19 / 34
第19話 トラウマと救世主
しおりを挟む
──休日
ベランダにあるゼラニウムが日に当たり、優しく揺れている。
会社では毎日息が詰まる。
休みの日が唯一心から休める日だった。
派遣会社に連絡して、今の会社の契約期間が終わったら、実家に帰ることを言おう。
ここにいても、私はきっと何も報われない。
苦い思い出に引きずられるだけだ。
ヘアサロンに行って、少し違う自分になってみる。
長かった髪を肩まで切って、茶色の髪は少しブルーアッシュに。
それだけで何か変われる気がした。
ヘアサロンから出てカフェでカプチーノを頼んで、窓の外の景色を眺める。
恋人が手を繋いで幸せそうに歩く。
そんな姿を見るだけで胸が締め付けられる。
私がこうなってしまったのは、元彼と元親友のせい。
思い出すと心の傷が疼く。
──野村康弘
私の高校時代にできた初めての彼氏。
優しくて穏やかでいつも私を気遣ってくれていた。
社会人になって同棲して、落ち着いたら結婚しようと言っていた。
なのに──
私が休みの日に用事で出かけて帰ってきたら、ベッドに二人がいた。
青ざめた彼の顔、顔を背ける親友の顔。
その場ですぐに家を出て、ネカフェやビジホで夜を過ごして、会社は退職した。
別れさせ屋に行って、私は普通の道を捨てた。
あんなことがなければ、私はまともに生きられた。
あんな男と出会わなければ──
そんな気持ちを引きずったままカフェから出て、駅に向かった。
ふと見た窓ガラスに私の顔が写っている。
雰囲気だけ少し変わっただけで、中身は何も変わらない。
そのままの私だった。
「葵」
背後から聞こえたその声に心臓が激しく脈を打った。
決して忘れることのない声。
ゆっくり振り返ると、そこには康弘が立っていた。
前会った時より少し大人びた感じに見えるけど、彼だった。
「葵……久しぶり。似てたから追ってきたら、葵だったからびっくりした」
康弘は俯いている。
「……よく話しかけられたね私に」
どんどん心が黒ずんでいく。
「謝りたかったんだ。連絡ができなくて、どこに住んでるかもわからなくて。もう諦めてた。でもやっと会えた」
「今さら謝られても何も私は救われない。どっか行って。二度と関わらないで」
康弘は動かない。
私が無視して帰ろうとすると、手を掴まれた。
「俺は葵を愛していた。それは本当だ。あの子とは相談を聞いてるうちにそういう関係になってしまっただけで、あの日以来一切会ってない」
なんて愚かな男なんだろう。
「ねえ、私さ、二人を恨んで別れさせ屋を使おうとしたんだよ」
康弘の手がビクッと動いた。
私はその手を振り払った。
「でも使わなかった。代わりに私が別れさせ屋になって、私みたいに男に裏切られた女の人たちを救ってたの」
振り返ってみた康弘の顔は、驚いたまま固まっていた。
滑稽だ。
「私あなたのせいで、壊れちゃったんだ。もう普通の恋愛もできない」
一生後悔しろ。
「……なら俺が一生責任持つ」
「は?」
何言ってるのこの男。
「俺が葵をこんな風にしてしまったんだから。俺が葵の人生を壊した責任をとる」
呆れた。その変な正義感と優しさのせいで、親友の話も無視できなくて流されたくせに。
私が最後の言葉を言おうとした瞬間、肩を叩かれた。
びっくりして見上げたら、沢村さんがいた。
「お話の最中悪いけど、俺の彼女をあんまり追い詰めないでくれる?元彼さん」
沢村さんが鋭い目線で康弘を見た。
沢村さんのオーラに気圧されたのか、康弘は言葉に詰まっている。
「……わかった。もう葵はその人に守られてるんだね。もう二度と関わらない。ごめん」
そう言うと、彼は行ってしまった。
「……大丈夫?」
沢村さんが私を覗き込んでいる。
「大丈夫じゃないです……」
なぜかスーツの沢村さん。
「今日お仕事だったんですか?」
「そう。やることあって休日出勤」
偶然が重なる。
「ありがとうございました。助かりました」
また助けられてしまった。
「春日さん、きっと今帰っても落ち込んでしまうだろうから、俺とドライブに行こう」
「え?」
「ここで待ってて。車持ってきたらまた連絡するから」
私が返事をする間もなく、沢村さんは行ってしまった。
絶妙なタイミングで来る彼。
なぜか私を想ってくれている。
私にはもったいない人。
何より、奥さんがいる。
複雑な思いを抱えながら、私は駅に立ち尽くしていた。
ベランダにあるゼラニウムが日に当たり、優しく揺れている。
会社では毎日息が詰まる。
休みの日が唯一心から休める日だった。
派遣会社に連絡して、今の会社の契約期間が終わったら、実家に帰ることを言おう。
ここにいても、私はきっと何も報われない。
苦い思い出に引きずられるだけだ。
ヘアサロンに行って、少し違う自分になってみる。
長かった髪を肩まで切って、茶色の髪は少しブルーアッシュに。
それだけで何か変われる気がした。
ヘアサロンから出てカフェでカプチーノを頼んで、窓の外の景色を眺める。
恋人が手を繋いで幸せそうに歩く。
そんな姿を見るだけで胸が締め付けられる。
私がこうなってしまったのは、元彼と元親友のせい。
思い出すと心の傷が疼く。
──野村康弘
