情があるなんて本当に信じられなかった。
一方で「荒船貴大」は巧妙に自分の気持ちを隠していた。プールでも部会でも決して側には行かない。でもじっと由美先輩を目で追ってるんだ。恋をしている男の目で。そう僕と同じ目。
そして母親同様、交通事故で由美先輩を失い無気力に人生を過ごした後、死ぬ間際に今度も由美先輩と同じ場所へ行きたいと切に願った。今度こそ彼女が欲しい手に入れると。
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