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第4話
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少女と歩いた。
――遠く、遠く。
王都からこんなに離れたところから、少女は来たのだと知った。
途中、山賊になど会おうものなら、今度こそ命に換えても守ろうと誓った。
だが、幸いにもそうはならなかった。
少女の故郷は田舎過ぎて、獲物を狙う賊さえも興味を持たなかったのだ。
*
故郷が近づくにつれて、少女の足取りはますます軽くなった。
鼻歌交じりで、浮き足立っていたといってもいい。
だからこそ――気づけなかった。
村が……なくなっていたことに。
その村が、丸ごとなくなっていたことに。
不自然に朽ちた……燃やし尽くされた村には、誰ひとり住んではいなかった。
……生きてはいなかった。
猜疑心の強い王は、嫁が逃げる可能性を予見して、村を焼いたのだ。
恐らく少女を村から連れ出した直後に。
廃墟と化した村の前で、大きく目を見開いて立ち尽くす少女の瞳は、もはや何も捉えていなかった。
瞬きもせず、ただずっと、かつて故郷だった場所を見つめていた。
眺めていた。
吾輩は憤った。
少女に悲劇しかもたらさないのがこの世界なら、滅んでさえしまえばいいと思った。
幸いにも、吾輩にはその力がある。
前世で誤って命を刈られた吾輩は、別の世界での新しい命と、たったひとつ、力をもらった。
それは、新しく手に入れた命を代償に、あらゆる願いを叶える力。
その力は、片目だけ色が違う瞳に封じられている。
吾輩の命を使って、少女を悲しませてばかりいる、理不尽なこの世界を滅ぼす――!!
いや、この力を以て、この村を――少女が生きた故郷を、もう一度取り戻すべきか?
カッと怒りながら思案していると、抱き上げられ、胸元に収められた。
「ねこさんは、どこにもいかないでね。
――ずっと、私のそばにいてね」
刹那。
吾輩はもはやこの力を一生使うことはないと誓った。
その代わりに――
吾輩は人間の姿に戻り、少女よりずいぶん大きな身体になった。
前世でひとたびも女性と縁もゆかりもなかった、醜く不細工な外見で。
しかも、少女を襲ってしまったこの姿で。
構わず、抱きしめた。
少女の細い身体を、全力で。
それでも傷つけないように、細心の注意を以て、抱きしめた。
抱きしめられた少女はと言えば――少しだけきょとんとしたが、不意に微笑みながらこう言った。
「やっぱり、ねこさんだったんですね?」
聞けば、襲った日にすべてばれていたという。
どうしてかと尋ねたら、左右で異なる瞳の色が、猫の時の吾輩と同じだったからだという。
吾輩が少女を助けようと奮闘していたことも、すべて気づいていたそうである。
まったく格好悪いことこのうえない。
ふいに、吾輩は猫の身の時からどうしてもやりたかったことを思い出した。
腕の中で健気に微笑む少女を見て、どうしても我慢ができなくなった。
一瞬、醜い吾輩がこんなことを……という思いが脳裏を過ぎった。
ただ、少女は腕の中でを抱きしめられるままになっていた。
だから、吾輩は、そうした。
力強く、それでもめいっぱい優しく。
――少女の頭を撫でた。
いつも、少女が吾輩にしてくれたように。
*
少女はずっと、そうされるべきだった。
吾輩も、猫の姿でなければ――ずっとそうしてやりたかった。
頭を撫でたところで、うつむいてしまったので、いま少女がどんな顔をしているかはわからない。
ただ、自己満足のために抱きしめて、撫で続けた。
*
ふいに、腕の中で少女が泣き出した。
すわ、やはり不快だったかと思い、離れようとしたが、離れない。
強い力で吾輩を抱きしめ返すと――大きな声で堰を切ったように泣き出した。
こういうときどうしてよいかわからぬ吾輩は、ただひたすら少女を抱きしめ続け、月のように綺麗な髪を撫で続けた。
そうして。
一刻ほどで泣き止んだ少女の瞳には、もう負の感情は無くなっているように見えた。
そこで少女は吾輩の方に向き直って言った。
「ねこさん、わたしがいじめられていたのを助けてくれてありがとうございました。
望まない王様との関係から解放してくれてありがとうございました。
――そのせいで酷い目に合わせてしまってごめんなさい」
そこまで一気に話すと、ひとつ大きく息を吸って、伺うような仕草で尋ねる。
「わたし、ねこさんのことが好きです。
この場所のことも好きです。
だから、ずっとわたしとここで……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
*
吾輩はただの猫で。
人間としても醜く、未熟で。
それでも。
少女をひとりにする選択肢は、ついぞ選ぶことはできなかった。
少女の傍で、ただひたすらに少女のために人生を消費していく。
前世とは違い、何と贅沢な人生であろうか。
*
いつの間にか陽は落ち、夜空には綺麗な月が輝いていた。
二人で腰かけて、空に浮かぶ月を眺めた。
「月が綺麗ですね」
少女が言った。
「月が綺麗ですね」
吾輩も言った。
吾輩だけの月は、吾輩の隣で金色の髪を淡く輝かせていた。
*
吾輩は「元」猫である。
名前も、いまはある。
名前は、少女が吾輩を呼ぶ「ねこさん」である。
念願のおっぱいも、ついぞ見ることができた吾輩は。
いまでは少女とその子らと一緒に、日々楽しく暮らしている。
(完)
――遠く、遠く。
王都からこんなに離れたところから、少女は来たのだと知った。
途中、山賊になど会おうものなら、今度こそ命に換えても守ろうと誓った。
だが、幸いにもそうはならなかった。
少女の故郷は田舎過ぎて、獲物を狙う賊さえも興味を持たなかったのだ。
*
故郷が近づくにつれて、少女の足取りはますます軽くなった。
鼻歌交じりで、浮き足立っていたといってもいい。
だからこそ――気づけなかった。
村が……なくなっていたことに。
その村が、丸ごとなくなっていたことに。
不自然に朽ちた……燃やし尽くされた村には、誰ひとり住んではいなかった。
……生きてはいなかった。
猜疑心の強い王は、嫁が逃げる可能性を予見して、村を焼いたのだ。
恐らく少女を村から連れ出した直後に。
廃墟と化した村の前で、大きく目を見開いて立ち尽くす少女の瞳は、もはや何も捉えていなかった。
瞬きもせず、ただずっと、かつて故郷だった場所を見つめていた。
眺めていた。
吾輩は憤った。
少女に悲劇しかもたらさないのがこの世界なら、滅んでさえしまえばいいと思った。
幸いにも、吾輩にはその力がある。
前世で誤って命を刈られた吾輩は、別の世界での新しい命と、たったひとつ、力をもらった。
それは、新しく手に入れた命を代償に、あらゆる願いを叶える力。
その力は、片目だけ色が違う瞳に封じられている。
吾輩の命を使って、少女を悲しませてばかりいる、理不尽なこの世界を滅ぼす――!!
