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弾けない
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夜。
スマホに、唯川からメッセージが来た。
『明日の放課後、音楽室来れる?』
明日は俺達のレッスンの日ではない。
なんだろう。
『うん、行く』
返信して、布団の中に入った。
何を言われるのか不安だった。
減っていく、俺達の時間。
それに終止符を打たれるのではないかと──
***
朝。
いつもと同じように学校に登校し、席に着く。
前田と長嶋が色々話しかけてくる。
全く耳に入らない。
放課後まで、ずっとそんな調子だった。
かろうじて授業だけは聞いていた。
──放課後
深呼吸ををして、音楽室がある三階へ。
ひんやりして静かな廊下。
季節がうつろいでも、大して変わらない自分。
前を向いて歩きだした唯川。
胸の奥が疼く。
ゆっくりと音楽室のドアを開けると、唯川が窓際に立っていた。
夕日が、その横顔を照らしている。
「…来たよ」
唯川が振り返った。
「ありがとう」
その声が、いつもより小さかった。
心なしか元気がないように見える。
「今日は唯川のレッスンの日だよね?」
「休んだ」
「え?」
唯川は、ピアノの前に座った。
「いぶきのピアノが聴きたくて」
「俺の?」
「うん」
唯川が譜面台を見つめる。
「あの曲、また弾いてくれないか」
少し驚いた。
あの曲。
夏に、必死に練習した曲。
唯川に聴かせたくて、何度も何度も弾いた。
でもあれから二か月は経っている。
「わかった」
ピアノ椅子に座った。
唯川は隣に立った。
鍵盤に手を置く。
指の位置を思い出す。
深く息を吸って、弾き始めた。
最初の音が、部屋に響く。
でも──
すぐに指がもつれた。
音が途切れる。
「あ……」
もう一度。
でも、またつまずく。
指が、思うように動かない。
唯川と会えない時間が増えて、
いつの間にかピアノを弾く時間が減っていた。
「ごめん……弾けない」
鍵盤から手を離した。
「……俺、下手になってる」
唯川は何も言わなかった。
沈黙が落ちる。
「俺は唯川の練習の邪魔にしかならない」
本音が漏れてしまった。
その瞬間──
唯川の手が、肩を掴んだ。
「違う」
唯川の声が、震えていた。
「唯川……?」
唯川は俺を抱きしめた。
顔うずめている。
「いぶきのいない未来なんて、いらない」
頭が真っ白になった。
「音大に受かっても、ピアニストになれたとしても、お前がいなかったら、意味がない」
唯川が静かに泣いているのがわかった。
「何言ってるんだよ…決めたんだろ?前に進むって」
こんな姿を見るのは初めてだった。
顔を上げた唯川の瞳に浮かんだ涙が、煌めく。
「ああ。そうだよ。でもわかってしまった」
秋の空があっという間に夜を連れてくる。
お互いの姿がだんだんと暗闇に溶けていく。
唯川の輪郭と、触れている温もりしかわからなくなってゆく。
「俺が弾きたいのは、届けたいのは、いぶきなんだよ」
スマホに、唯川からメッセージが来た。
『明日の放課後、音楽室来れる?』
明日は俺達のレッスンの日ではない。
なんだろう。
『うん、行く』
返信して、布団の中に入った。
何を言われるのか不安だった。
減っていく、俺達の時間。
それに終止符を打たれるのではないかと──
***
朝。
いつもと同じように学校に登校し、席に着く。
前田と長嶋が色々話しかけてくる。
全く耳に入らない。
放課後まで、ずっとそんな調子だった。
かろうじて授業だけは聞いていた。
──放課後
深呼吸ををして、音楽室がある三階へ。
ひんやりして静かな廊下。
季節がうつろいでも、大して変わらない自分。
前を向いて歩きだした唯川。
胸の奥が疼く。
ゆっくりと音楽室のドアを開けると、唯川が窓際に立っていた。
夕日が、その横顔を照らしている。
「…来たよ」
唯川が振り返った。
「ありがとう」
その声が、いつもより小さかった。
心なしか元気がないように見える。
「今日は唯川のレッスンの日だよね?」
「休んだ」
「え?」
唯川は、ピアノの前に座った。
「いぶきのピアノが聴きたくて」
「俺の?」
「うん」
唯川が譜面台を見つめる。
「あの曲、また弾いてくれないか」
少し驚いた。
あの曲。
夏に、必死に練習した曲。
唯川に聴かせたくて、何度も何度も弾いた。
でもあれから二か月は経っている。
「わかった」
ピアノ椅子に座った。
唯川は隣に立った。
鍵盤に手を置く。
指の位置を思い出す。
深く息を吸って、弾き始めた。
最初の音が、部屋に響く。
でも──
すぐに指がもつれた。
音が途切れる。
「あ……」
もう一度。
でも、またつまずく。
指が、思うように動かない。
唯川と会えない時間が増えて、
いつの間にかピアノを弾く時間が減っていた。
「ごめん……弾けない」
鍵盤から手を離した。
「……俺、下手になってる」
唯川は何も言わなかった。
沈黙が落ちる。
「俺は唯川の練習の邪魔にしかならない」
本音が漏れてしまった。
その瞬間──
唯川の手が、肩を掴んだ。
「違う」
唯川の声が、震えていた。
「唯川……?」
唯川は俺を抱きしめた。
顔うずめている。
「いぶきのいない未来なんて、いらない」
頭が真っ白になった。
「音大に受かっても、ピアニストになれたとしても、お前がいなかったら、意味がない」
唯川が静かに泣いているのがわかった。
「何言ってるんだよ…決めたんだろ?前に進むって」
こんな姿を見るのは初めてだった。
顔を上げた唯川の瞳に浮かんだ涙が、煌めく。
「ああ。そうだよ。でもわかってしまった」
秋の空があっという間に夜を連れてくる。
お互いの姿がだんだんと暗闇に溶けていく。
唯川の輪郭と、触れている温もりしかわからなくなってゆく。
「俺が弾きたいのは、届けたいのは、いぶきなんだよ」
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