雪解けの前に

FEEL

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28番

7

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 私の予感は的中した。
 忍び込んで見つけた資料には同一と思われる薬とその目的について書かれていた。

 薬の名前はIMM。
 体の細胞を永続的に増殖または復元させて永久的に活動を続ける。つまり不老不死の薬を製造することが目的だった。
 細胞の増殖自体は順調だったようだが、ここで問題が発生した。
 増殖をコントロールすることが出来ずに既存の細胞を食いつくして服用者を殺してしまうのだ。

 細胞にはそれぞれ役割があり、それを再現できないIMMが既存の細胞を殺してしまえば体は活動を停止する。
 がん細胞に似た性質を持ってしまったIMMをどうにかコントロールするために様々な試薬品が作られた。
 すると今度は被検体不足に悩まされた。

 考えれば当たり前の話だ。
 もし失敗すれば服用した人間は死ぬ。
 となれば研究員が試す訳にもいかずに、名乗り出た数名の被検体はみんな薬に殺されてしまった。
 人を使った実験を公にすることも出来ず、被検体が用意できないまま研究は難航。そこで誰かが閃いた。

 身分のわからないもの、孤児や債務者などの素性の明らかでないものを使用すればどうだろうと。
 早く薬の恩恵が欲しい関係者は誰も反対しなかった。
 そうして出来たのが私も入っていた孤児院であり、他にも同じような施設がいくつもあるらしい。
 そして、無自覚の被検体の経過をみる為に病院が必ずセットで用意されている。

 今私がいる病院がそうなのだろう。
 そこまで読んで、私は一度資料を棚に戻す。

 あの薬が危険なものだとは勿論感じていた。
 それでも、ここまで非人道的なことをしているだなんて想像もしていなかった。
 姉も、他の子どもたちも死ぬことを前提として薬を飲まされていたのだ。
 それがわかっただけで、怒りと憎悪で吐き気が込みあげてくる。

 これを発表できれば薬に関わる人間たちを一斉に捕まえる事が出来るかもしれない。
 しかし、それは容易ではないことは理解していた。
 病院まで作ってこんな大掛かりな研究をしているのだ、私みたいな子供が一人で声を大きくしたところで、もみ消されるのがオチだ。

 何か――。もっと決定的な証拠を用意しなければ。

 そう思って資料を探っていると、孤児院の名前が書かれたものを見つけた。
 ページを開いてみると私たち、孤児院に住むものたちの経過が載っていた。
 寮母の部屋で見たものもここに残されていて、なんと姉が入院していた間の記録もあった。

 22番。
 経過が良くなく、目に見えて体が弱っていく。
 IMM細胞が体の殆どに住み着いていて既存の細胞を食い荒らしている様子から失敗と判断。事後処理を兼ねて病院に移動。

 病院に来てから悪化が酷い。
 データと比べて数倍のスピードでIMMが活動している。
 まるで押さえつけていたものが破裂したような、まさに爆発的増殖だ。

 数日の間にIMMが殆どの細胞を食べてしまったようで、自分で立ち上がることも出来なくなっている。
 死ぬのは時間の問題だろう。
 処理の手続きを進める。

 22番が死亡。
 引き取った時から劇的に悪化したのは初めてのパターンだ。
 報告した通り、NK細胞のようなものが作られていた可能性がある。であれば、比率を間違えなければ均衡を保つ範囲でIMMを殺す事が出来るかもしれない。
 22番がいた孤児院と同じ環境を再現する方法がないか進言する必要がある。

 死亡という言葉にページを進める手を止める。
 姉の姿を思い出して涙が出そうになったが、グッと堪えた。
 こんなところで泣いている暇はない。

 進言してみたところ、研究班が22番の状況に興味を抱いた。
 計画立案者の綾小路氏が勤めていた病院を使用して試験的にIMM服用者を増やす計画を始めるらしい。
 しかし病院内でIMM使用者が死ねば証拠が残る可能性があり、仮死状態のIMMを使用するという話らしい。
 果たしてそれで上手くいくのかどうか……。

「これ……患者全員に薬を飲ませるってこと……?」

 なんてことを考えつくのか。
 そんなことをしてもし間違いでもおこれば、大惨事ではないか。
 そう思った時、ふと寮母たちが話していた会話を思い出した。

 寮母たちは時間がないと言っていた。
 恐らくだが、口ぶりから考えると恐らく彼女たちも薬を服用したことがあるのだろう。
 そしてIMMは今も寮母たちの身体を蝕み続けている。
 それは寮母たちだけとは考えにくい。同じような人たちが焦って成果を求めているのならば、こんな強硬策を考え吐くのも納得がいった。

 ゾッとしたが、同時にチャンスだと思った。
 そこに張り付いてさえいれば、間違いが起きた時に私の声が周りに届くはずだ。
 薬の関係者を一網打尽にして姉の復讐を果たすことができる。

