中古一国記

安川某

文字の大きさ
42 / 47
二章

第41話 ダカン平原の会戦①

しおりを挟む
 夜明けとともに両軍はダカン平原で対峙した。

 セラステレナ軍主力一万五千の軍勢は、平原に横列を敷いて布陣する。

 総司令官である枢機卿ヨハン・クリフトアスは中央後方に本陣を構え、配下の各将軍たちに対し、いつでも決戦の火蓋を切れるよう備えを命じた。

 戦場を眺めるクリフトアスの元へ、男が一人の少女を伴ってやってきた。ナプスブルク軍中へ忍び込んでいた刺客であった。

 刺客はクリフトアスに言った。

「この娘を、このまま北へ?」

「いや、それは戦の後だ。万が一の際には重要な交渉材料になるからね」

「それでは約定と異なりますな」

「君の主、ああ”太陽の子”だったか。彼に伝えてくれ。私は約束を守る。しかし相手が約束を守ったのを確認してからでなければそうすることはできないと」

「ナプスブルク国王が兵を挙げることはないと?」

「期待はしたいけどね。太陽の子がいかにしてあの王を説得したのかはわからないが、うまくいったという確信が得られない限りこちらも万全を期したい。ただ、ブラッドフォードという男の弱点と君を派遣してくれたことについては感謝しているよ」

「……後悔なさいますな」

 刺客に凄まれ、クリフトアスは慌てて笑顔を見せ、手を顔の前で振ってみせた。

「勘違いしないでほしい、あくまで保険のためだ」

 刺客はクリフトアスの顔をじろりと見つめると、いずこかへ姿を消した。

「さて」

 クリフトアスはアビゲイルの姿を見るなり、彼女の両手を縛る縄と口を塞ぐ布を取ってやるよう兵に命じた。

「ありがとう」

 アビゲイルの第一声はそれであった。そのためクリフトアスはやや面食らったような顔をした。

「おじさん、優しいんだね」

「……君は自分がどういう状況なのか、わかっているのかな」

「人質、でしょう?」

「そうなんだけれど。まいったな、もう少し怖がるものかと思っていたよ。お嬢さんはいくつかな?」

「十一歳になったばかりだよ」

「そうかあ、おじさんはロリコンだけれど、もう少しかなあ」

「ロリ……?」

「そうそう、アビゲイルちゃん、あれを見てごらん」

 クリフトアスはそう言って目の前に展開するナプスブルク・フィアット連合軍の姿を指差した。

「君のパパはあそこにいるよ。これからおじさんたちはあれをやっつけるんだ」

 するとアビゲイルは難しい顔をして腕を組んで見せる。そして芝居がかった大げさな声で言う。

「うーん、見事な陣容。いかにして打ち崩す?」

「教えてあげようか。彼らはね、もう半分負けてるんだよ」

「どうして?」

「食べるものがないんだ。それにこの暑さの中、お外でずうっと立ったままでもうヘトヘト。おまけに小さな砦を囲んで緊張しっぱなし。アビゲイルちゃんだったら、戦えるかな?」

「お腹がすいたら私泣いちゃう」

「可愛いねえ。ほんと、可愛いねえ。食べちゃいたいねえ。ああ、昔を思い出すなあ」

 クリフトアスは教師だったころの輝かしくも麗しい生活に思いを馳せてそう言った。

「とにかくこれから君のパパをやっつけるから、そばで大人しく見ているんだよ。じゃないと怖いおじさんたちが君をまた縛っちゃうからね」

「わかった!」

 素直ないい子だ。少し頭が悪いかもしれないけれど。クリフトアスは目の前で輝くような笑みを見せる少女を見つめて微笑んだ。

「さて、動かそうか」

 クリフトアスは側近に対し、軍を前進させることを命じた。
 そして思考を巡らす。

 警戒すべきは”ナプスブルクの白鬼”ことランドルフ・フォン・ブルフミュラーの軍。

 予測通り中央に布陣。まあそうだろう。

 しかし同情するよ、ランドルフ将軍。

 あなたのその力は歩兵を連れての戦列構築では活かされない。強大な騎兵軍を束ね、戦場を縦横無尽に駆け巡ってこその将。

 そしてたとえブラッドフォード卿がそれをわかっていたとしても、そうはできないのがナプスブルクの悲哀だ。
 
 人材の層の薄さ。それが君たちの大きな欠点。

 対して我々セラステレナは違う。
 完全実力主義が生んだこの軍は、上の無能と未熟を許さない。

 だからこうして正面からぶつかり合うのなら君たちに勝機はない。

 壺の底に一つの穴が空いたのなら支えることもできよう。

 だが同時に十の穴が空いたならば、君たちは成すすべがないのだ。

 それを存分に教えてあげようではないか。


  ***

 一方、ナプスブルク・フィアット連合軍の布陣はこのようになっていた。

 戦場左方担当はフィアット軍。最左翼から順に、エリオ・ジラルディーノ、レツィア・デ・ルカ、その後方にバルディーニ大公の布陣。

 そして戦場右方にはナプスブルク軍が布陣している。その最右翼からホランド・ガスケイン、ジュリアン・ダルシアク、ランドルフ・フォン・ブルフミュラー、そしてその後方にロイの本陣である。

 ロイの本陣には降将であるフランク・ド・カルティエ将軍とその配下二千名の兵士が加わっている。

 ライルがロイへ耳打ちする。

「セラステレナ軍、動きます。まずはランドルフ将軍とレツィア将軍の部隊がぶつかりそうです」

「ランドルフならば簡単には崩されまい。だがどうやって敵へ攻勢をかける」

「我軍の両翼が優勢であれば、敵を半包囲することが可能です」

「つまりはジュリアンとホランド、そしてフィアット軍か……」

「夜襲の戦いぶりからバルディーニ大公は信頼ができます。あとはホランド殿がダルシアク殿をうまく導ければ可能性はあります。それでもうまく行かない場合は本陣を前進させ、ランドルフ将軍と共に中央を押し上げるべきです」

「わかった。しかしライル、その足でここにいて大丈夫か」

 ライルの左足はその生命を失っている。騎乗しているが、それも従卒の介助あってようやくといったところだった。

「乗り降りさえしなければ問題ありません。それに、私が以前申し上げた言葉をお忘れではないはず」

 権力。復讐のために権力がほしい。そのためならば全てを捨てる覚悟がある。

「そうか、ならば好きにしろ」

 そうしてロイは戦場を見渡す。

 ランドルフの部隊に敵が襲いかかる様子が見えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。 それが約50年前。 聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。 英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。 俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。 でも…英雄は5人もいらないな。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

親同士の決め事でしょう?

泉花ゆき
恋愛
伯爵令嬢であるリリアーナは学園で知り合った侯爵令息のアルフレッドから婚約を申し込まれる。 リリアーナは婚約を喜んで受け、家族からも祝福された。 長期休みの日、彼の招待で侯爵家へ向かう。 するとそこには家族ぐるみで仲良くしているらしいカレンという女がいた。 「あなたがアルの婚約者?へえー、こんな子が好みだったんだあ」 「いや……これは親同士が決めたことで……」 (……ん?あなたからプロポーズされてここへ来たんだけど……) アルフレッドの、自称一番仲のいい友達であるカレンを前にして、だんだんと疑問が溜まってきたころ。 誰よりもこの婚約を不服に思うリリアーナの弟が、公爵令息を連れて姉へと紹介しにくる。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...