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サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽 ㉗
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第一章 2001年 春
二十七
旅行作家の岡崎大五氏とラオスの田舎町のバンビエンの安宿で遭遇するとは想定外の極みのようなものであり、慌てた僕は自己紹介もしないまま、「お名前は存じ上げています。本は残念ながら読ませていただいたことはありませんが」と失礼なことを言ってしまった。
さらにこれは良い機会だとばかりに、旅行記の出版状況や岡崎氏と交流のある下川裕治さんや他の旅行ライターさんの現況などを訊いた。
岡崎氏は「旅行人」という出版社に所属していて、今回の旅は一応仕事オフのバカンス一人旅らしいのだが、雑誌社からの原稿依頼がメールで届いていて、ビエンチャンでは仕事に追われたと嘆いていた。
現在はインターネットで世界の殆どの所から、様々な相手と連絡が取れるようになっているが、彼のようにバカンス先まで仕事の依頼が来るようだと便利も良し悪しだと思った。
一時間程あれこれ話をして、僕が「Webなどで旅行記を書いているのですよ」と言うと、「作品があるなら是非送るべきですよ。絶対に諦めないことです」と親切にアドバイスをいただいた。
初対面で厚かましかったと思ったが、丁寧にお礼を言って「それじゃあ、僕は午後から川遊びをしますので」と一旦別れたのであった。
このように偶然にもラオスのような旅先で、しかもバンビエンという小さな田舎町で旅行ライターさんと会うということは、神が僕に「早く何か出版をしろ!」とハッパをかけてくれているような気がしたものであった。
尚、帰国後岡崎大五さん宛にメールを送り、僕のラオス旅行記に実名で記述しても良いかを確認し、快く了解を得ています。
あとで分かったことですが、岡崎氏はこの旅の最初にバンコクで結婚式を挙げられたとのことでした。おめでとうございます。
さてタイヤチューブボート遊びは、ビエンチャンで夕食をともにした若者達から話に聞いていたので機会があればやってみたかった。
昨日、バンビエンに到着したあとバンビエンリゾートに行った際に、実はそこですぐにできるものと勘違いをしていたのだった。
タイヤチューブボート遊びはリゾートとは関係がなく、町中のタイヤチューブレンタル店に申し込んでナムソン川上流にトゥクトゥクで連れて行ってもらい、あとは勝手に川下りをして、適当なところで陸に上がって戻って来るというものである。
僕達はトゥクトゥクに大きなタイヤチューブを三つ載せて、国道を十五分程走ったあたりからを川沿いに入り、適当な土手の上で降ろしてもらった。
それから各自がタイヤチューブを抱えて河川敷に降りて行った。
ナムソン川の川幅は僅か五十メートル程だろうか、それ程広くなく、水はメコン川に比べると綺麗で、透明とまでは行かないが澄んでいた。
僕達は水着などという洒落たものは持って来ていないので、僕とHさんはショートパンツにTシャツ、N君はジーンズのままタイヤチューブにお尻を乗せ、川面にプカプカと浮かんだ。
ラオスは乾季からら雨季に入ろうといている時期で雨量が少ないため、川は最も深いところでも大人の背丈ほどもなく、浮かびながら水中を覗くと底が微かに見えるほどであった。
◆川遊びをする地元の子供たち
◆Hさんの優美な姿(笑)
◆N君
川の流れもゆるやかで、ボンヤリと浮かびながら手を艪にして少しずつ下って行く。
お尻を深く水に浸けて仰向けになると、雲一つない真っ青な空が僕達三人を見下ろし、目前には釣鐘状の山々が連なって見え、なんとも形容し難い素晴らしい風景だった。
ラオスという日本から遠く離れたアジアの山国、その国の中でもあまり知られていない小さな町で、僕は今タイヤチューブという素朴なものに乗っかって漂っている。
緩やかな川の流れに身を任せて、あたかも日本での目まぐるしい日常生活に逆襲し、嘲笑うかのようにプカプカと間抜けに浮かんでいる。
日本でのあらゆるややこしい人間関係を、この緩やかな川の流れとともにはるか大海の果てまで押し流し、そして葬ってしまいたい気持ちになる。
僕達は日本という情報に満ち溢れた刺激の多い環境で、最先端の文明の利器に囲まれた生活を送っている。
生活の必需品ではない娯楽というものさえ、何の疑問も持たずに生活の一部として取り入れてしまい、無為な享楽の日々を過ごしがちである。
