サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽

Pero

文字の大きさ
34 / 208

サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽 ㉞

しおりを挟む

     第一章 2001年 春

       三十四


 翌、五月三日は朝七時に目が覚め、水シャワーを浴びてから約束のラオス航空ルアンパバーン支社に向かった。
 外に出ると曇り空で、今にも雨が降りそうな感じだった。

 ホンタビーゲストハウスの前の泥道から大通りに出るまでには、左側に小学校があり、ガヤガヤとうるさいのでチョイと覗くと、まだ授業開始前なので子供達が廊下や教室内を走り回っている様子が見えた。
 子供はどこの国でも無邪気で可愛いなものだと思った。

 タラート・サオを左に見ながら二つ目の交差点を右に曲がり、少し行くとラオス航空オフィスがある。(交差点といっても信号はありません)

 建物は平屋の小さなもので、日本でいえば町の特定郵便局を少し大きくした感じだが、敷地は広く建物の前はちょっとした庭もあった。

 八時ちょうどくらいに訪れて予約窓口を覗くと、すでに欧米人三人が手続きをしていた。

 見るとカウンター内には男性職員がふたりいたが、パソコンが一台しか設置されていないので、発券にはずいぶんと時間がかかるのを覚悟しなければいけないようだった。

 いったん外のロビーに出てN君とHさんを待っていると、事務所の他の部屋からシン(ラオスの民族衣装で、女性のタイトなロング巻きスカートである)を纏った美人女性職員がふたり出てきたので、無意識にその女性達が行く方向について行ってしまった。

 でも、ふたりは予約カウンターではない別の部屋に入っていったので、やむなく元のロビーに戻ると、ちょうどそこに二日酔いの感じがするN君が現れた。

 N君は明日のルアンパバーン~ビエンチャンへ向かい、乗り継いでビエンチャン~バンコクのチケットを購入する目的で、明日の夕方にはバンコクに着くらしい。

 そしてそのあとは、予約を入れている一流ホテルにチェックインして酒池肉林、豪遊の限りを尽くすのだと豪語していた。

「昨夜あれからひとりでもうちょっと飲んでたんですわ。ビアラオを二本飲んだらフラフラになりました」とN君が楽しそうに話していると、間もなくHさんが宿の青年のバイクに乗って登場した。

 二十五歳というその青年は名前を「ニコン」と言い、決してカメラに興味がある訳ではなく、着ていたTシャツには何故か「阪急電車」と縦に書かれていた。

 僕達はそのTシャツを見て、五分間ほど笑いが止まらなかった。
 N君なんかはカメラにその姿を収めながら庭を笑い転げていたが、ニコン青年は訳が分からないままニコニコしていた。

 ともかく僕達三人は、チケット購入カウンターでN君は明日の午前便を、僕とHさんとは明後日のビエンチャンまでの午前便の航空券を無事に買うことが出来た。

 僕とHさんとは一気にバンコクには行かずに、ビエンチャンでお土産などを買ってから国境を越え、ノンカイから夜行列車で帰る予定をしていた。

 午前九時過ぎにオフィスを出て、遅めの朝食を摂るために近くのレストランに入り、僕はアメリカン風朝食(ハムエッグとフランスパンにコーヒーで一万二千Kip、百七十円程)、彼Hさんはヴェジタブルヌードル、N君はチキンヌードルだった。

 このころから雨が次第に本格的になってきた。ラオスはもうすぐ雨季に入る。
 濡れた道路の上をトゥクトゥクやバイクが忙しく走っている。

 歩いている人もいるが、誰も傘などはさしていない。欧米人旅行者も雨に濡れながら、朝の町を散歩している。
 
 ぼんやりとルアンパバーンの雨の街並みを眺めていると、ふと自分が今何故ここにいるのかを瞬時には思い出せないような、夢の中を彷徨っているような気持ちになった。

 しばらくぼんやりと半分意識不明の状態で、日本でのあらゆることを忘れて本当に幸せな気分に浸っていたら、「藤井さん、市場に買い物行きましょうよ」というHさんの元気な声に現実に戻された。

 僕達は雨に濡れながらタラート(市場)に行き、お土産物を見て回った。

 この市場は現地の人々の生活と密着している唯一の大きな市場で、日用雑貨から食料品、衣料品、アクセサリー・宝石類まで、何でも揃っている。

 ゆっくりと一時間程あちこちの店を覗いて回ったが、ベトナムのようにしつこく勧める訳でなく、店の人は僕達が品定めをするのをニコニコしながら眺めているだけで、おとなしいラオス人の性格を感じた。

 彼女はシルクのブラウス、N君は日本の彼女のお土産としてブラウスとTシャツを購入し、僕はお土産を買う対象となる人がいないので、青いレインコートを買った。

 これを買う時も、最初店の中年女性が一万五千Kipと言っていたのを、僕がちょっと高いねとつぶやくと、すぐに八千Kipに値下げしてきたので、あまりの素直さにズッコケそうになってしまった。

 このレインコートは頭からかぶって、顔と手を出すだけの簡単なものだが、膝辺りまであるかなり長いものなので、青いテルテル坊主がヒョコヒョコ歩いているような感じだった。

 このあと現地の人達は僕をジロジロ見ながら笑っていたので、きっと相当猛烈滑稽な格好だったに違いない。

 僕達三人は雨のルアンパバーンの町を散策し始めた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

真面目な女性教師が眼鏡を掛けて誘惑してきた

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
仲良くしていた女性達が俺にだけ見せてくれた最も可愛い瞬間のほっこり実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...