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IMM-028
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夜の9時を回った辺りで、玄関扉が開いた音がした。
「ただいま」
扉が開く音と一緒に雪湖の声が聞こえる。いつもと同じ調子なのに、真人はドキリとしてしまった。
迎えに玄関まで行くと、雪湖は座り込んでブーツを脱いでいるところだった。
「おかえり。今日は遅かったね」
「は?……いつもと同じくらいじゃない?」
「そうだっけ。そういえばそうだったかも。あはは」
雪湖は訝しい表情で真人を見る。
「今日なんかあったの?」
「えっ!? どうして!?」
「声でか……露骨におかしいじゃない」
「そうかな、いつも通りだけど?」
「……」
雪湖はこちらを観察するように見つめていた。
まるで実験動物になった気分だ。
ちらちらと雪湖の様子を窺い平静を保っていると、「あっ、わかった」と雪湖が言う。
「なにか買いたいものでもあるんでしょ?」
「へっ?」
「真人がそうやって挙動不審の時は決まってよくわからないものを欲しがる時だもの。何、違うの?」
「あ……あ、あーあーあー。バレた? いや、バレたかぁ……実はそうなんだよね。あはは……」
どもりながらも真人は話を合わせる。
レポートを見たのがばれたのかと思って心臓が止まりそうだ。
「で、何が欲しいのよ」
「えっ!?」
「え、じゃないでしょ。何が欲しいの?」
「えっと、あー……」
「……そんなに言いずらいものが欲しいの?」
「げ、ゲーム機! ゲーム機が欲しいっ!」
「ゲーム機?」
聞き返す雪湖に真人は何度も頷いた。
「いやほら、雪湖ってゲームやらないじゃんっ。だから言っても却下されるかなーって言いづらくてさぁっ!」
「別にいいわよ。一緒に遊ぶの求めてこないなら。でもそれぐらいなら自分のお金で買いなさいよね」
「うん、わかってる。わかってるよっ!」
首だけ動くご当地人形のように頷き続ける真人を見て雪湖は重い息を吐いた。
「ったく、いい加減その浪費癖なんとかしなさいよ。無駄な買い物ばかりしているといざという時に生きていけなくなるよ」
母親のような小言を言う雪湖に真人は少しだけ腹を立てる。
「ちゃ、ちゃんとやりくりはしてるよ」
「どうだか? この間だってスマホのゲームで何万も課金してたでしょ。営業ってそんなことして貯蓄できるほど給料いいのかしら?」
「……気を付けます」
「よろしい」
雪湖は満足げに言うと、リビングに向かう。真人が後を追いかけると、雪湖は既に鞄を置いてシンクに立っていた。
「あら、皿が綺麗になってる」
「あぁ、たまには自分で洗おうと思ってさ」
「えー、偉いじゃない」
雪湖はそう言いながら洗った皿を棚に片付ける。他にも掃除をしたのだが、そこには気づいてくれなかったようだ。
「ゲーム機の為にここまで必死になって。大変ね」
「えっ、あ」
どうやら雪湖はゲームを買う為に家事をしたのだと勘違いした様子だった。
本当は雪湖の気を引こうとしたのだけど、結果的に楽しそうにしているので言及しないことにした。
「よし、と。お腹空いたでしょ? ご飯作るわね」
食器を片した雪湖は袖を捲り上げてから冷蔵庫を開ける。
「あ、手伝うよ」
「なーに? まだ他に欲しい物でもあるのかしら」
「そんなんじゃないけど、たまにはさ」
「いいわよ別に。それより時間かかるから、先にお風呂入っておけば?」
「う、うん。わかった」
手をヒラヒラと動かしてキッチンから追い出すように振舞う雪湖に真人は頷く。
洗面所で服を脱ぎながら真人は雪湖のことを考える。
彼女は至っていつも通りだ。夜に帰ってきてシンクに向かい、家事をして料理を作る。真人に風呂を促すのもいつも通りの出来事だった。強いて言えば今日の雪湖は少しだけ機嫌がいいくらいか。
改めて雪湖を確認してみても、真人はとても雪湖が非合法な薬の研究に関わっている人間とは思えなかった。自分が無知故の見間違いだったのかと一瞬だけ考える。
しかし、脳裏に浮かぶのははっきりと記載された実験の経過と死亡したという結果。レポートに掛かれたこの文字だけは、何度思い返してもはっきりと記憶に浮かぶ。
「雪湖……」
「何よ」
雪湖の名前を呟くと返事が来た。
振り返ると雪湖が扉を開けて立っていた。
しかも、手には包丁まで持っていて、照明が反射して鈍く光を照らす。
まさか、殺される!?
