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ロックという男
しおりを挟むマクギリスはため息をつくと目の前のお茶を飲み干した。あまりに重い話にキャパオーバーのユミリーもアルバートも俯き黙ったままだ。
「ユミリー、君の記憶が無いのはどうしようもない。焦ってどうなるものでもないからな。一緒に暮らして欲しいとまでは言わん。せめてわしの目の届く所で暮らしてくれないか?もちろん生活の保障はする。ここでの生活があるのも分かるから返事は急がん。でも前向きに考えてほしい」とユミリーに話した。
・・・・マクギリス様の目って私と同じ色だ。ユミリーはぼんやりとそんな事を考えていた。
「マクギリス様こちらにはいつまでいらっしゃるのですか?」とユミリーが聞いた。
「ここには明後日までいる予定だ。それまでに返事をくれると嬉しい。本当なら連れて帰りたい所だがね?」と笑った。笑った顔はどことなくユミリーに似ている。
・・・・あっ、今の表情どこかで見た気がする。
「わかりました。明後日までにはお返事します。明後日が無理でもなるべく早くお返事します」ユミリーはそう答えマクギリスと握手を交わした。そしてアルバートにエスコートされその部屋から出た。
アルバートはユミリーをアパートまで送ると言ってくれたが「ありがとうございます。でもちょっと一人で考えたいので」と言って詰め所を出ていった。
結局ユミリーは「もう少し考えさせてください。必ずお返事させていただきます」とアルバートを通じてマクギリスに返答した。
マクギリスも「それは仕方ない。ユミリーには考える時間も必要だろう」とアルバートを通じてそう答え帰国の途についた。
◇◇◇
「おい爺さん!!ダラス伯爵家の廃位が決まったぞ。やったな!!」
帰国したマクギリスの前に一人の男が現れそう言ってニヤリと笑った。この男はロックと言い元々は他の地方の保安官だった男だ。この男は産まれは平民だが自力で勉強し保安官の試験に受かった気骨のある男である。
マクギリスが入院中、サンダーたちを失った痛ましい事件の直後、マクギリスの前に一通の差出人不明の手紙が届いた。あの屋敷の火災の時に何があったのかが詳細に書かれた手紙だった。おそらく差出人はあの男だろう。ユミリーと共に行動しているはずのあの男が無事ということはユミリーも無事だろうと思っていた。
あの事件の後、サンダーの母親はショックから寝込んでしまい心労から帰らぬ人となってしまった。マクギリスは夫人の葬儀を終えるとダラス伯爵家に制裁を与える事を心に誓った。
送られてきた手紙を元に以前屋敷で雇っていた従業員に片っ端から事情を聞きに行き、ある程度の状況を理解した。
サンダーが居ないタイミングでダラス伯爵とシュミットが事前の約束もなく屋敷に訪れ、先にソフィアに手を挙げた事が分かった。確か屋敷には家令もいたはずだ。彼は簡単に屋敷にダラス伯爵たちを通す訳はない。ダラス伯爵たちは身分をカサに強引に屋敷に上がりソフィアと対面した。
その直後に帰宅したサンダーはダラス伯爵と対峙したんだろう。・・・・・ダラスの奴め。絶対に許さん。
幸い資金にはゆとりがあった。サンダーもソフィアも遊ぶ事をせず慎ましい生活をしていたからだ。マクギリスは捜査中に出会ったロックと意気投合し彼に多額の報酬を与える条件で自分の代わりに捜査を続行させた。ロックがダラス伯爵家に対して良い印象を持っていなかった事や、ハシット家の事情に同情してくれた事、何より退院したばかりの老体には捜査がキツかった事が大きい。
ロックはコツコツと時間をかけて貴族間の評判を調べあげた。ダラス伯爵とシュミットの当日の足取りもつかんだ。もちろん証言を取ると同時に裁判に証人として証言してもらう事も了解してもらった。
もともとダラス伯爵家が親子共々素行が悪かったことはたくさんの人が証言してくれた。ついでに以前ソフィアの実家の男爵家の馬車に細工をして事故を起こさせた事も証言が取れた。
・・・・・三年かけた。マクギリスたちは結局三年かけて完全に逃げ道を塞いでから裁判の準備をし、裁判を起こした。その半年後に結審しダラス伯爵家の有罪が決まった。同時にシュミットも捕まり牢獄へ入った。
マクギリスはサンダーやソフィアのお墓の前でダラス伯爵の有罪とシュミットの報告をして、今度は孫娘のユミリーを探す事を決めた。
それからは新しく屋敷を建てロックをハシット家の養子として迎えた。ロックは貴族の一員になっても決して驕らなかった。サンダーがしていた仕事をロックが引き継ぎハシット家は着実に大きくなっていった。
そしてハシット家はオーバースの『五大貴族』と数えられるようになり、王政にも参加するようになった。その時代の政治の流れでオーバース連邦が国際交流へ舵を切っていく事が決まった。
オーバース国民の全員が新しい時代がやって来る事に心を躍らせていた。そんな時だった。オーバース連邦にも『海の花嫁』の公演を見にこられてはいかがですか?とお誘いが来たのは。オーバースの他の上位貴族にも声がかけられいくつかの貴族が「海の花嫁」を見にいくという名分で外交に行く事が決まったがマクギリスは誘いを断りユミリーを探したかった。
「爺さん、俺の方で引き続きユミリーさんを捜索するよ?ここらでちょっと休んどけよ。それに気分転換になるしな」とロックに諭されて参加を決めた。
そしてマクギリスは渋々観劇した『海の花嫁』の公演の舞台でユミリーを見つけたのであった。
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