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雪月花
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学校の帰り道。僕は奏と一緒に家に帰っていた。
家が近い彼女と一緒に帰るのは日課になっていて、この習慣は小学校の時からずっと続いている。
いつもはなんて事のない世間話を家までしているのだけど、今日はお互い無言のままだった。奏が会話をしないのはとても珍しいことだ。
やはり、今日の現国の時間。傷の事に触れようとしたことが気に障ったのだろうか。それとも他に気に入らないことがあったのだろうか。
そんなことを考えながらちらりと奏の顔を覗く。こちら側だと傷が見えない分、綺麗な顔が際立って見える。ぷるんとした毛穴を感じさせない肌に潤いのある唇。眺めていると上向きに伸びた長い睫毛の一本一本すらも可愛く見えてしまう。
そういえば――奏がマスクをしていない姿もとても珍しい。
「いい加減に訴えるぞ、変態流星」
「えっ、えぇっ!?」
突然の言葉に慌てて瞳を覗くが奏の瞳はこちらを向いてはいなかった。僕の驚く声を聞いて、初めて彼女は振り返って目が合うと、にかりと笑って見せた。
「やっぱりこっちを見てたな。変態め」
言葉は辛辣だが言動は柔らかく、僕は思わずホッとした。
「ごめん。何も喋らないからさ、機嫌でも悪いのかなって」
「全然。ちょっと考え事してただけ」
「考え事?」
「うん」
「何を考えてたの?」
「聞きたい?」
勿体ぶった物言いに僕は頷いて返した。すると「どうしようかなぁ……」と悩んだ声を出してから、
「実はさ、告白されたんだよね」
時が止まるようなことを言ってのけた。
「え……え、ええ? 告白って、あの告白?」
「他に何があるのよ。あれよ。付き合ってください的な奴よ」
「え、えぇ……ええぇぇぇ?」
「殴るぞ?」
失意の声を何かと勘違いした奏がグーを作って振り上げる。しかし僕はそれに反応する余裕はなかった。
「誰に? なんで? いつの間に???」
「質問責めだ(笑」
奏はケタケタと笑うがこちらはそれどころじゃない。よほど真剣な表情をしていたのだろう。ひとしきり笑った奏はこちらを見てから改めて吹き出した。
「真面目に聞いてるんだけど。クラスの人?」
「ううん、一個上の先輩。学校のどこかで私を見かけたらしくてさ、一目惚れだったって。いきなり連絡先交換求められたから、あれ? とは思ってたんだけどね」
「連絡先交換してるの!?」
更なる新事実に思わず叫んでしまうと奏はまたしても笑いだす。笑いすぎてひー、ひーと呼吸していた。
「も……だめ……酸素足りなくて、死ぬ……っ」
「それで、何て答えたのさ」
「……どうして?」
「えっ」
「どうしてそんなに気になるのよ?」
「それは……」
僕も君が好きだから。
思わず吐き出しそうな本音をグッと抑え込む。
悔しいから。渡したくないから。他の男といるのを見たくないから。
替わりの言葉を探してみるが、思い浮かぶ言葉はどれもこれも告白じみていて、返事が思いつかない。
「……幼馴染、だから……」
それでも考えて、やっとのことで浮かんだのはこの言葉だった。我ながら意味がわからないが、気持ちを伝えるよりは健全だ。
「フーン。まぁいいでしょう」
怪訝な表情を見せながらそう言うと、奏は前を向いて歩き始めた。僕も一緒になって横を歩く。
「返事はね、保留にしてもらった」
「保留?」
「そ。私、付き合うとかよくわかんないしさ。告白されました、じゃあ付き合いましょうってのもなんか違うなって思うし、だから少し時間を貰って考えてみようかなって」
「それって……考えた末にアリだと思ったら付き合うってこと、だよね」
「まーそうなるかなー。わっかんないけどねぇ」
「そっか」
どうかそのまま、わからないまま時間が過ぎてくれ。空返事をした僕の心の中はそんな気持ちでいっぱいだった。
もしも奏に彼氏が出来たら、そしてそれを奏が望んでいるのなら、とても喜ばしいことだ。祝福するべきだとわかっている。それと同じくらいに奏を取られたくないという気持ちでいっぱいになっていた。だからといって僕が奏に告白することは出来ない。彼女をこれ以上、傷つけたくはないから。
