30 / 36
28番
1
しおりを挟む
私には父親がいなかった。
母親には事故で死んだと聞かされたけど、親戚や友達には他に好きな人が出来て出て行ったと言われた。
それを母親に確かめたらとても怒られた。
「誰が言ったのか全員の名前を言いなさい」
そう怒鳴りつける母親がとても恐ろしくて。私は泣きながら名前を伝えた。
その日以降。その人達とは会っていない。
母親はとにかく強引な人だった。
自分の気に沿わない事があると機嫌が悪くなって口を利かなくなる。それでも相手が改善をしないと怒鳴りつけてくる人だった。
そんな態度の母親に好意的な人はいるはずもなく、すぐに去っていく。
母親は一人だった。
私も他の人のようにしたかったけど、自分までいなくなってしまったら母親は本当に一人になってしまう。
そう思うと胸が苦しくて、私は母親の元から離れなかった。
でも、母親は自分から離れていった。
寒くなって来たある日。珍しく外でご飯を食べようと誘われた。
手にはもこもことした新品の服を持っていて、私にプレゼントだと渡してくれた。
嬉しかった。
とても嬉しくて、ご飯を食べに行く道中は幸せでいっぱいだった。
「ちょっと忘れ物を取りに行ってくる」
そんな私に母親がそう伝えてきた。
その場で待っているように言われて私は家に帰る母親に頷いた。
待った。
いつまでも待った。
手が凍えて赤くなる。痛みを感じて必死に擦った。
それでも言いつけ通りに私は待ち続けた。
でも、母親は戻って来なかった。
警察に話しかけられて事情を話すと家まで連れていかれた。
家に帰ってみれば母親はおらず、荷物もない。
警察が無線を使って何かを話している間、ふと学校で飼っていたうさぎが逃げ出した時のことを思い出した。
母親は私から逃げたんだ。
そう思った瞬間、地面がなくなったような感覚がして立っているのが難しくなった。
周りの音がノイズのように聞こえて何も考えられずにただ立っていると、警察に肩口を強く掴まれてハッとした。
「とりあえず、一緒に来て」
そう言われて腕を引っ張られた。
家から離れたくなくて抵抗したけど、凄い力で引きずられた。
パニックになった私は警察官の手に噛みついた。
痛みで警察官は手を離す。その隙を見て、私は逃げ出した。
走った。
あてもなく走った。
体力の続く限り走って、私は泣いた。
私は一人になってしまった。
公園で夜が明けるのをまって家に帰ると、警察官が何人もいた。このまま姿を現せば、またしてもどこかに連れていかれると思って私はその場から離れた。
母親はどこに行ったのかわからない。
家に帰って待とうにも警察官がいる。
どこに行けばいいのかわからずに私は夜を過ごした公園に戻った。
それからは毎日が大変だった。
夜中にゴミを漁って飢えを凌いだ。
公共の施設を利用して寒さを凌いだ。
しかし、何日も居座っていると警察に通報されてしまう。そうなったらその場から離れるしかなかった。
徐々に寒さを凌げる場所が減っていき、私は路地裏に設置されている室外機の風で暖を取るようになった。
「こんなところで何をしているの?」
そんな生活を何日も続けている時、ゴミを漁ろうとしていると女の人に声をかけられた。
咄嗟に逃げ出そうと思ったが、どうしようもなくお腹が空いていた私はゴミ捨て場から離れることが出来ずにその場に留まった。
「お腹空いてるの?」
女の人が言って私は頷く。
すると女の人はテイクアウトの料理を持ってきてくれた。
私の格好では店に入れないからと申し訳なさそうに料理を手渡す女の人に私はとても感謝した。
すっかり気を許した私はご飯を食べながら女の人の質問に何でも答えた。
母親がいなくなったこと。
家に帰れないこと。
ずっと外で暮らしていること。
食べながらそれらを話すと、女の人が頭を撫でて言った。
「良かったら、家に来ない?」
母親が見つかるまで、家で待てばいい。
そう言われて私は頷く。もう外での生活は肉体的にも精神的にも限界だった。
そして私はここにいる。
女の人が家と言った孤児院に。