 ファイルを戻して病院を後にする。
 それから私は‘’綾小路‘’という名前を頼りに各地を回った。
 年齢を偽り、日雇いのバイトで働いて病院を確認する。それをひたすら続けた。
 目的の病院を見つけたのはそれから数年後だった。

 大きな公園と並んでこれまた大きな病院。
 なるほどこれなら母数が多い分、姉と同じ症例を見つける可能性も高いかもしれない。

 私は公園に入って大きな枯れ木に近づく。
 乾燥した枝はささくれ立っていて、なぞるだけで指にチクリと痛みが走った。
 枝をへし折り腕に宛がうと、私は息を大きく吸った。

「――んっ!」

 勢いよく振り下ろした枝が腕に突き刺さる。
 躊躇いなく枝を引き抜くと腕から鮮血が伝い落ちる。
 それをに三度繰り返して、木の根元が血に塗れるくらい出血してから、私は病院に駆け込んだ。

「すいません……怪我をしてしまって」
「えっ――? うわっ、大丈夫ですかっ」

 怪我に驚いた看護師が肩を掴んで処置室に誘導してくれた。

「すぐに処置します。そこに座って」
「ありがとうございます」

 椅子に座って大きく息を吐いた。
 病院の中に入るためとはいえ、少し血を流し過ぎたか。

 いや、これぐらいしないとだめだ。

 ここを調べて回るには、とにかく長くここに居座らないと。
 そして必ず、チャンスを見つけて薬に関わる奴らを一網打尽にしてやる。

「――お名前を伺ってもよろしいですか?」
「えっ」

 決意を固めていると、不意に呼びかけられて聞き返す。

「くらくらしますか? かなりの出血ですものね。お名前はわかりますか?」
「は、はい……」

 どうやら医者は私の意識が朦朧としていると勘違いしてくれたようだ。
 考えるふりをして名前を思い出すが、名前を呼ばれたのはずっと前のことで、思い出すことができなかった。
 私の思い出はほとんどが姉と笑い合ったことと、復讐のための記憶だけだ。

「――鬼谷。鬼谷です」
「鬼谷さんね」

 医者は言いながら処置を続ける。

 028おにや

 咄嗟に浮かんだ名前を心に刻む。
 この名前は孤児院の出来事を忘れない為の戒めであり、決意表明だ。
 必ず薬の存在を公にして復讐を果たすための。

「――終わりました」

 腕を見ると傷口は綺麗に縫い合わされていた。医者はその上から消毒液を塗布すると綺麗に包帯を巻いていく。

「大丈夫だと思うけど膿む可能性もあるから清潔にしてください。気分はどうですか?」
「……かなりクラクラします」
「ふむ、血を出し過ぎたのかも知れませんね。――様子を見るのに数日入院でもしますか?」
「っ。お願いしますっ」

 好都合な提案に言下に頷く。これで病院を自由に歩き回れる。
 勢いのいい返事に医師は少し戸惑った様子だったが、話を進めてくれて病室をあてがわれた。

 病室に向かう廊下は入院患者が多くいた。
この人たちが全員無自覚で実験に参加させられているのだと思うと胸が痛くなる。
 小さい子供も何人かいて、無邪気にはしゃぐ姿を見ると孤児院を思い出してしまう。

 その中でも一際小さな子供が目に入った。
 子供たちが楽しく話すのを遠巻きに、車いすに乗って眺めている少年。
 寂しいような。怒っているような。複雑な心境を表している瞳に私は目を離せなかった。

「――あの子、どこが悪いんですか?」

 私は堪らず、案内をしてくれている看護師に質問をした。

「え? あぁ、あの子。ちょっと難しい病気でね。ずっとここに入院しているのよ」
「そうなんですか……少しだけいいですか?」

 そう言って私は少年の元に向かった。
 近くまで来ると少年はこちらを見上げる。

「……誰?」

 近くで見るとよくわかる。
 少年の目は置いて行かれた人の目だ。

 寂しくて、悲しくて、愛されたくて、でも自分の存在が迷惑だと自覚して、気持ちを言い出すことが出来なくて蓋をして諦めたつもりでいる絶望の目。
 私もそうだったからよくわかる。母親に捨てられたとわかっていても、それを認められなくて、探しにいくことができなくて、ただ待ち続けていた。その時と同じ目だから。

 しゃがみこんで少年と視線を合わせる。

「私は鬼谷。あなたのお名前は?」
「燈……古川燈……」

 置いて行かれるのはとても悲しい事だ。
 あんな思い、出来れば誰にもして欲しくはない。

「そう、燈……」

 だから私は少年の手に優しく触れる。

「多分私はこれから長い間ここにいることになるの。だからね……良ければ私と友達になってくれないかしら?」

 私が一人になった時、姉が傍にきてくれて救われた。
 同じ苦しみを持つと感じる少年に。私は同じことをしてあげたかった。

 私の言葉をかみ砕くのに時間をかけた少年は、瞳を大きく開く。

「――うんっ」

 はきはきとした声を出して頷く少年は、満面の笑みだった。


<END>
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