サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽

Pero

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サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽 ㊷

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     第一章 2001年 春

プーシーの丘の上の僕です。雨上がりのモヤが少しかかっていました。




       四十二

 昨夜は体調が悪いということもあって、柄にもなく刹那的な気持ちのまま午後九時過ぎには寝てしまった。

 翌五月五日は、朝六時の目覚まし時計が鳴るまで何度も何度も目が覚めたが、結局九時間も睡眠をとって、身体の熱っぽさはすっかりなくなっていた。

 しかしトイレに入ると相変わらずの下痢で、昨日薬局で買った薬は全然効き目がなかった。

 ともかく、いよいよ旅もターンということだ。
 荷物を整理して、人間の死体でも入るくらいの大きなバックパックに丁寧に押し込んでから、七時半頃に宿をチェックアウトした。

 宿の女の子たちはいつもふたりで小さなフロントに腰掛けていて、僕が近づくとニコニコ笑うのだった。

 愛想笑いなのか、それともおかしな中年日本人に自然と笑いがこみ上げてくるのか、或いはラオス人特有の自然な微笑なのか分からない。

 言葉が通じたら、「何故笑っているの?」と訊いてみたいのだが、このホンタビーゲストハウスの人達は英語も殆ど分からないようだった。

 二年前にオープンしたばかりとのことで、ラオス観光年やルアンパバーンの人気でツーリストが急増したため、取り急ぎゲストハウスを慌しく開業したという感じに思えた。

 三日分の宿代として九万Kip(約千二百六十円)を支払い、Hさんが空港に行く途中にトゥクトゥクで迎えに来てくれるかもしれないので、念のため中庭の椅子に腰をおろしてしばらく待った。

 バックパックをドサッと足元に置いてぼんやりしていると、宿の前でさっきから客待ちをしているトゥクトゥクのオヤジさんが近づいてきて、「乗らないのかい?」と訊いてきた。

「空港まで行くんだけど、友達を待っているんだ」と言うと、彼は仕方がないなという感じで戻って行ったが、引き続き宿の前で客待ちをしている。

 八時十五分までHさんを待ったが一向に現れない。
 どうしたのだろうという心配よりも、おそらく彼女は宿のニコン青年に空港まで送ってもらうに違いないと思った。

 連絡の取りようもないので、あきらめて空港へ向かうことにした。
 ときどき僕の方を見ている先ほどのトゥクトゥクのオヤジさんに手をあげた。

 すると彼は一万Kip(百三十円ほど)でオッケーだと言う。
 少しだけでもディスカウントしてくれた気がした。

 トゥクトゥクに乗って空港に向かう途中、ルアンパバーンの町の様子を眺めていると、体調を壊したので満足に町歩きもできなかったことが悔やまれ、いつかきっと再訪しようと思うのであった。(2009年に再訪を果たしました。これもこの旅行記の続編で記述予定です)

 空港には意外に早く約十五分で到着した。ロビーを見渡すと客はまばらで、Hさんの姿も見当たらなかった。

 早速チェックインをしようとするも、九時半にならないと無理だというので、仕方なくロビーの椅子に座って待った。
 ルアンパバーン空港は滑走路が一つで、空港の建物は日本の中標津空港程度の大きさだった。

 しばらくぼんやりと外の景色を眺めていると、九時二十分ごろにHさんがニコン青年のバイクで送られて登場した。

 彼女の顔を一日見なかっただけなのに、僕はずいぶんと懐かしく思った。

 彼女の話では、昨日はニコン青年のバイクで滝見物に出かけたあと、彼がのんびり昼寝をしたので、僕達と約束していたスカンジナビア・ベーカリーには全く間に合わなかったらしい。

 ベトナムやタイでもそうだが、やはりこれだけ暑いと体力を消耗するので、昼寝は欠かせない習慣のようだ。

 彼女は昨夜、ニコン青年の姉宅などを訪問して食事やカラオケなどの接待を受け、現地人との交流という貴重な体験をしたそうで、僕は羨ましさとニコン青年への嫉妬を感じた。

 結局、宿に帰ったのは深夜の零時ごろだったらしく、一日中あちこち動き回っていろいろなことがあったので疲れましたと、本当に疲れた顔で言っていた。

 さてニコン青年に別れを言って九時半過ぎにチェックイン、バックパックを預けて空港内レストランで朝食を摂った。
 僕はオムレツとコーヒーを注文、彼女は下痢気味らしくコーヒーだけだった。

 この時、僕が昨日買った下痢止めを彼女に一錠あげたのだが、このあとますます彼女の下痢がひどくなってしまい、本当に悪いことをしたと思った。

 ところがいよいよ出発ロビーに入って準備をしていると、何と突然ニコン青年が再び現れ、彼女にネックレスをプレゼントしたのだ。

 彼女を空港まで送ってから街まで戻り、急いで購入したらしいのだが、彼女の名前の頭文字のものがなくて、アルファベットのMのネックレスを買ったということである。(彼女のHは苗字で、名前はのぞみさんのNです)

 思いがけないプレゼントに彼女はかなり感激した風で、これは完全に僕の負けだなと観念してしまった。(何が勝ちで何が負けなのか分からないが)

 やはり国に関係がなく、若者というものは情熱的だと思った。
 そういう情熱は今の僕には無くなってしまったように思えた。

 ともかく彼女がニコン青年とずっと立ち話をしている間、僕は滑走路を眺めてぽかんと口をあけていたら、ガガー、ゴー、ドコドコドーンという感じで、オモチャのようなプロペラ機が舞い落ちてきた。

 すぐに数十人の乗客が降りて、少しだけ整備をしたあと折り返しビエンチャンへこの飛行機は向かうのだ。
 着陸の様子を見て、本当にこの飛行機で大丈夫なのかと心配になるのであった。

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