いや、この力を以て、この村を――少女が生きた故郷を、もう一度取り戻すべきか?
カッと怒りながら思案していると、抱き上げられ、胸元に収められた。
「ねこさんは、どこにもいかないでね。
――ずっと、私のそばにいてね」
刹那。
吾輩はもはやこの力を一生使うことはないと誓った。
その代わりに――
吾輩は人間の姿に戻り、少女よりずいぶん大きな身体になった。
前世でひとたびも女性と縁もゆかりもなかった、醜く不細工な外見で。
しかも、少女を襲ってしまったこの姿で。
構わず、抱きしめた。
少女の細い身体を、全力で。
それでも傷つけないように、細心の注意を以て、抱きしめた。
抱きしめられた少女はと言えば――少しだけきょとんとしたが、不意に微笑みながらこう言った。
「やっぱり、ねこさんだったんですね?」
聞けば、襲った日にすべてばれていたという。
どうしてかと尋ねたら、左右で異なる瞳の色が、猫の時の吾輩と同じだったからだという。
吾輩が少女を助けようと奮闘していたことも、すべて気づいていたそうである。
まったく格好悪いことこのうえない。
ふいに、吾輩は猫の身の時からどうしてもやりたかったことを思い出した。
腕の中で健気に微笑む少女を見て、どうしても我慢ができなくなった。
一瞬、醜い吾輩がこんなことを……という思いが脳裏を過ぎった。
ただ、少女は腕の中でを抱きしめられるままになっていた。
だから、吾輩は、そうした。
力強く、それでもめいっぱい優しく。
――少女の頭を撫でた。
いつも、少女が吾輩にしてくれたように。
*
少女はずっと、そうされるべきだった。
吾輩も、猫の姿でなければ――ずっとそうしてやりたかった。
頭を撫でたところで、うつむいてしまったので、いま少女がどんな顔をしているかはわからない。
ただ、自己満足のために抱きしめて、撫で続けた。
*
ふいに、腕の中で少女が泣き出した。
すわ、やはり不快だったかと思い、離れようとしたが、離れない。
強い力で吾輩を抱きしめ返すと――大きな声で堰を切ったように泣き出した。
こういうときどうしてよいかわからぬ吾輩は、ただひたすら少女を抱きしめ続け、月のように綺麗な髪を撫で続けた。
そうして。
一刻ほどで泣き止んだ少女の瞳には、もう負の感情は無くなっているように見えた。
そこで少女は吾輩の方に向き直って言った。
「ねこさん、わたしがいじめられていたのを助けてくれてありがとうございました。
望まない王様との関係から解放してくれてありがとうございました。
――そのせいで酷い目に合わせてしまってごめんなさい」
そこまで一気に話すと、ひとつ大きく息を吸って、伺うような仕草で尋ねる。
「わたし、ねこさんのことが好きです。
この場所のことも好きです。
だから、ずっとわたしとここで……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
*
吾輩はただの猫で。
人間としても醜く、未熟で。
それでも。
少女をひとりにする選択肢は、ついぞ選ぶことはできなかった。
少女の傍で、ただひたすらに少女のために人生を消費していく。
前世とは違い、何と贅沢な人生であろうか。
*
いつの間にか陽は落ち、夜空には綺麗な月が輝いていた。
二人で腰かけて、空に浮かぶ月を眺めた。
「月が綺麗ですね」
少女が言った。
「月が綺麗ですね」
吾輩も言った。
吾輩だけの月は、吾輩の隣で金色の髪を淡く輝かせていた。
*
吾輩は「元」猫である。
名前も、いまはある。
名前は、少女が吾輩を呼ぶ「ねこさん」である。
念願のおっぱいも、ついぞ見ることができた吾輩は。
いまでは少女とその子らと一緒に、日々楽しく暮らしている。
(完)
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