サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽

Pero

文字の大きさ
199 / 208
第六章 ベトナム旅行記・アイスコーヒーウイズミルク

199

しおりを挟む


        第21話


 昼食に立ち寄らせてもらったお礼を、青年とお母さんに丁寧に伝えてからその家をあとにして、僕たちは再びライスフィールドの中の畦道を歩き出した。
 雨はすっかり止んでいたが、空はまだどんより曇っていて、向こうの山の頂きは相変らずモヤが立ちこめて、とても神秘的な景色であった。

 この辺りの土壌は赤土で、粘土質であるため雨でかなりぬかるんでくると、ちょっと傾斜のきつい道ではなかなかスムーズに登れない。
 彼女はマイケル君の後ろを歩いているので、マイケル君が先に登ると彼女に手を貸すという形が生まれるため、僕はそれを見て少しジェラシーを感じてしまうのだった。

 僕はオレンジさんが滑りそうになると後ろからお尻を押すわけにはいかないので、もし滑って落ちてきたら受け止める体制を作りながら登って行くのだが、これはとても足腰が疲れる。

 そんな風に悪路を歩いて棚田の中腹くらいのところまで登り、ある一軒の民家を訪ねた。

 その家には子供の数が多いのか、それとも近所から集まってきたのか、三才くらいから十二才くらいまでと思われる十人以上もの子供達が、黒モン族の民族衣装に身を纏って僕達の周りを取り囲んだ。

 別に急な来訪客を物珍しがっているわけでもなく、気軽に何か喋って来るのだが、やはりベトナム語なので伝えようとしていることが残念ながら分からない。
 僕達は家の中には入らなかったが、軒下でその家の母親と思われる女性が機織をして見せてくれるのをしばらく眺めていた。

 その機織は日本では平安時代にでも使ったのではないかと思われるような粗末なものであったが、母親は黙々と敷物のような物を上手に織っていく。
 僕等はしばらくその芸術的な機織を眺めながら、マイケル君の説明を聞いた。

 彼によればこの辺りの男性は農業には従事するが、農閑期には殆ど働かないで、時にはアヘンを吸ってダラダラ過ごす人もいるらしい。
 女性は農繁期を男性とともに働き、その合間には年中機織に従事し、また時には出来上がったものをサパの市場に売りに出るなど、とてもよく働くとのことである。

 また、結婚は同じ民族間以外とは決して行わず、男女関係に於いても民族の慣習を頑なに守り通しているとのことであった。

 しばらくの間、機織から出来上がった織物を紺色に染める植物【なんという植物だったか忘れてしまった】の説明などを聞いたが、今になって思い起こせば大勢のモン族の人が集まってくれたのに、僕は敷物一つ買わなかった。

 小雨が降る中、機織の実演をしてくれたお母さんに対して、お礼の意味を込めていくつかの民芸品を買えばよかったと今になって後悔している。
 三百円のお金がここでは、数人の家族が一日食べることができる筈なのだから、何の躊躇いもなく一枚くらい買えばよかったのだ。

 人によれば、このような気持は安っぽいヒューマニズムと揶揄する者もいるかもしれないが、現地に来てみればそんな理屈は飛んでしまうと思う。

 ともかく僕達は再び丁寧にお礼をいってさらに歩き始めた。

 棚田の畦道を少し下って小さな川を渡ると民家の外観が少し変わり、今度はザオ族という部落に入った。

 ザオ族は民族衣装があるのかないのかは分からないが、普段はモン族とは違って自由な服装である。
 民家も比較的隣接しており、主な仕事はモン族と同様に農業であるが、頑固に民族の慣習を守り通しているモン族とは異なり、服装や住居などに順応性が窺えた。

 坂を上がった所にある一軒の民家に僕達はお邪魔した。

 そこは玄関に漢字で文字が書かれていたので、この辺りは中国の影響を受けた地域かもしれない。
 黒モン族の粗末な住居よりは家屋の造りや庭の感じなども少しだけ立派である。

 玄関は閉まっていたのだが、マイケル君が遠慮なしに開けて中に入ると、左手の部屋のベッドに男性が音楽を聴きながら寝ており(その男性が聞いていた音楽はなんとジャズであった)、右手の部屋には二人の青年が何をするでもなくのんびりしていて、僕達の突然の来訪にも特に途惑った様子はなかった。

 庭にはコンクリートで地面を固めた洗濯場のようなところがあり、物干し竿には男物の衣類のみが干されていた。

 僕達は入口の敷居に腰を下ろして、彼女達が持参してきたベトナム茶を飲みながら(お茶はペットボトルに入れてきたもので、この際全員回し飲みだ)、この家の住民達と少し言葉を交わしたのだが、黒モン族のように僕達に売るべきものもなく(ザオ族は民芸品などは作っていないのだと思われる)、あまり積極的には話して来ない。

 突然マイケル君が、「この辺りは中越戦争の際、中国の人民軍が大挙攻めて来て多くのベトナム人を殺戮し、家屋や教会などを破壊し尽くしたのだけど、今は中国ともフレンドリーな関係なんだ」と機関銃を撃つジェスチャーをしながら言った。

つづく・・・
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

真面目な女性教師が眼鏡を掛けて誘惑してきた

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
仲良くしていた女性達が俺にだけ見せてくれた最も可愛い瞬間のほっこり実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...