中古一国記

安川某

文字の大きさ
5 / 47
一章

第4話 老将と二人の従士

しおりを挟む
 軍勢が隊列を組み田畑の間を進んでいく。

 ナプスブルクにとってなけなしの軍事力である全軍から、第二王子ウルフレッド軍に向けて援軍としては派兵されたのは、歩兵二百に騎兵百。総勢三百の小勢。率いるのは老将ランドルフ。

 本来将軍とは千人規模の隊を少なくとも一つ以上率いる者が就く役職であったが、全軍で六百程の兵力しかいないナプスブルク軍においてはやむを得ぬ事情がある。

 ランドルフは兵達が掲げるナプスブルク王国旗を見上げて、複雑な思いに駆られた。

 今の自分達は果たして王国の軍と言えるのだろうか。
 私は今も王国の将軍であると胸を張って言えるのだろうか。

 かつては十倍以上の兵力を有し堂々と国土を保持していた先王の時代が時折ランドルフにも懐かしく思えた。

 それにあの男、ロイ・ロジャー・ブラッドフォード。

 頭が切れる男だというのはわかった。そして少なくとも現在のところ、王が放置していた諸問題に対して具体的な対応を行っている。

 間違った対応だとは思わない。しかしその本心が見えない。
 そしてそんなあの男が常に気にしている義理の娘は何者だろうか。

 ランドルフはそれらの思いをすぐに打ち消し、意識を前に向けた。

 どのような事があろうと、これは自分の戦。兵の多寡で指揮官の責務は変わらない。そして戦ならば勝たねばならない。自分と、従う部下達のためにも。

  ランドルフ率いるナプスブルク軍は国境を超え、ロッドミンスター王国第二王子派の本拠地、ノースウォール城を目指している。

 第二王子ウルフレッドについてランドルフは第二王子が側室の子であるという以外ほどんど知らない。

 対して第一王子マシューデルについてはよく耳にしていた。
 王国一の才子にして文武両道の若き獅子。マシューデルをそう呼ぶ声も国境を超えて聞こえてくる。だからロッドミンスターを継ぐのは第一王子マシューデルであるというのがナプスブルクでの統一した見解であった。

 それが泥沼の内戦となっている。
 第二王子ウルフレッドはマシューデル軍に敗北を喫した後、ノースウォール城に籠もりこちらの援軍の到着を待っているという。

「若き獅子の弟、か」

「なんです? 将軍」

 傍らにいた若い騎兵将校がランドルフに声をかけた。
 マンヘイムという貴族の青年である。幼いころはそれなりの暮らしをしていたようだったが、家が没落すると同時に次男坊であったため軍に売り払われるも同然でやってきた男だ。

 軍に入隊し騎兵見習いとなった時からランドルフに面倒を見てもらっている、事実上の従士である。

「いやな、ロッドミンスターの若き獅子の弟というのはどのような男かと思ってな」

「兵力に劣ったわけでもないのに決戦に敗れたわけですし、やっぱ出来が悪いんじゃないですか?」

 マンヘイムはこのナプスブルク王家二代に渡って仕えた宿将に対してなんとも軽い口調で答えた。ランドルフはそれで気分を害した様子もない。

 王国の宿将ランドルフに対してこのような口をきける数少ない人物の一人が、このマンヘイムであった。

「親父」

 遠くから騎馬に乗った騎士が一人、ランドルフに向けてそう叫び駆けてくる。
 左目を黒い眼帯で覆った面長の若い男。若い隻眼の騎士はランドルフの横に馬を寄せると、朗らかに笑って言った。

「ノースウォールはもうすぐそこだ。やっぱ近えなあ。親父も久々の戦でウキウキしてんだろ?」

「ロドニー、口を慎め。兵達の前だぞ」

「へいへい」

 ロドニーと呼ばれた隻眼の騎士は、貴族の生まれではない。

 またランドルフの血縁者でもない。
 戦争孤児であり、かつて戦場跡地で野犬に襲われていたところをランドルフが救った。

 普段は明るすぎるほどの性格だったが、俺の左の目玉は犬の餌になったと、酔うとそう言って周囲を引かせる癖があった。

 ランドルフを親父と呼び慕うロドニーは、いつしか老将軍の右腕とも言える男に育った。少々軽薄なのが玉にキズであるが。息子のいないランドルフはそう思っていた。

 今回の戦では歩兵を百ずつ、この息子同然の二人に任せている。 
 
 国境を超えて目の前に横たわる大きな川、そこにまたがる橋を超えると高い城壁に守られた建造物が見えてきた。

 つまりあれがロッドミンスター北の防壁、ノースウォール城の姿だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。 それが約50年前。 聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。 英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。 俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。 でも…英雄は5人もいらないな。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...