雪解けの前に

FEEL

文字の大きさ
2 / 36
雪月花

2

しおりを挟む
 学校の帰り道。僕は奏と一緒に家に帰っていた。
 家が近い彼女と一緒に帰るのは日課になっていて、この習慣は小学校の時からずっと続いている。
 いつもはなんて事のない世間話を家までしているのだけど、今日はお互い無言のままだった。奏が会話をしないのはとても珍しいことだ。
 やはり、今日の現国の時間。傷の事に触れようとしたことが気に障ったのだろうか。それとも他に気に入らないことがあったのだろうか。
 そんなことを考えながらちらりと奏の顔を覗く。こちら側だと傷が見えない分、綺麗な顔が際立って見える。ぷるんとした毛穴を感じさせない肌に潤いのある唇。眺めていると上向きに伸びた長い睫毛の一本一本すらも可愛く見えてしまう。
 そういえば――奏がマスクをしていない姿もとても珍しい。

「いい加減に訴えるぞ、変態流星」
「えっ、えぇっ!?」

 突然の言葉に慌てて瞳を覗くが奏の瞳はこちらを向いてはいなかった。僕の驚く声を聞いて、初めて彼女は振り返って目が合うと、にかりと笑って見せた。

「やっぱりこっちを見てたな。変態め」

 言葉は辛辣だが言動は柔らかく、僕は思わずホッとした。

「ごめん。何も喋らないからさ、機嫌でも悪いのかなって」
「全然。ちょっと考え事してただけ」
「考え事?」
「うん」
「何を考えてたの?」
「聞きたい?」

 勿体ぶった物言いに僕は頷いて返した。すると「どうしようかなぁ……」と悩んだ声を出してから、

「実はさ、告白されたんだよね」

 時が止まるようなことを言ってのけた。

「え……え、ええ? 告白って、あの告白?」
「他に何があるのよ。あれよ。付き合ってください的な奴よ」
「え、えぇ……ええぇぇぇ?」
「殴るぞ?」

 失意の声を何かと勘違いした奏がグーを作って振り上げる。しかし僕はそれに反応する余裕はなかった。

「誰に? なんで? いつの間に???」
「質問責めだ(笑」

 奏はケタケタと笑うがこちらはそれどころじゃない。よほど真剣な表情をしていたのだろう。ひとしきり笑った奏はこちらを見てから改めて吹き出した。

「真面目に聞いてるんだけど。クラスの人?」
「ううん、一個上の先輩。学校のどこかで私を見かけたらしくてさ、一目惚れだったって。いきなり連絡先交換求められたから、あれ? とは思ってたんだけどね」
「連絡先交換してるの!?」

 更なる新事実に思わず叫んでしまうと奏はまたしても笑いだす。笑いすぎてひー、ひーと呼吸していた。

「も……だめ……酸素足りなくて、死ぬ……っ」
「それで、何て答えたのさ」
「……どうして?」
「えっ」
「どうしてそんなに気になるのよ?」
「それは……」

 僕も君が好きだから。

 思わず吐き出しそうな本音をグッと抑え込む。
 悔しいから。渡したくないから。他の男といるのを見たくないから。
 替わりの言葉を探してみるが、思い浮かぶ言葉はどれもこれも告白じみていて、返事が思いつかない。

「……幼馴染、だから……」

 それでも考えて、やっとのことで浮かんだのはこの言葉だった。我ながら意味がわからないが、気持ちを伝えるよりは健全だ。

「フーン。まぁいいでしょう」

 怪訝な表情を見せながらそう言うと、奏は前を向いて歩き始めた。僕も一緒になって横を歩く。

「返事はね、保留にしてもらった」
「保留?」
「そ。私、付き合うとかよくわかんないしさ。告白されました、じゃあ付き合いましょうってのもなんか違うなって思うし、だから少し時間を貰って考えてみようかなって」
「それって……考えた末にアリだと思ったら付き合うってこと、だよね」
「まーそうなるかなー。わっかんないけどねぇ」
「そっか」

 どうかそのまま、わからないまま時間が過ぎてくれ。空返事をした僕の心の中はそんな気持ちでいっぱいだった。
 もしも奏に彼氏が出来たら、そしてそれを奏が望んでいるのなら、とても喜ばしいことだ。祝福するべきだとわかっている。それと同じくらいに奏を取られたくないという気持ちでいっぱいになっていた。だからといって僕が奏に告白することは出来ない。彼女をこれ以上、傷つけたくはないから。
 だから僕はただただ祈る。このまま忘れ去られるように、何事もなく告白が駄目になることを。

「おーい、おにーさん。どこまで行くんだい」
「えっ」

 奏に呼ばれて振り返る。
 気が付けば既に家の前まで来ていたようで、奏が告白された事を考えている間に家を取り過ぎていた。小走りで家の前まで戻ると奏は呆れた顔で僕を見る。

「何つまんない事してんの。私の機嫌を窺う前に自分のこと心配したら?」
「はは、そうだね……ほんとそうだ」

 奏の優しさがチクリと胸に刺さる。
 内心で考えるのは奏が上手くいかないようにとそればかり。そんな事を知りもしない彼女は僕の心配をしてくれている。それが心苦しかった。

「じゃ、またね」
「うん。また明日」

 大袈裟に手を振る奏に僕は手を振って返す。そのまま奏が見えなくなるまで、僕は手を振り続けて。家に入った。

 次の日の朝。
 いつもなら奏が僕の家に来て一緒に学校に行くのだが、奏が来ることはなかった。テレビを見て時間を潰しながら彼女を待つが中々彼女はやってこない。そうしている間に時間もぎりぎりになり、仕方なく僕は一人で学校に向かった。
 学校に着き、クラスメイトと挨拶を交わして教室に入ろうとすると奏の声が聞こえた。

「それじゃあ先輩、また後で」
「うん、またね。奏ちゃん」

 聞きなれた声がいつもより可愛らしい声で挨拶を交わす。
 声のする方を見ると奏が教室にやってくるところだった。

「お、流星おはよー」
「おはよう。ねぇ奏、今の人って――」
「お前ら早く教室入れよ。すぐに予鈴が鳴るぞ」

 話している途中に先生にそう言われて、見計らったようにチャイムが鳴った。

「やばやば、流星行こっ」

 奏に急かされて教室に入る。席に着くとそのままHRが始まってしまった。
 だけど僕はとても集中できなくて、さっき聞いた奏のやり取りを頭の中でずっと、ずっと反芻させていた。

 先輩っていうと――昨日言っていた……。

 混乱した頭のまま、僕は奏の横顔を覗く。今日も彼女はマスクをしていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...