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第六章 ベトナム旅行記・アイスコーヒーウイズミルク
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しおりを挟む第21話
昼食に立ち寄らせてもらったお礼を、青年とお母さんに丁寧に伝えてからその家をあとにして、僕たちは再びライスフィールドの中の畦道を歩き出した。
雨はすっかり止んでいたが、空はまだどんより曇っていて、向こうの山の頂きは相変らずモヤが立ちこめて、とても神秘的な景色であった。
この辺りの土壌は赤土で、粘土質であるため雨でかなりぬかるんでくると、ちょっと傾斜のきつい道ではなかなかスムーズに登れない。
彼女はマイケル君の後ろを歩いているので、マイケル君が先に登ると彼女に手を貸すという形が生まれるため、僕はそれを見て少しジェラシーを感じてしまうのだった。
僕はオレンジさんが滑りそうになると後ろからお尻を押すわけにはいかないので、もし滑って落ちてきたら受け止める体制を作りながら登って行くのだが、これはとても足腰が疲れる。
そんな風に悪路を歩いて棚田の中腹くらいのところまで登り、ある一軒の民家を訪ねた。
その家には子供の数が多いのか、それとも近所から集まってきたのか、三才くらいから十二才くらいまでと思われる十人以上もの子供達が、黒モン族の民族衣装に身を纏って僕達の周りを取り囲んだ。
別に急な来訪客を物珍しがっているわけでもなく、気軽に何か喋って来るのだが、やはりベトナム語なので伝えようとしていることが残念ながら分からない。
僕達は家の中には入らなかったが、軒下でその家の母親と思われる女性が機織をして見せてくれるのをしばらく眺めていた。
その機織は日本では平安時代にでも使ったのではないかと思われるような粗末なものであったが、母親は黙々と敷物のような物を上手に織っていく。
僕等はしばらくその芸術的な機織を眺めながら、マイケル君の説明を聞いた。
彼によればこの辺りの男性は農業には従事するが、農閑期には殆ど働かないで、時にはアヘンを吸ってダラダラ過ごす人もいるらしい。
女性は農繁期を男性とともに働き、その合間には年中機織に従事し、また時には出来上がったものをサパの市場に売りに出るなど、とてもよく働くとのことである。
また、結婚は同じ民族間以外とは決して行わず、男女関係に於いても民族の慣習を頑なに守り通しているとのことであった。
しばらくの間、機織から出来上がった織物を紺色に染める植物【なんという植物だったか忘れてしまった】の説明などを聞いたが、今になって思い起こせば大勢のモン族の人が集まってくれたのに、僕は敷物一つ買わなかった。
小雨が降る中、機織の実演をしてくれたお母さんに対して、お礼の意味を込めていくつかの民芸品を買えばよかったと今になって後悔している。
三百円のお金がここでは、数人の家族が一日食べることができる筈なのだから、何の躊躇いもなく一枚くらい買えばよかったのだ。
人によれば、このような気持は安っぽいヒューマニズムと揶揄する者もいるかもしれないが、現地に来てみればそんな理屈は飛んでしまうと思う。
ともかく僕達は再び丁寧にお礼をいってさらに歩き始めた。
棚田の畦道を少し下って小さな川を渡ると民家の外観が少し変わり、今度はザオ族という部落に入った。
ザオ族は民族衣装があるのかないのかは分からないが、普段はモン族とは違って自由な服装である。
民家も比較的隣接しており、主な仕事はモン族と同様に農業であるが、頑固に民族の慣習を守り通しているモン族とは異なり、服装や住居などに順応性が窺えた。
坂を上がった所にある一軒の民家に僕達はお邪魔した。
そこは玄関に漢字で文字が書かれていたので、この辺りは中国の影響を受けた地域かもしれない。
黒モン族の粗末な住居よりは家屋の造りや庭の感じなども少しだけ立派である。
玄関は閉まっていたのだが、マイケル君が遠慮なしに開けて中に入ると、左手の部屋のベッドに男性が音楽を聴きながら寝ており(その男性が聞いていた音楽はなんとジャズであった)、右手の部屋には二人の青年が何をするでもなくのんびりしていて、僕達の突然の来訪にも特に途惑った様子はなかった。
庭にはコンクリートで地面を固めた洗濯場のようなところがあり、物干し竿には男物の衣類のみが干されていた。
僕達は入口の敷居に腰を下ろして、彼女達が持参してきたベトナム茶を飲みながら(お茶はペットボトルに入れてきたもので、この際全員回し飲みだ)、この家の住民達と少し言葉を交わしたのだが、黒モン族のように僕達に売るべきものもなく(ザオ族は民芸品などは作っていないのだと思われる)、あまり積極的には話して来ない。
突然マイケル君が、「この辺りは中越戦争の際、中国の人民軍が大挙攻めて来て多くのベトナム人を殺戮し、家屋や教会などを破壊し尽くしたのだけど、今は中国ともフレンドリーな関係なんだ」と機関銃を撃つジェスチャーをしながら言った。
つづく・・・
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