だから僕はただただ祈る。このまま忘れ去られるように、何事もなく告白が駄目になることを。
「おーい、おにーさん。どこまで行くんだい」
「えっ」
奏に呼ばれて振り返る。
気が付けば既に家の前まで来ていたようで、奏が告白された事を考えている間に家を取り過ぎていた。小走りで家の前まで戻ると奏は呆れた顔で僕を見る。
「何つまんない事してんの。私の機嫌を窺う前に自分のこと心配したら?」
「はは、そうだね……ほんとそうだ」
奏の優しさがチクリと胸に刺さる。
内心で考えるのは奏が上手くいかないようにとそればかり。そんな事を知りもしない彼女は僕の心配をしてくれている。それが心苦しかった。
「じゃ、またね」
「うん。また明日」
大袈裟に手を振る奏に僕は手を振って返す。そのまま奏が見えなくなるまで、僕は手を振り続けて。家に入った。
次の日の朝。
いつもなら奏が僕の家に来て一緒に学校に行くのだが、奏が来ることはなかった。テレビを見て時間を潰しながら彼女を待つが中々彼女はやってこない。そうしている間に時間もぎりぎりになり、仕方なく僕は一人で学校に向かった。
学校に着き、クラスメイトと挨拶を交わして教室に入ろうとすると奏の声が聞こえた。
「それじゃあ先輩、また後で」
「うん、またね。奏ちゃん」
聞きなれた声がいつもより可愛らしい声で挨拶を交わす。
声のする方を見ると奏が教室にやってくるところだった。
「お、流星おはよー」
「おはよう。ねぇ奏、今の人って――」
「お前ら早く教室入れよ。すぐに予鈴が鳴るぞ」
話している途中に先生にそう言われて、見計らったようにチャイムが鳴った。
「やばやば、流星行こっ」
奏に急かされて教室に入る。席に着くとそのままHRが始まってしまった。
だけど僕はとても集中できなくて、さっき聞いた奏のやり取りを頭の中でずっと、ずっと反芻させていた。
先輩っていうと――昨日言っていた……。
混乱した頭のまま、僕は奏の横顔を覗く。今日も彼女はマスクをしていなかった。
家が近い彼女と一緒に帰るのは日課になっていて、この習慣は小学校の時からずっと続いている。
いつもはなんて事のない世間話を家までしているのだけど、今日はお互い無言のままだった。奏が会話をしないのはとても珍しいことだ。
やはり、今日の現国の時間。傷の事に触れようとしたことが気に障ったのだろうか。それとも他に気に入らないことがあったのだろうか。
そんなことを考えながらちらりと奏の顔を覗く。こちら側だと傷が見えない分、綺麗な顔が際立って見える。ぷるんとした毛穴を感じさせない肌に潤いのある唇。眺めていると上向きに伸びた長い睫毛の一本一本すらも可愛く見えてしまう。
そういえば――奏がマスクをしていない姿もとても珍しい。
「いい加減に訴えるぞ、変態流星」
「えっ、えぇっ!?」
突然の言葉に慌てて瞳を覗くが奏の瞳はこちらを向いてはいなかった。僕の驚く声を聞いて、初めて彼女は振り返って目が合うと、にかりと笑って見せた。
「やっぱりこっちを見てたな。変態め」
言葉は辛辣だが言動は柔らかく、僕は思わずホッとした。
「ごめん。何も喋らないからさ、機嫌でも悪いのかなって」
「全然。ちょっと考え事してただけ」
「考え事?」
「うん」
「何を考えてたの?」
「聞きたい?」
勿体ぶった物言いに僕は頷いて返した。すると「どうしようかなぁ……」と悩んだ声を出してから、
「実はさ、告白されたんだよね」
時が止まるようなことを言ってのけた。
「え……え、ええ? 告白って、あの告白?」
「他に何があるのよ。あれよ。付き合ってください的な奴よ」
「え、えぇ……ええぇぇぇ?」
「殴るぞ?」
失意の声を何かと勘違いした奏がグーを作って振り上げる。しかし僕はそれに反応する余裕はなかった。
「誰に? なんで? いつの間に???」
「質問責めだ(笑」
奏はケタケタと笑うがこちらはそれどころじゃない。よほど真剣な表情をしていたのだろう。ひとしきり笑った奏はこちらを見てから改めて吹き出した。
