取引先のエリート社員は憧れの小説家だった

七転び八起き

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第31話 矛盾

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 気がついたら私は橘さんの部屋の前にいた。

 橘さんの部屋の明かりは消えていた。
 深夜にも関わらずインターホンを押してしまった。
 橘さんは出てこなかった。

 寝ているのか、無視しているのか──

 もらった時は使うつもりはなかった。
 でも私は“ 信頼の証”として渡された合鍵を使った。

 開けると部屋の明かりは全部消えていた。

「橘さん……」

 声を出しても返事はない。

 そのままリビングに行くと、バルコニーに人影があった。

 ──橘さんが夜景を見ていた。

 そっとバルコニーに入って橘さんに近づいた。

 久々に見た橘さんの姿を見たら胸が苦しくなった。

 その時、私の視線に気がついたのか橘さんが振り返った。

「うわっ!!お前何してるんだよここで!」

「すみません……」

「びっくりした……心臓止まるかと思った」

「インターホン押しても橘さんがでなかったので……」

「ならまた明日くればいいだろ」

「明日なら出てくれたんですか?」

「………」

 橘さんは目を逸らしてしまった。

「橘さん、共同制作を断った理由を教えて下さい……」

「……今は言いたくない」

 それがわからないと、私にはどうしようもない。

「橘さん……私はどうすればいいですか?」

「小説を書けばいいだろ。自分で考えて」

「橘さん、私書けないんです」

 体が微かに震えてきた。

「私、書こうとしたんです……でも、何も思い浮かばないんです、何も書けないんです!」

 涙が溢れてくる。

「橘さんがいないと私は何も紡ぐ事ができないんです」

「俺はただ設定を渡しただけだ。そんな難しい事じゃない。」

「欲しいのは設定だけじゃないんです……」

 私が今欲しいもの……それは──

「橘さんの愛が欲しいんです」

 橘さんは私の方を少し見たけどすぐ目を伏せた。

「今、美鈴を純粋に愛する自信がない」

「え……?」

「俺はお前に嫉妬しているんだよ…。」

「私に嫉妬とは……どういう事ですか?」

「俺には作れない世界を美鈴が作れることに嫉妬しているんだよ」

「それは……橘さんが種をくれたから偶然書けただけですよ。私も橘さんの──翠川雅人の世界は書きたくても書けません」


 暫く沈黙が続いた。

「美鈴の作品を見ると辛くなる。だから、共作を断った」

 私の作品を見ると辛くなる……?

 橘さんと出会って、夢としっかり向き合う事ができるようになって、そしてやっと物語を書いてコンテストに応募したのに。
 橘さんも褒めてくれてたのに──

 私の夢も希望も音を立てて崩れ始めた。

「……なら、私は書くのをやめます」

「は?何でやめるんだよ」

「一番読んで欲しい人が読んでて辛くなるようなもの、書いてても意味ないじゃないですか」

 私が小説家になりたかったのは、翠川雅人の作品があったから。

 小説を書けるようになったのは橘さんがいたから。

「俺のせいでお前が夢を失うのは俺も辛い。」

 橘さんも俯いていて戸惑っている。

 私達は一体どうすればいいの?
 どうすれば私達はまた穏やかに過ごせるの?
 何も思いつかなかった。

 ただの恋人なだけなら楽だった。

「私、ここを出ていこうと思います」

「どこに行くんだよ」

「違う所に住むだけですよ」

 もうこうするしかない。
 私は憧れの翠川雅人を失いたくない。

 私が自分の部屋に戻ろうと踵を返した瞬間──

 腕を思い切り引っ張られた。

「行くなよ」

 橘さんは私の手を握りしめている。
 下を向いてて表情はわからない。

「どうすれば橘さんは一番幸せなんですか?」

「……美鈴が側にいればそれでいい」

 橘さんの言っている事は矛盾している。

 でも、私達の心が繋がっている事に私は安堵した。

「私も橘さんの側にいたいですよ」

 橘さんの事を私はそっと包んだ。

「みっともなくてごめん。共作もちゃんとする」

「いえ……そんな無理しなくていいですよ。私も自立できるように頑張ります」

「自立したら俺が必要なくなるだろ」

「そんな事ないですよ!」

 今度は橘さんの頭を撫でた。

「じゃあ……惨めな男を慰める天使の話でも書けよ。次は」

「天使……それはファンタジー要素がある話ですね。ちょっと頑張って考えてみます」

「それを読んで俺はまた惨めになるんだな……」

 私達の関係はこれでいいのだろうか。

 なんでこんなに落ち込んでしまうのか。

「翠川雅人は私にとっての憧れなんです!橘さんのストーリーはとても素敵です!自信を持ってください!私が保証します!」

「……逞しくなったな」

 橘さんは安心して眠くなったのか、そのまま寝室に行った。

 私を引き連れて……。

 そのまま抱き枕のようにされて、橘さんは眠ってしまった。

 動けなくなった私は橘さんの香りに包まれながら幸せに浸った。
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