サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽

Pero

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第二章 2002年 春

サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽 54

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    第二章 2002年 春


      54 国境越え

 トゥクトゥクのエンジン音に紛れてR子さんに「あなたの旅について行っていいですか?」と叫んだ僕は、断られても当然だと思っていたが、彼女から意外な言葉が返ってきた。

「はい、私もその方が助かります」

 R子さんは独特の笑顔でそう応えてくれた。本当に笑顔が素敵な人だと思った。

 その笑顔は、いくら彼女が日本で食べ物屋さんを営んでいるとはいえ、明らかに作り笑いではないと確信の持てるものだった。

 僕はあまりに嬉しくて、トゥクトゥクから飛び降りて国境までスキップで行こうかとも一瞬頭をよぎったくらいだったが、そこは年輪を感じさせる中年紳士然としなければならない。

「よかった。日本でなら貴方のような素敵な女性と過ごせるなんて、絶対にあり得ないですからね」と少しおどけて言ったものだ。

 僕は一年前のラオスの旅と同様に、今回の旅も出足からすごく楽しくて、この幸運を神に感謝するために、R子さんに気づかれないようにそっと両手を組んで祈った。(この時はまだ南方上座部仏教徒ではありませんでした)

 僕達を乗せたトゥクトゥクは、間もなくタイ側のボーダーに到着した。

 ちょうど一年前にこの国境越えは経験しているから、僕は胸を張って彼女を引率できると自信満々だ。

 簡単にタイ側のパスポートコントロールにて出国手続きを済ませてから十バーツでバスチケットを買って、バスにバックパックを押し込んで乗り込む。

 車内は満員で、僕達ふたりはバックパックを降ろした横で立ったままだが、バスはすぐに発車した。

 メコン川に渡されたフレンドリーシップブリッジ(友好橋)に向かってバスは走る。
 すると間もなく、僕達の横で同じように立っていた中年男性が話しかけてきた。

「お二人さん、ラオスは初めてでっか?」

 いきなりの関西弁にズッコケそうになりながらも彼を見ると、何と顔が数年前まで我が探偵調査会社に勤めていたハットリ君にそっくりであった。

 君呼びは失礼だからさんづけとするが、ハットリさんはやや頭髪が薄いが、年令は僕と同じか二、三歳上と思われた。

 日本語でしかも関西弁で話しかけられたので、日本人であることは間違いない。

 ハットリさんは明らかに日本人ではない若い女性と一緒だったが、彼の服装などは旅行者のそれとは異なり、半そでの柄シャツに半パンとペタペタサンダルといった風貌だった。

 そして、手にはナイロン袋に入ったガイヤーンを持ち、どう見てもチョックラ国境を周辺を散歩していますといった感じなのだ。

「あっ、いえ、まあ・・・」

 僕は二度目のラオス訪問だが、いきなり中年の日本人男性に「・・・でっか?」ともろに関西弁で話しかけられ、さらに現地人女性と一緒に「ちょっと市場まで買い物を」という風に、気軽に国境を渡ろうとしている彼を見て、頭の中がまとまらなくて返事に戸惑った。

「ラオスに入るのは簡単でっせ。ラオスは観光客が欲しいてしかたおまへんのや。そやからビザみたいなもん、形だけですわ。私について来なはれ。簡単に発行しまっせ」と、彼はたたみかけるようにコテコテの関西弁を連発した。

 あまりの意外な展開に、バスの手すりを持って立っていた僕は目眩がして、その場にへたり込んでしまいそうになった。

 メコンの川面を見る間もなくバスは友好橋を渡り終え、僕達はラオス側のパスポートコントロールに到着した。

 カウンター近くで入国書類とビザ申請用紙を探していると先程のハットリさんが、「これとこれですわ。ビザの申請用紙を先に書いて、三十ドルと写真を一枚だけ窓口に出しなはれ。写真は別に要りまへんねんけどな」と、親切におせっかいに世話をしてくれるのだ。

 僕とR子さんは、ハットリさんがなかなか陽気でざっくばらんな面白い人なので、彼の世話を受けることにした。
 彼との関係不明の現地人女性が、その様子を見てずっとニコニコしていた。

 ビザは五分ほどで発行され、今度は入国手続きである。

 ビザ申請窓口の前から流れに従って歩くと、外国人と現地人とに別れた窓口があり、ここで入国手続きとともに入国税として十バーツを支払うと、晴れてラオス入国無事完了である。

 アジアの旅人で賑わっているインターネットのある有名サイトでは、ここでの十バーツをめぐり、あれこれ意見が飛び交っていたが、ラオス政府が十バーツ欲しいと言っているのだから、機嫌よく支払えばいいじゃないかと思う、わずか30円だ。

 何でもかんでも難しく定義づけしようとする、おかしな日本人の若者が多すぎる。

 話は横道に逸れたが、僕達はハットリさんカップルとともにトゥクトゥクに乗ってビエンチャンの中心街へ行くことになった。

「国境からタラート・サオ辺りまではトゥクトゥクで百五十バーツと決まってまんねん。それを時々日本人の旅行者が一生懸命値切ってるのを見かけますけどな、絶対に下がりまへんで。無茶したらあきまへん。なんでもかんでも値切らなアカンと思ったら大間違いですわ」

 ハットリさんはバシッと断言した。

 彼はビエンチャン在住らしいのだが、一体どういう立場の日本人なんだろう。

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