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サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽 ㉞
しおりを挟む第一章 2001年 春
三十四
翌、五月三日は朝七時に目が覚め、水シャワーを浴びてから約束のラオス航空ルアンパバーン支社に向かった。
外に出ると曇り空で、今にも雨が降りそうな感じだった。
ホンタビーゲストハウスの前の泥道から大通りに出るまでには、左側に小学校があり、ガヤガヤとうるさいのでチョイと覗くと、まだ授業開始前なので子供達が廊下や教室内を走り回っている様子が見えた。
子供はどこの国でも無邪気で可愛いなものだと思った。
タラート・サオを左に見ながら二つ目の交差点を右に曲がり、少し行くとラオス航空オフィスがある。(交差点といっても信号はありません)
建物は平屋の小さなもので、日本でいえば町の特定郵便局を少し大きくした感じだが、敷地は広く建物の前はちょっとした庭もあった。
八時ちょうどくらいに訪れて予約窓口を覗くと、すでに欧米人三人が手続きをしていた。
見るとカウンター内には男性職員がふたりいたが、パソコンが一台しか設置されていないので、発券にはずいぶんと時間がかかるのを覚悟しなければいけないようだった。
いったん外のロビーに出てN君とHさんを待っていると、事務所の他の部屋からシン(ラオスの民族衣装で、女性のタイトなロング巻きスカートである)を纏った美人女性職員がふたり出てきたので、無意識にその女性達が行く方向について行ってしまった。
でも、ふたりは予約カウンターではない別の部屋に入っていったので、やむなく元のロビーに戻ると、ちょうどそこに二日酔いの感じがするN君が現れた。
N君は明日のルアンパバーン~ビエンチャンへ向かい、乗り継いでビエンチャン~バンコクのチケットを購入する目的で、明日の夕方にはバンコクに着くらしい。
そしてそのあとは、予約を入れている一流ホテルにチェックインして酒池肉林、豪遊の限りを尽くすのだと豪語していた。
「昨夜あれからひとりでもうちょっと飲んでたんですわ。ビアラオを二本飲んだらフラフラになりました」とN君が楽しそうに話していると、間もなくHさんが宿の青年のバイクに乗って登場した。
二十五歳というその青年は名前を「ニコン」と言い、決してカメラに興味がある訳ではなく、着ていたTシャツには何故か「阪急電車」と縦に書かれていた。
僕達はそのTシャツを見て、五分間ほど笑いが止まらなかった。
N君なんかはカメラにその姿を収めながら庭を笑い転げていたが、ニコン青年は訳が分からないままニコニコしていた。
ともかく僕達三人は、チケット購入カウンターでN君は明日の午前便を、僕とHさんとは明後日のビエンチャンまでの午前便の航空券を無事に買うことが出来た。
僕とHさんとは一気にバンコクには行かずに、ビエンチャンでお土産などを買ってから国境を越え、ノンカイから夜行列車で帰る予定をしていた。
午前九時過ぎにオフィスを出て、遅めの朝食を摂るために近くのレストランに入り、僕はアメリカン風朝食(ハムエッグとフランスパンにコーヒーで一万二千Kip、百七十円程)、彼Hさんはヴェジタブルヌードル、N君はチキンヌードルだった。
このころから雨が次第に本格的になってきた。ラオスはもうすぐ雨季に入る。
濡れた道路の上をトゥクトゥクやバイクが忙しく走っている。
歩いている人もいるが、誰も傘などはさしていない。欧米人旅行者も雨に濡れながら、朝の町を散歩している。
ぼんやりとルアンパバーンの雨の街並みを眺めていると、ふと自分が今何故ここにいるのかを瞬時には思い出せないような、夢の中を彷徨っているような気持ちになった。
しばらくぼんやりと半分意識不明の状態で、日本でのあらゆることを忘れて本当に幸せな気分に浸っていたら、「藤井さん、市場に買い物行きましょうよ」というHさんの元気な声に現実に戻された。
僕達は雨に濡れながらタラート(市場)に行き、お土産物を見て回った。
この市場は現地の人々の生活と密着している唯一の大きな市場で、日用雑貨から食料品、衣料品、アクセサリー・宝石類まで、何でも揃っている。
ゆっくりと一時間程あちこちの店を覗いて回ったが、ベトナムのようにしつこく勧める訳でなく、店の人は僕達が品定めをするのをニコニコしながら眺めているだけで、おとなしいラオス人の性格を感じた。
彼女はシルクのブラウス、N君は日本の彼女のお土産としてブラウスとTシャツを購入し、僕はお土産を買う対象となる人がいないので、青いレインコートを買った。
これを買う時も、最初店の中年女性が一万五千Kipと言っていたのを、僕がちょっと高いねとつぶやくと、すぐに八千Kipに値下げしてきたので、あまりの素直さにズッコケそうになってしまった。
このレインコートは頭からかぶって、顔と手を出すだけの簡単なものだが、膝辺りまであるかなり長いものなので、青いテルテル坊主がヒョコヒョコ歩いているような感じだった。
このあと現地の人達は僕をジロジロ見ながら笑っていたので、きっと相当猛烈滑稽な格好だったに違いない。
僕達三人は雨のルアンパバーンの町を散策し始めた。
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