「真面目に聞いてるんだけど。クラスの人?」
「ううん、一個上の先輩。学校のどこかで私を見かけたらしくてさ、一目惚れだったって。いきなり連絡先交換求められたから、あれ? とは思ってたんだけどね」
「連絡先交換してるの!?」
更なる新事実に思わず叫んでしまうと奏はまたしても笑いだす。笑いすぎてひー、ひーと呼吸していた。
「も……だめ……酸素足りなくて、死ぬ……っ」
「それで、何て答えたのさ」
「……どうして?」
「えっ」
「どうしてそんなに気になるのよ?」
「それは……」
僕も君が好きだから。
思わず吐き出しそうな本音をグッと抑え込む。
悔しいから。渡したくないから。他の男といるのを見たくないから。
替わりの言葉を探してみるが、思い浮かぶ言葉はどれもこれも告白じみていて、返事が思いつかない。
「……幼馴染、だから……」
それでも考えて、やっとのことで浮かんだのはこの言葉だった。我ながら意味がわからないが、気持ちを伝えるよりは健全だ。
「フーン。まぁいいでしょう」
怪訝な表情を見せながらそう言うと、奏は前を向いて歩き始めた。僕も一緒になって横を歩く。
「返事はね、保留にしてもらった」
「保留?」
「そ。私、付き合うとかよくわかんないしさ。告白されました、じゃあ付き合いましょうってのもなんか違うなって思うし、だから少し時間を貰って考えてみようかなって」
「それって……考えた末にアリだと思ったら付き合うってこと、だよね」
「まーそうなるかなー。わっかんないけどねぇ」
「そっか」
どうかそのまま、わからないまま時間が過ぎてくれ。空返事をした僕の心の中はそんな気持ちでいっぱいだった。
もしも奏に彼氏が出来たら、そしてそれを奏が望んでいるのなら、とても喜ばしいことだ。祝福するべきだとわかっている。それと同じくらいに奏を取られたくないという気持ちでいっぱいになっていた。だからといって僕が奏に告白することは出来ない。彼女をこれ以上、傷つけたくはないから。
だから僕はただただ祈る。このまま忘れ去られるように、何事もなく告白が駄目になることを。
「おーい、おにーさん。どこまで行くんだい」
「えっ」
奏に呼ばれて振り返る。
気が付けば既に家の前まで来ていたようで、奏が告白された事を考えている間に家を取り過ぎていた。小走りで家の前まで戻ると奏は呆れた顔で僕を見る。
「何つまんない事してんの。私の機嫌を窺う前に自分のこと心配したら?」
「はは、そうだね……ほんとそうだ」
奏の優しさがチクリと胸に刺さる。
内心で考えるのは奏が上手くいかないようにとそればかり。そんな事を知りもしない彼女は僕の心配をしてくれている。それが心苦しかった。
「じゃ、またね」
「うん。また明日」
大袈裟に手を振る奏に僕は手を振って返す。そのまま奏が見えなくなるまで、僕は手を振り続けて。家に入った。
次の日の朝。
いつもなら奏が僕の家に来て一緒に学校に行くのだが、奏が来ることはなかった。テレビを見て時間を潰しながら彼女を待つが中々彼女はやってこない。そうしている間に時間もぎりぎりになり、仕方なく僕は一人で学校に向かった。
学校に着き、クラスメイトと挨拶を交わして教室に入ろうとすると奏の声が聞こえた。
「それじゃあ先輩、また後で」
「うん、またね。奏ちゃん」
聞きなれた声がいつもより可愛らしい声で挨拶を交わす。
声のする方を見ると奏が教室にやってくるところだった。
「お、流星おはよー」
「おはよう。ねぇ奏、今の人って――」
「お前ら早く教室入れよ。すぐに予鈴が鳴るぞ」
話している途中に先生にそう言われて、見計らったようにチャイムが鳴った。
「やばやば、流星行こっ」
奏に急かされて教室に入る。席に着くとそのままHRが始まってしまった。
だけど僕はとても集中できなくて、さっき聞いた奏のやり取りを頭の中でずっと、ずっと反芻させていた。
先輩っていうと――昨日言っていた……。
混乱した頭のまま、僕は奏の横顔を覗く。今日も彼女はマスクをしていなかった。
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