サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽

Pero

文字の大きさ
132 / 208
第四章 タイ・ラオス・ベトナム駆け足雨季の旅

サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽 132

しおりを挟む

      第十六話

 I君の言葉にバスの方向を見ると、乗降口には何十人もの人々が殺到していた。あわててバックパックを背負う。

「それじゃあお元気で」とバスへ走る僕。

「藤井さん、気をつけて!もしよければメールください。僕のメールアドレスは○△■※×@です!」とI君が僕の背後から叫んだ。

 乗降口では殺到していた現地人たちを「ダメダメ!」と乗務員が退けて、先ずは僕と欧米人カップル(後で訊くとフランス人だった)だけを乗せた。

 つまり規定の乗車券をキチンと購入していたのは僕と欧米人だけだということなのだろう。
 或いは、旅行者を先に乗せるはからいだったのか。

「ありがとう」と僕は振り返り、I君にお礼の言葉を言って乗り込んだ。

 バスはエアコンなど付いているはずもないのは覚悟の上だったが、驚いたことにバックパックを屋根の上に上げる訳でもなく、皆が手荷物を車内へ持ち込んだから大変。

 しかも予め通路や座席下に段ボール箱やズタ袋などがビッシリ敷き詰められていて、座席を与えられたものの足を伸ばせず、「体育すわり」を余儀なくされた。

 この物資はおそらくラオスからベトナムへ輸送手段としても以前からあるのだろう。

 バックパックは係員によってバスの後部へ移動された。
 後部は座席が外されて、荷物が積まれていたが、その間に僕と欧米人カップルのバックパックが押し込まれるという格好になった。

 そして次に・・・われわれ三人が着席したのを確認した後、係員がいよいよ現地の人々を乗り込ませた。

 殺到して車内へ入り、大人も子供も女も男もギャーギャーと何かを叫びながら席を奪い合う。
 車内はたちまち阿鼻叫喚に包まれた。

 座席数を決定的に大きく超えた人々が乗り込んだため、通路に座る人々、後部の荷物の上に座る人々、さらには網棚に紐を掛けて、ハンモックを吊るして寝る男まで現れ、もう訳が分からないパニック状態。

 そして幸運にも座席に着けた人々も、すべて体育座り。
 何なのだこれは?でもこれがアジアらしさともいえるのかも知れない。

 ともかくバスは出発した。

 小雨は降り続いている。エアコンのない車内は蒸し暑く、窓を少しだけ開けるが、雨が入り込んでくる。
 状態としては非常に悪い。

 さらに僕の隣席にはラオス人かベトナム人か中国人か分からんオッチャンが座り、彼の体臭からすえた匂いが発散されており、不快感が増してきたのだった。

 そんな劣悪な車内で、乗車前にI君が叫んだ彼のメールアドレスを忘れないうちに、首から吊り下げているミニバックからメモ帳を取り出し、しっかりと書き留めた。

 この一瞬の記憶力は、僕が長年携わってきた探偵業における賜物と言っても良いのだが、この記憶力は残念ながら一時間がリミットで、それを過ぎると忘却の彼方へと散ってしまう。

 さて定員をはるかに超えた人々を乗せたバスは、この先ベトナム国境の町・デーンサワンへ向かったのだった。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

真面目な女性教師が眼鏡を掛けて誘惑してきた

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
仲良くしていた女性達が俺にだけ見せてくれた最も可愛い瞬間のほっこり実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...