「う、うわああああぁぁぁぁぁぁ!」
「な、なに!?」
恐怖に思わず叫んでしまうと、雪湖が目を丸くした。
「そ……それ……それなんだよっ」
震えた手で包丁を指さすと、雪湖は「え?」と包丁を自身の胸元まで持ってくる。
「あぁごめん。料理の途中だったから」
「りょ、料理って……俺を調理するつもりか……?」
「……あんた。ゲームのやりすぎなんじゃない?」
怯える真人に対して雪湖は心底あきれた態度を見せた。
「シャンプーが切れてると思うから、詰め替えお願いって言いに来ただけよ」
「……え?」
「それをまさか……殺されるって……ふふ、あはは」
言いながら、雪湖は我慢できないといった様子で吹き出してしまった。
「ご、ごめん。だって包丁なんて持ってるから」
「急に思い出したからそのまま来ちゃっただけよ。ふふ……くふふ……っ」
どうやらツボに入ったようで、雪湖の笑いは止まらなかった。そこまで笑われるとなんだか恥ずかしくなってしまう。
「あー……おかしい。ふふふ、コフッ、コフッ」
「咽ちゃってるじゃん……もういいだろ。詰め替えやっとくから戻りなよ」
「ふふ、お願いね」
雪湖が扉を閉めてから、真人はその場に座り込んだ。
びっくりした。心底びっくりした。
それにしても、我ながらあそこまで驚いてしまうなんて。あのレポートを見たせいか、普段と変わらないはずの雪湖がとても怖い存在に感じていた。
「大丈夫だ。落ち着け俺……」
呼吸を整えて自分に言い聞かせる。
そうだ。そもそもレポートを見た事を雪湖は知らないんだ。もし仮に雪湖が人の命を使ってよからぬ実験をしていたとしても、それを知ったと思われなければ彼女はいつも通りに振舞ってくれるはずだ。現に今までだって命の危険はなかったのだから。
それに今日を過ぎれば雪湖は実家に戻る。そうなればこの家に一人になる。考えをまとめる時間だって出来るのだから。
浴場に入ってシャワーを出す。
水が暖かくなったのを手で確認してから真人はシャワーを頭からかぶった。
「一人か……」
考えてみればこの家に引っ越してからお互いに家を空けたことはない。
真人の仕事はそこまで忙しい訳でもないし、雪湖はどれだけ忙しそうにしていても必ず日が回る前には帰ってきてくれていた。
『私がいないとちゃんとご飯食べないでしょう』
そう言って、疲れて帰って来た時でも雪湖はご飯を作ってくれる。普段からどれだけ雑に扱われても、それだけでとても愛されている気がして、幸せな気分で満ちていた。
それも暫くの間はお預けだ。
真人は頭を洗う手を止める。
もしも雪湖が人体実験をしている一人だとして、俺はどうしたいのだろうか。
レポートにはしっかりと日付やサイン、捺印がされてあった。それらを警察に持ち込んで事情を離したら捜査をしてくれる十分な証拠になると思う。
しかし、そうなれば雪湖は捕まってしまうだろうし、ニュースにもなってしまうかも知れない。そうなれば彼女は研究員として生きていくことは出来ないし、そもそも社会的に居場所がなくなってしまう。
「ただいま」
扉が開く音と一緒に雪湖の声が聞こえる。いつもと同じ調子なのに、真人はドキリとしてしまった。
迎えに玄関まで行くと、雪湖は座り込んでブーツを脱いでいるところだった。
「おかえり。今日は遅かったね」
「は?……いつもと同じくらいじゃない?」
「そうだっけ。そういえばそうだったかも。あはは」
雪湖は訝しい表情で真人を見る。
「今日なんかあったの?」
「えっ!? どうして!?」
「声でか……露骨におかしいじゃない」
「そうかな、いつも通りだけど?」
「……」