私の高校時代にできた初めての彼氏。
優しくて穏やかでいつも私を気遣ってくれていた。
社会人になって同棲して、落ち着いたら結婚しようと言っていた。
なのに──
私が休みの日に用事で出かけて帰ってきたら、ベッドに二人がいた。
青ざめた彼の顔、顔を背ける親友の顔。
その場ですぐに家を出て、ネカフェやビジホで夜を過ごして、会社は退職した。
別れさせ屋に行って、私は普通の道を捨てた。
あんなことがなければ、私はまともに生きられた。
あんな男と出会わなければ──
そんな気持ちを引きずったままカフェから出て、駅に向かった。
ふと見た窓ガラスに私の顔が写っている。
雰囲気だけ少し変わっただけで、中身は何も変わらない。
そのままの私だった。
「葵」
背後から聞こえたその声に心臓が激しく脈を打った。
決して忘れることのない声。
ゆっくり振り返ると、そこには康弘が立っていた。
前会った時より少し大人びた感じに見えるけど、彼だった。
「葵……久しぶり。似てたから追ってきたら、葵だったからびっくりした」
康弘は俯いている。
「……よく話しかけられたね私に」
どんどん心が黒ずんでいく。
「謝りたかったんだ。連絡ができなくて、どこに住んでるかもわからなくて。もう諦めてた。でもやっと会えた」
「今さら謝られても何も私は救われない。どっか行って。二度と関わらないで」
康弘は動かない。
私が無視して帰ろうとすると、手を掴まれた。
「俺は葵を愛していた。それは本当だ。あの子とは相談を聞いてるうちにそういう関係になってしまっただけで、あの日以来一切会ってない」
なんて愚かな男なんだろう。
「ねえ、私さ、二人を恨んで別れさせ屋を使おうとしたんだよ」
康弘の手がビクッと動いた。
私はその手を振り払った。
「でも使わなかった。代わりに私が別れさせ屋になって、私みたいに男に裏切られた女の人たちを救ってたの」
振り返ってみた康弘の顔は、驚いたまま固まっていた。
滑稽だ。
「私あなたのせいで、壊れちゃったんだ。もう普通の恋愛もできない」
一生後悔しろ。
「……なら俺が一生責任持つ」
「は?」
何言ってるのこの男。
「俺が葵をこんな風にしてしまったんだから。俺が葵の人生を壊した責任をとる」
呆れた。その変な正義感と優しさのせいで、親友の話も無視できなくて流されたくせに。
私が最後の言葉を言おうとした瞬間、肩を叩かれた。
びっくりして見上げたら、沢村さんがいた。
「お話の最中悪いけど、俺の彼女をあんまり追い詰めないでくれる?元彼さん」
沢村さんが鋭い目線で康弘を見た。
沢村さんのオーラに気圧されたのか、康弘は言葉に詰まっている。
「……わかった。もう葵はその人に守られてるんだね。もう二度と関わらない。ごめん」
そう言うと、彼は行ってしまった。
「……大丈夫?」
沢村さんが私を覗き込んでいる。
「大丈夫じゃないです……」
なぜかスーツの沢村さん。
「今日お仕事だったんですか?」
「そう。やることあって休日出勤」
偶然が重なる。
「ありがとうございました。助かりました」
また助けられてしまった。
「春日さん、きっと今帰っても落ち込んでしまうだろうから、俺とドライブに行こう」
「え?」
「ここで待ってて。車持ってきたらまた連絡するから」
私が返事をする間もなく、沢村さんは行ってしまった。
絶妙なタイミングで来る彼。
なぜか私を想ってくれている。
私にはもったいない人。
何より、奥さんがいる。
複雑な思いを抱えながら、私は駅に立ち尽くしていた。
0
あなたにおすすめの小説
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
元カノと復縁する方法
なとみ
恋愛
「別れよっか」
同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。
会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。
自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。
表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!
隣の夫婦 ~離婚する、離婚しない、身近な夫婦の話
紫さゆり
恋愛
オムニバス形式です。
理解し合って結婚したはずの梓、同級生との再会が思わぬことになる雅美、年下の夫のかつての妻に引け目を感じる千晴、昔の恋の後悔から前向きになれない志織。
大人の女性のストーリーです。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
溺愛のフリから2年後は。
橘しづき
恋愛
岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。
そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。
でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる