晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略── やり直しじゃない。ここからが、僕の本番だ

七乃白 志優

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第二章:現実という名の迷宮

020話『SideStory 一ノ瀬透花という少女 ― 冷たい檻の中で』

車の窓ガラスに、ぼんやりと街灯が流れていく。

静かだ。
あまりにも静かで、だからこそ——さっきの言葉が何度も反芻されていた。

『……少しでも信用してもらえるように、努力するよ』

——時任秀人。

新大阪ゲートの帰還者。
今日、政府の要請で対面した相手。

必要なことだけを淡々と話すのに、妙な圧はない。
警戒心が強いくせに、どこか緩い。
読めない人。

彼のその一言が、妙に胸に引っかかっていた。

(……また、壁を作ってしまった)

わかっている。
だけど、私は——

私は。

また、誰かを簡単に信じることが、できない。
特に男は信用できない。

——そう。
私は、一ノ瀬透花。
小さな頃から「完璧な優等生」として生きてきた。
そして、父親に裏切られた。


◆ 過去

物心ついたときから、周りは「透花ちゃんは優秀ね」「お利口さんね」と笑っていた。

言われた通りに勉強して、期待通りの結果を出し続けた。
女子校でも、常に“模範生”。

周囲は褒めてくれた。
でも、ほんとうの私を見ていた人はいなかった。

ただの“便利な優等生”。
そんな役割を、淡々と演じ続けていた。

でも、本当に壊れたのは——

高校二年の秋。

母が泣き崩れ、家が静かに崩壊していくのを、私は何も言わず見ていた。

父は、裏で三人の女性と関係を持っていた。

三人。

「完璧な父親」の仮面の下で、平然と家族を裏切っていた。

あの日——
私は、心のどこかをきっぱり凍らせた。

(……男なんて、信用できない)

その日、私は、
心のどこかを、凍らせた。


◆ ゲートへの挑戦

そして——
大学進学。
東京大学、経済学部。
合格しても、何も感じなかった。

「また正しい道に進んだだけ」
そんな、空虚な満足感。

そんな日々の中——世界が変わった。

新宿ゲート。
恐怖と混乱と、未知。

それでも私は、不思議と冷静だった。

怖さよりも——
(——変わりたい)
そんな衝動が、心のどこかで燻っていた。

だから、私は導かれるままに踏み込んだ。

そして手にしたのが、《精霊導読スピリット・リーディング》。
人間の五感ではすくえない、魔力の揺らぎ”や無数の“情報の粒”。
それらを——まるで誰かが小声で囁いているかのように読み取れるようになる力。

はじめてこの力に気づいたとき、その“情報の波”の中に、ひときわ澄んだ光の筋のような気配があった。

そして——
リィナと出会った。

銀髪のエルフ。
静かに、でも確かに、私を支えてくれる存在。

彼女は何も求めない。
ただ、私の隣に立ってくれた。

初めて“無条件に肯定された”気がした。


◆ 帰還後の孤独

帰還してからも、私は孤独だった。

政府の支援。
周囲の好奇の目。

それらすべてが、私をますます孤立させた。

帰還者たちとも、顔を合わせたことはある。

博多ゲート帰還者とも顔を合わせた。
例の軽薄な男。
ワイバーン契約で騒がれていた人。

(……無理)

距離感が近すぎる。軽い。軽率。

本能が拒否した。

(やっぱり……男は信用できない)

そう思ったまま、今日までやってきた。


◆ 交渉の場で

だから時任秀人に対しても、最初から敵意を向けた。

男だから。
帰還者だから。
何を考えているかわからないから。

ところが——
彼は脅しもせず、虚勢も張らず、媚びもしなかった。

ただ、静かに。
必要なところだけは引かず、筋を通していた。

(……変な人)

私の知っている“男”とは違うタイプだった。

そして最後。
車の中で漏れた、あの一言。

『……少しでも信用してもらえるように、努力するよ』

それは、壁を壊すでもなく、強引でもなく。
まるで、凍りついた心をそっとノックするような——
そんな優しい響きだった。

なぜか、胸が少しだけ痛くなった。


◆ 小さな予感

窓に映った自分の顔を見つめる。
無表情のままなのに、ほんの少しだけ緊張がゆるんでいた。

(……もし)

ほんの一歩だけでも、誰かを信じられたなら。
私は——変われるのだろうか。

隣で、リィナが静かに寄り添っている。
ただそれだけで、今日の私はほんの少し前に進めた気がした。

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