雪湖はこちらを観察するように見つめていた。
まるで実験動物になった気分だ。
ちらちらと雪湖の様子を窺い平静を保っていると、「あっ、わかった」と雪湖が言う。
「なにか買いたいものでもあるんでしょ?」
「へっ?」
「真人がそうやって挙動不審の時は決まってよくわからないものを欲しがる時だもの。何、違うの?」
「あ……あ、あーあーあー。バレた? いや、バレたかぁ……実はそうなんだよね。あはは……」
どもりながらも真人は話を合わせる。
レポートを見たのがばれたのかと思って心臓が止まりそうだ。
「で、何が欲しいのよ」
「えっ!?」
「え、じゃないでしょ。何が欲しいの?」
「えっと、あー……」
「……そんなに言いずらいものが欲しいの?」
「げ、ゲーム機! ゲーム機が欲しいっ!」
「ゲーム機?」
聞き返す雪湖に真人は何度も頷いた。
「いやほら、雪湖ってゲームやらないじゃんっ。だから言っても却下されるかなーって言いづらくてさぁっ!」
「別にいいわよ。一緒に遊ぶの求めてこないなら。でもそれぐらいなら自分のお金で買いなさいよね」
「うん、わかってる。わかってるよっ!」
首だけ動くご当地人形のように頷き続ける真人を見て雪湖は重い息を吐いた。
「ったく、いい加減その浪費癖なんとかしなさいよ。無駄な買い物ばかりしているといざという時に生きていけなくなるよ」
母親のような小言を言う雪湖に真人は少しだけ腹を立てる。
「ちゃ、ちゃんとやりくりはしてるよ」
「どうだか? この間だってスマホのゲームで何万も課金してたでしょ。営業ってそんなことして貯蓄できるほど給料いいのかしら?」
「……気を付けます」
「よろしい」
雪湖は満足げに言うと、リビングに向かう。真人が後を追いかけると、雪湖は既に鞄を置いてシンクに立っていた。
「あら、皿が綺麗になってる」
「あぁ、たまには自分で洗おうと思ってさ」
「えー、偉いじゃない」
雪湖はそう言いながら洗った皿を棚に片付ける。他にも掃除をしたのだが、そこには気づいてくれなかったようだ。
「ゲーム機の為にここまで必死になって。大変ね」
「えっ、あ」
どうやら雪湖はゲームを買う為に家事をしたのだと勘違いした様子だった。
本当は雪湖の気を引こうとしたのだけど、結果的に楽しそうにしているので言及しないことにした。
「よし、と。お腹空いたでしょ? ご飯作るわね」
食器を片した雪湖は袖を捲り上げてから冷蔵庫を開ける。
「あ、手伝うよ」
「なーに? まだ他に欲しい物でもあるのかしら」
「そんなんじゃないけど、たまにはさ」
「いいわよ別に。それより時間かかるから、先にお風呂入っておけば?」
「う、うん。わかった」
手をヒラヒラと動かしてキッチンから追い出すように振舞う雪湖に真人は頷く。
洗面所で服を脱ぎながら真人は雪湖のことを考える。
彼女は至っていつも通りだ。夜に帰ってきてシンクに向かい、家事をして料理を作る。真人に風呂を促すのもいつも通りの出来事だった。強いて言えば今日の雪湖は少しだけ機嫌がいいくらいか。
改めて雪湖を確認してみても、真人はとても雪湖が非合法な薬の研究に関わっている人間とは思えなかった。自分が無知故の見間違いだったのかと一瞬だけ考える。
しかし、脳裏に浮かぶのははっきりと記載された実験の経過と死亡したという結果。レポートに掛かれたこの文字だけは、何度思い返してもはっきりと記憶に浮かぶ。
「雪湖……」
「何よ」
雪湖の名前を呟くと返事が来た。
振り返ると雪湖が扉を開けて立っていた。
しかも、手には包丁まで持っていて、照明が反射して鈍く光を照らす。
まさか、殺される!?
