雪解けの前に

FEEL

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 私には父親がいなかった。
 母親には事故で死んだと聞かされたけど、親戚や友達には他に好きな人が出来て出て行ったと言われた。
 それを母親に確かめたらとても怒られた。

「誰が言ったのか全員の名前を言いなさい」

 そう怒鳴りつける母親がとても恐ろしくて。私は泣きながら名前を伝えた。
 その日以降。その人達とは会っていない。

 母親はとにかく強引な人だった。
 自分の気に沿わない事があると機嫌が悪くなって口を利かなくなる。それでも相手が改善をしないと怒鳴りつけてくる人だった。
 そんな態度の母親に好意的な人はいるはずもなく、すぐに去っていく。

 母親は一人だった。

 私も他の人のようにしたかったけど、自分までいなくなってしまったら母親は本当に一人になってしまう。
 そう思うと胸が苦しくて、私は母親の元から離れなかった。

 でも、母親は自分から離れていった。

 寒くなって来たある日。珍しく外でご飯を食べようと誘われた。
 手にはもこもことした新品の服を持っていて、私にプレゼントだと渡してくれた。

 嬉しかった。
 とても嬉しくて、ご飯を食べに行く道中は幸せでいっぱいだった。

「ちょっと忘れ物を取りに行ってくる」

 そんな私に母親がそう伝えてきた。
 その場で待っているように言われて私は家に帰る母親に頷いた。

 待った。
 いつまでも待った。

 手が凍えて赤くなる。痛みを感じて必死に擦った。
それでも言いつけ通りに私は待ち続けた。

でも、母親は戻って来なかった。

 警察に話しかけられて事情を話すと家まで連れていかれた。
 家に帰ってみれば母親はおらず、荷物もない。
 警察が無線を使って何かを話している間、ふと学校で飼っていたうさぎが逃げ出した時のことを思い出した。

 母親は私から逃げたんだ。

 そう思った瞬間、地面がなくなったような感覚がして立っているのが難しくなった。
 周りの音がノイズのように聞こえて何も考えられずにただ立っていると、警察に肩口を強く掴まれてハッとした。

「とりあえず、一緒に来て」

 そう言われて腕を引っ張られた。
 家から離れたくなくて抵抗したけど、凄い力で引きずられた。
 パニックになった私は警察官の手に噛みついた。
 痛みで警察官は手を離す。その隙を見て、私は逃げ出した。

 走った。
 あてもなく走った。
 体力の続く限り走って、私は泣いた。

 私は一人になってしまった。

 公園で夜が明けるのをまって家に帰ると、警察官が何人もいた。このまま姿を現せば、またしてもどこかに連れていかれると思って私はその場から離れた。

 母親はどこに行ったのかわからない。
 家に帰って待とうにも警察官がいる。
 どこに行けばいいのかわからずに私は夜を過ごした公園に戻った。
 それからは毎日が大変だった。

 夜中にゴミを漁って飢えを凌いだ。
 公共の施設を利用して寒さを凌いだ。
 しかし、何日も居座っていると警察に通報されてしまう。そうなったらその場から離れるしかなかった。
 徐々に寒さを凌げる場所が減っていき、私は路地裏に設置されている室外機の風で暖を取るようになった。

「こんなところで何をしているの?」

 そんな生活を何日も続けている時、ゴミを漁ろうとしていると女の人に声をかけられた。
 咄嗟に逃げ出そうと思ったが、どうしようもなくお腹が空いていた私はゴミ捨て場から離れることが出来ずにその場に留まった。

「お腹空いてるの?」

 女の人が言って私は頷く。
 すると女の人はテイクアウトの料理を持ってきてくれた。
 私の格好では店に入れないからと申し訳なさそうに料理を手渡す女の人に私はとても感謝した。
 すっかり気を許した私はご飯を食べながら女の人の質問に何でも答えた。

 母親がいなくなったこと。
家に帰れないこと。
ずっと外で暮らしていること。

 食べながらそれらを話すと、女の人が頭を撫でて言った。

「良かったら、家に来ない?」

 母親が見つかるまで、家で待てばいい。
 そう言われて私は頷く。もう外での生活は肉体的にも精神的にも限界だった。

 そして私はここにいる。
 女の人が家と言った孤児院に。

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