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第一章

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 コーリアこと、私のことを悪役令嬢だなんてよく言ったものだ。実際は何もしてなかったし……性格も悪役になれるほど非情じゃない。むしろ、コーリアの中にいる私の方が悪役令嬢向いてるんじゃない?最近はそう思う。本当の悪役たちほどではないが……私も『狩り』をやっているぐらいだから。悪役に加算されるのかも知れない。狩った相手にとって私は『悪役』だからな。
「あーあ。私も『悪役』か……なんかばからし……」
こう落ち込むのも最近の日課である。いくらコーリアを貶めた相手とは言え、復讐は許されることでもないからだ。いつか代償が来るのだろうか。それは……考えても仕方がないのかも知れない。それは、全てが終わってからの私の運命次第だ。善に転ぶか悪に転ぶかの。さて、
「計画を始めますか!」
さてさて……皆さん!やって参りました。『悪役狩り』下準備、及び説明のお時間です。まず手始めに私コーリア、この度……小説家デビューです!なぜかって?気になります?

 説明しよう!

これはね、もちろんお遊びとかじゃなくて今回の『悪役狩り』の舞台造りなんです!コーリアのいる時代は、女性は本とかをたしなむものなの!知識がある女性は結婚相手に望まれやすくて超お得!相手に困らないってね。いいとこのお嫁さんになれるんだってさ。まぁ、私はお断りだけど……子供の頃に決まった婚約は破談にしたばかりだし。その話を持ってくるはずの両親とは疎遠だしね。メイダちゃんのおかげで……
まぁそれはともかく、とりあえずデビューするわけ。私、もともと文章には自信があるから……そんなには焦ってない。まぁ好きに書かせてもらうしね。この計画はちょっと時間を使うから長期戦になるかもだけど……それまた面白いじゃん?題名はね……

『孤独の令嬢は悪役メイドの手の内に!?』

いい感じでしょ?焦ってないって言うのはね、ただ自信あるからだけじゃないんだ。だって事実をそのまま書けばいいだけだよ?簡単じゃない?一語一句言われた言葉、声色、歪んだ笑顔。コーリアの私の記憶に残るものをさらけ出せばいいだけなんだから。あとは、乙女ゲームと掛け合わせて。出来上がりってね。もちろん最初は名前を変えるよ……最初はね?後々はもちろん公表させてもらうけどね。コーリアのためにも。そして、疎遠の両親のためにも。
「さ!さっさと書き上げちゃお!面白可笑しく待っててね?メイダちゃん……」

 今宵、闇夜に煌めくは野獣の瞳。瞳が向くは一つのある物語。野獣の乙女がかくは始まりの合図。少し微笑んだ乙女は過去をそれに映します。物語の上で踊るは、インクの香り。

どこかで始まりのチャイムが聞こえる。野獣によって解き放たれた『物語』は獲物を食らい尽くすでしょう。さぁ、始まり始まり。


ー数日後ー
 世間は今、ある『物語』で話題が持ちきりである。というのもその物語が面白くて、可笑しくて共感してしまう傑作らしい。その題名は

『孤独の令嬢は悪役メイドの手の内に!?』

お気づきだろうか。そう……私の書いた『物語』なのだ。そして世間を騒がせているのにはもうひとつ……いやもう二つ理由がある。まず一つ目、

作者が不明だということ。次回作が期待されるも、作者が不明のため。まぁ、希望あるのみと言ったところか?

二つ目
 それはその物語の『悪役メイド』のモデルとなった人物である。なんと、今に有名な『メイダ伯爵夫人』本人なのだ。そして、『孤独な令嬢』のモデルが『コーリア』というのだから。世間が放っておくはずがない。悪女の過去にあった孤独を世間が知った。
 まぁ、コーリアに情が沸かなかったとしても。これであの『メイダ伯爵夫人』を叩けるのだから、いい機会である。
「まっ……いいことしたよね……過去は変えられないけど。」
コーリアの孤独を少しでも埋められたのならそれでいい。
 ちなみに『孤独な令嬢は悪役メイドの手の内に!?』でメイダ伯爵夫人の過去をさらけ出した大事な部分。こそっと教えるね。内容はこうだ。

『~あとがき~
 この物語を最後まで読んでくださった皆さま、ありがとうございました。皆さまの気持ちはこの令嬢に届いていることでしょう。手に取って頂けたこと心の底から感謝します。
 さて、そんな皆さまにある重大なことをお知らせしましょう。
 この物語は作り話ではありません。事実なのです。そしてこの物語にはモデルが実在します。ここまで読んでくださった皆さまには聞いて頂きたい。お伝えしたいのです。お話します。

 悪役メイドのモデルは今に有名な……メイダ伯爵夫人なのです。そして、孤独な令嬢のモデルは……コーリア令嬢。皆さまもご存じかと思います。
 コーリア令嬢の事情はここでは伏せましょう。しかし、メイダ伯爵夫人に刻まれた傷を見過ごすのは……あまりに非情ではないでしょうか。少なくとも、その当時のコーリア令嬢には何の罪もないのですから。引き裂かれた両親との絆はいかに大切なものかお分かり頂けるでしょう。それを引き裂いたメイダ伯爵夫人の罪の重さも。
 これを聞いた皆さんにどうしろと言うわけではありません。ただ、理解して欲しいのです。コーリア令嬢の孤独な日々を。皆さまの身近にそんな方がいらっしゃるかも知れない。これは私の唯一の願いなのです』

と。これが全容である。
 この物語が世に出回った翌日、町でも。そして王宮にまで広がって行った。もちろん、『メイダ伯爵夫人』は夫人の座を下ろされ……今はまたメイドとしてその人生を送っているそうだ。夫である伯爵からの最善の処罰らしい。夫こと伯爵は……メイダをちゃんと愛していたのだ。
「伯爵は……いい人だったのね。メイダを大切にしてくれたのね……愛してくれたんだ。……良かった……」

 私はそっと目に浮かんだ涙をぬぐった。この満ち足りた思いは、涙は。頭に浮かぶメイダの笑顔は……コーリアの記憶なのだろうか。唯一、愛を感じさせてくれたメイダの。
「コーリア……あなたは優し過ぎるよ。でも、強いね。裏切られたのにまだ愛しているんだね……」

私は人混みの中を進み始めた。号外の紙を放り捨てて。
「私にはもう過去はいらない。バイバイ……メイダ。…………どうぞお幸せに」

 私の背にある王宮は、変わらず輝き続けている。婚約破棄をされた一人の孤独な令嬢など気にも止めないのだろう。
「……まぁ、気にされても困るけどね」
不適に笑ったけど……私にしてはあまりに弱々しかった。
「……なーんだ。私も悪役には程遠いんだ……」


 今宵、狩られた獲物。後に残るは真実の愛か。野獣の乙女は闇夜に消え去ります。その背に孤独を抱えて。
野獣の悲痛な声が響くのです。

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