母親には事故で死んだと聞かされたけど、親戚や友達には他に好きな人が出来て出て行ったと言われた。
それを母親に確かめたらとても怒られた。
「誰が言ったのか全員の名前を言いなさい」
そう怒鳴りつける母親がとても恐ろしくて。私は泣きながら名前を伝えた。
その日以降。その人達とは会っていない。
母親はとにかく強引な人だった。
自分の気に沿わない事があると機嫌が悪くなって口を利かなくなる。それでも相手が改善をしないと怒鳴りつけてくる人だった。
そんな態度の母親に好意的な人はいるはずもなく、すぐに去っていく。
母親は一人だった。
私も他の人のようにしたかったけど、自分までいなくなってしまったら母親は本当に一人になってしまう。
そう思うと胸が苦しくて、私は母親の元から離れなかった。
でも、母親は自分から離れていった。
寒くなって来たある日。珍しく外でご飯を食べようと誘われた。
手にはもこもことした新品の服を持っていて、私にプレゼントだと渡してくれた。
嬉しかった。
とても嬉しくて、ご飯を食べに行く道中は幸せでいっぱいだった。
「ちょっと忘れ物を取りに行ってくる」
そんな私に母親がそう伝えてきた。
その場で待っているように言われて私は家に帰る母親に頷いた。
待った。
いつまでも待った。
手が凍えて赤くなる。痛みを感じて必死に擦った。
それでも言いつけ通りに私は待ち続けた。
でも、母親は戻って来なかった。
警察に話しかけられて事情を話すと家まで連れていかれた。
家に帰ってみれば母親はおらず、荷物もない。
警察が無線を使って何かを話している間、ふと学校で飼っていたうさぎが逃げ出した時のことを思い出した。
母親は私から逃げたんだ。
そう思った瞬間、地面がなくなったような感覚がして立っているのが難しくなった。
周りの音がノイズのように聞こえて何も考えられずにただ立っていると、警察に肩口を強く掴まれてハッとした。
「とりあえず、一緒に来て」
そう言われて腕を引っ張られた。
家から離れたくなくて抵抗したけど、凄い力で引きずられた。
パニックになった私は警察官の手に噛みついた。
痛みで警察官は手を離す。その隙を見て、私は逃げ出した。
走った。
あてもなく走った。
体力の続く限り走って、私は泣いた。
私は一人になってしまった。
公園で夜が明けるのをまって家に帰ると、警察官が何人もいた。このまま姿を現せば、またしてもどこかに連れていかれると思って私はその場から離れた。
母親はどこに行ったのかわからない。
家に帰って待とうにも警察官がいる。
どこに行けばいいのかわからずに私は夜を過ごした公園に戻った。
それからは毎日が大変だった。
夜中にゴミを漁って飢えを凌いだ。
公共の施設を利用して寒さを凌いだ。
しかし、何日も居座っていると警察に通報されてしまう。そうなったらその場から離れるしかなかった。
徐々に寒さを凌げる場所が減っていき、私は路地裏に設置されている室外機の風で暖を取るようになった。
「こんなところで何をしているの?」
そんな生活を何日も続けている時、ゴミを漁ろうとしていると女の人に声をかけられた。
咄嗟に逃げ出そうと思ったが、どうしようもなくお腹が空いていた私はゴミ捨て場から離れることが出来ずにその場に留まった。
「お腹空いてるの?」
女の人が言って私は頷く。
すると女の人はテイクアウトの料理を持ってきてくれた。
私の格好では店に入れないからと申し訳なさそうに料理を手渡す女の人に私はとても感謝した。
すっかり気を許した私はご飯を食べながら女の人の質問に何でも答えた。
母親がいなくなったこと。
家に帰れないこと。
ずっと外で暮らしていること。
食べながらそれらを話すと、女の人が頭を撫でて言った。
「良かったら、家に来ない?」
母親が見つかるまで、家で待てばいい。
そう言われて私は頷く。もう外での生活は肉体的にも精神的にも限界だった。
そして私はここにいる。
女の人が家と言った孤児院に。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる