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夏休み ①
しおりを挟む都会の大学に通う俺は、この夏休み3年ぶりに実家に帰ることを決めた。
俺の実家は、畑の中に人が暮らしているという印象の田舎町にある。
「よお。久しぶり。」
高校を卒業して3年間、この町に帰って来れなかったのはコイツに会いたくなかったからだ。
「・・・久しぶり。」
隣の家に住む幼馴染み。
下原 蒼甫。
彼は花を育てる仕事をしている。花卉栽培者という仕事だ。
高校を卒業して、彼はすぐその仕事に就いた。
彼の肌はハッとするような白さで、それは花卉栽培者という仕事についた今も変わっていない。
肩まで無造作に伸ばした彼の真っ黒な髪は、肌の色と対照的で印象に残る。
男にしては細すぎる身体。身体を使う仕事をしているくせに、ちっとも変わらない。
地元で暮らした18年という時間、俺は彼のことばかり見て過ごした。
「いつまでいるんだ?」
「え?」
「こっちに。」
「夏休み中ずっと。」
高校2年生の時、蒼甫の両親は交通事故で亡くなった。
彼のおじさんおばさんが隣町で暮らしていて一緒に暮らそうと言ったけれど、蒼甫はこの家を離れないと言って聞かなかった。
幼い頃から隣の家で育ってきた俺たちは兄弟のように仲が良かったので、うちの母が彼の食事を毎日用意して俺は彼の家で一緒に食べた。
2人でずっと一緒に暮らして行きたいと、俺は願っていた。本当は今だってそう思っている。
俺と一緒に都会の大学へ進学するはずだった彼は、家業を継いでこの町に残るという選択をした。
俺は蒼甫も同じ気持ちでいるはずだと信じて疑わなかったので、高校を卒業する前に彼に告白した。
「ありがとう。でも、ごめん。」
彼はそれだけ言って、俺の告白をまるでなかったことのようにあっさり流した。
ありがとう。ごめん。ただそれだけ。
俺はそれから彼に会うたびにその瞬間のことを思い出して、今まで過ごしてきた18年間の思い出を全部否定されたような気持ちになって辛い日々を送った。
大学に入学してからこの町に帰省しなかった理由は、それだ。
彼に会うことが辛くて苦しかった。それまでの自分の人生が全て嘘だったように感じるから。
「今夜、一緒に飯食おう。」
俺は彼に言った。
「おう、わかった。」
この辛い思いを克服したかった。
俺が自分自身に課した夏休みの課題。
3年間投げ置いていた「失恋」の傷に向き合って癒すこと。
俺はそう覚悟を決めていた。
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