そこには人間としての本質的な満足は存在しないのではないだろうか、感受性の強い人間は満たされない気分のまま彷徨っているに違いないと思った。
二十七
旅行作家の岡崎大五氏とラオスの田舎町のバンビエンの安宿で遭遇するとは想定外の極みのようなものであり、慌てた僕は自己紹介もしないまま、「お名前は存じ上げています。本は残念ながら読ませていただいたことはありませんが」と失礼なことを言ってしまった。
さらにこれは良い機会だとばかりに、旅行記の出版状況や岡崎氏と交流のある下川裕治さんや他の旅行ライターさんの現況などを訊いた。
岡崎氏は「旅行人」という出版社に所属していて、今回の旅は一応仕事オフのバカンス一人旅らしいのだが、雑誌社からの原稿依頼がメールで届いていて、ビエンチャンでは仕事に追われたと嘆いていた。
現在はインターネットで世界の殆どの所から、様々な相手と連絡が取れるようになっているが、彼のようにバカンス先まで仕事の依頼が来るようだと便利も良し悪しだと思った。
一時間程あれこれ話をして、僕が「Webなどで旅行記を書いているのですよ」と言うと、「作品があるなら是非送るべきですよ。絶対に諦めないことです」と親切にアドバイスをいただいた。
初対面で厚かましかったと思ったが、丁寧にお礼を言って「それじゃあ、僕は午後から川遊びをしますので」と一旦別れたのであった。
このように偶然にもラオスのような旅先で、しかもバンビエンという小さな田舎町で旅行ライターさんと会うということは、神が僕に「早く何か出版をしろ!」とハッパをかけてくれているような気がしたものであった。
尚、帰国後岡崎大五さん宛にメールを送り、僕のラオス旅行記に実名で記述しても良いかを確認し、快く了解を得ています。
あとで分かったことですが、岡崎氏はこの旅の最初にバンコクで結婚式を挙げられたとのことでした。おめでとうございます。
さてタイヤチューブボート遊びは、ビエンチャンで夕食をともにした若者達から話に聞いていたので機会があればやってみたかった。
昨日、バンビエンに到着したあとバンビエンリゾートに行った際に、実はそこですぐにできるものと勘違いをしていたのだった。
タイヤチューブボート遊びはリゾートとは関係がなく、町中のタイヤチューブレンタル店に申し込んでナムソン川上流にトゥクトゥクで連れて行ってもらい、あとは勝手に川下りをして、適当なところで陸に上がって戻って来るというものである。
僕達はトゥクトゥクに大きなタイヤチューブを三つ載せて、国道を十五分程走ったあたりからを川沿いに入り、適当な土手の上で降ろしてもらった。
それから各自がタイヤチューブを抱えて河川敷に降りて行った。
ナムソン川の川幅は僅か五十メートル程だろうか、それ程広くなく、水はメコン川に比べると綺麗で、透明とまでは行かないが澄んでいた。
僕達は水着などという洒落たものは持って来ていないので、僕とHさんはショートパンツにTシャツ、N君はジーンズのままタイヤチューブにお尻を乗せ、川面にプカプカと浮かんだ。
ラオスは乾季からら雨季に入ろうといている時期で雨量が少ないため、川は最も深いところでも大人の背丈ほどもなく、浮かびながら水中を覗くと底が微かに見えるほどであった。
◆川遊びをする地元の子供たち
◆Hさんの優美な姿(笑)
◆N君
川の流れもゆるやかで、ボンヤリと浮かびながら手を艪にして少しずつ下って行く。
お尻を深く水に浸けて仰向けになると、雲一つない真っ青な空が僕達三人を見下ろし、目前には釣鐘状の山々が連なって見え、なんとも形容し難い素晴らしい風景だった。
ラオスという日本から遠く離れたアジアの山国、その国の中でもあまり知られていない小さな町で、僕は今タイヤチューブという素朴なものに乗っかって漂っている。
緩やかな川の流れに身を任せて、あたかも日本での目まぐるしい日常生活に逆襲し、嘲笑うかのようにプカプカと間抜けに浮かんでいる。
日本でのあらゆるややこしい人間関係を、この緩やかな川の流れとともにはるか大海の果てまで押し流し、そして葬ってしまいたい気持ちになる。
僕達は日本という情報に満ち溢れた刺激の多い環境で、最先端の文明の利器に囲まれた生活を送っている。
生活の必需品ではない娯楽というものさえ、何の疑問も持たずに生活の一部として取り入れてしまい、無為な享楽の日々を過ごしがちである。
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