サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽

Pero

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第二章 2002年 春

サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽 55

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     第二章 2002年 春


  55 トゥクトゥクのアクシデント       

 国境で声をかけてきた中年日本人男性ハットリさんは、その後の会話などからラオス滞在歴が約八年で、旅行代理店などをこちらで営んでおり、日本では京都に本社を置いて、そちらは奥さんに任せているとのことであった。

 ラオス側に入り、国境からビエンチャン市内のタラート・サオ(市場)まで一緒に行きましょうと誘われ、僕とR子さんとはハットリさんカップルのトゥクトゥクに便乗した。

 けたたましい音を立てながらボーダーから国道に出て、懐かしい舗装道路をビエンチャン市街に向かって走る。

 途中までは殆ど民家がなく、道路の両側は水田地帯である。

「ラオスは安全でっせ。殺人事件なんかは一件もありまへん。去年日本人の女性バックパッカーがゲストハウスで殺されましたけど、その時は新聞の一面にデカデカと載りました。
 貧乏な国ですよって旅行者を狙った強盗事件がたまにありますわ。そやけどそんな時はいくらかお金を渡したらエエのですよ。下手に反抗するから場合によっては殺人に至るわけですわ」

 ハットリさんはビニール袋に入ったガイヤーンとカオニャオ(もち米を蒸したもの)を僕達に勧めながら、楽しそうに喋るのだった。

 彼の横に座っている女性はタイ人とのことで、「ラオスで暮らしていると言葉に不自由しまっしゃろ。そやから彼女に通訳を兼ねて手伝ってもろうてますのや」とハットリさんは額に汗しながら言う。

 僕は手でこねたカオニャオを口に放り込みながら「そーれすかぁ」と頷き、プライベートな部分は深くは訊かないことにした。

「このチキンは美味しいですね!」と、突然R子さんが目を細めて言った。

「そうでっか。タイもラオスも食べ物は美味しいですな。ラオスには日本の讃岐うどんのようなものがありまっせ。麺にコシがあってスープも薄味で日本人に合ってますわ。いっぺん食べてみなはれ」

「讃岐うどんですか・・・。それは屋台で?」とR子さん。

「屋台でもありますけどな。私のお奨めの店は、メインストリートの一本北通りにラオパリホテルというのがありますが、その向こうの最初の角の小さなレストランのものが最高ですな」

 ハットリさんは詳しく場所まで説明してくれて、肝心のその讃岐うどんの料理名を聞くと、「カオピャですわ」と言った。

「カオピャ?」

「いや、カオピャッですわ。適当に言うたら通じますよ」

 カオピャッ?

 おかしな響きの料理名だが、R子さんは是非食べてみたいと言うのだった。

 やがてトゥクトゥクはビエンチャンの街中に入り、左右に民家や商店や時々寺院なども見えてきた。

 ところがその時、快調に走っていたトゥクトゥクから突然、「パーン!」という大きな音がして、何かの破片のようなものが運転席の後部から飛び出すのが見えた。

 音とともにトゥクトゥクは停車し、運転手が自分の左後部の大きなケースのふたを開けた。

 するとそのケースの中には、表面のプラグの部分が四分の一程欠けたバッテリーが見えた。
 バッテリーが破裂したのだった。

 僕達はとりあえずトゥクトゥクから降りて、道路わきに避けて彼の様子を窺った。

 彼は破損して中のバッテリー液もおそらく少しは飛び散っていると思われるバッテリーをあれこれいじって、再び運転席に座りエンジンをかけた。
 しかし当然の如く、エンジンは無言のままびくとも動かなかった。

「こりゃあきまへんで。バッテリーの修理か交換でんな」

 ハットリさんはトゥクトゥクの男性に言った。

 彼は本当に困ったような表情をしながら、通りを走るトゥクトゥクに目を走らせているようだった。

「彼らには仲間があって、自分のグループのトゥクトゥクが走ってくるのを待ってまんねん。一応私らは彼の仲間のトゥクトゥクが来たらそれで市場まで行きましょう。
 ただ彼もここまでの運賃が欲しいですからな。仲間が来たら値段の交渉をせなあきまへん。ちょっと待ちましょ」

 ハットリさんは落ち着いて説明をした。

 僕達は灼熱のビエンチャンで、バッテリー故障のトゥクトゥクから放り出され、汗だくになって佇みながらも、このアクシデントを楽しむ心の余裕を感じていた。

 それは国境から一緒のハットリさんの存在があるからに他ならない。

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