「う、うわああああぁぁぁぁぁぁ!」
「な、なに!?」
恐怖に思わず叫んでしまうと、雪湖が目を丸くした。
「そ……それ……それなんだよっ」
震えた手で包丁を指さすと、雪湖は「え?」と包丁を自身の胸元まで持ってくる。
「あぁごめん。料理の途中だったから」
「りょ、料理って……俺を調理するつもりか……?」
「……あんた。ゲームのやりすぎなんじゃない?」
怯える真人に対して雪湖は心底あきれた態度を見せた。
「シャンプーが切れてると思うから、詰め替えお願いって言いに来ただけよ」
「……え?」
「それをまさか……殺されるって……ふふ、あはは」
言いながら、雪湖は我慢できないといった様子で吹き出してしまった。
「ご、ごめん。だって包丁なんて持ってるから」
「急に思い出したからそのまま来ちゃっただけよ。ふふ……くふふ……っ」
どうやらツボに入ったようで、雪湖の笑いは止まらなかった。そこまで笑われるとなんだか恥ずかしくなってしまう。
「あー……おかしい。ふふふ、コフッ、コフッ」
「咽ちゃってるじゃん……もういいだろ。詰め替えやっとくから戻りなよ」
「ふふ、お願いね」
雪湖が扉を閉めてから、真人はその場に座り込んだ。
びっくりした。心底びっくりした。
それにしても、我ながらあそこまで驚いてしまうなんて。あのレポートを見たせいか、普段と変わらないはずの雪湖がとても怖い存在に感じていた。
「大丈夫だ。落ち着け俺……」
呼吸を整えて自分に言い聞かせる。
そうだ。そもそもレポートを見た事を雪湖は知らないんだ。もし仮に雪湖が人の命を使ってよからぬ実験をしていたとしても、それを知ったと思われなければ彼女はいつも通りに振舞ってくれるはずだ。現に今までだって命の危険はなかったのだから。
それに今日を過ぎれば雪湖は実家に戻る。そうなればこの家に一人になる。考えをまとめる時間だって出来るのだから。
浴場に入ってシャワーを出す。
水が暖かくなったのを手で確認してから真人はシャワーを頭からかぶった。
「一人か……」
考えてみればこの家に引っ越してからお互いに家を空けたことはない。
真人の仕事はそこまで忙しい訳でもないし、雪湖はどれだけ忙しそうにしていても必ず日が回る前には帰ってきてくれていた。
『私がいないとちゃんとご飯食べないでしょう』
そう言って、疲れて帰って来た時でも雪湖はご飯を作ってくれる。普段からどれだけ雑に扱われても、それだけでとても愛されている気がして、幸せな気分で満ちていた。
それも暫くの間はお預けだ。
真人は頭を洗う手を止める。
もしも雪湖が人体実験をしている一人だとして、俺はどうしたいのだろうか。
レポートにはしっかりと日付やサイン、捺印がされてあった。それらを警察に持ち込んで事情を離したら捜査をしてくれる十分な証拠になると思う。
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