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顔に掛かったありすの髪を優しく払いながら、大喜さんは微笑む。母親が子供を慈しむような仕草がとても自然なものに感じられた。
「大喜さんって何歳でしたっけ」
きっぱりと言い切って、母性を感じる微笑みが焦熱地獄に佇む鬼のようなものに変わってから失言だったと気付いた。
「――どういう意味でしょう?」
「あ、いや。深い意味はないんですけど」
「あれですか? 子供をあやしている姿がしっくり来ちゃったんですか? もう子供がいても不思議じゃなさそうなのに、なんで独り身なんだろうとか思っちゃったんですか?」
「いや、あの」
「そもそもいきなり女性の年齢を聞くなんて少し問題だと思うんですけどこれって職場だったらセクハラとして訴える事が出来るレベルだと思うんですけどというか年齢なんか聞く必要なくないですかあれですかおばさんは適齢期過ぎる前にさっさと結婚して子供産めってことですかそれって今の時代に会って無くないですか」
壊れたラジオみたいに、一定の温度でまくしたてる大喜さんの顔は真顔だった。何がここまで彼女を必死にさせるんだ。
「別に悪い意味ではなくて……ただ、家族だったとしたらこんな感じなのかなーとふと考えまして」
「……家族?」
「そう、家族」
さっきまでの彼女は母子を連想させるものだった。ただ、若々しい見た目とのギャップに少しだけ戸惑いを覚えてしまったから年齢を聞いてみただけだ。いうなればただの好奇心。特に他意はなかったのだが聞き方が悪かったようだ。
「家族……ふーん、家族……」
反省していると、大喜さんは口元に手を当てて同じ言葉を繰り返していた。興奮していたせいか少し頬が上気しているが、なぜだか落ち着いているようでほっと胸を撫でおろす。
「いきなり失礼な事を聞いて申し訳ない」
「いえいえ、こっちも過敏に反応しちゃってすいませんでした。ちょっと思う所があってつい」
あははと笑った大喜さんはぺこりと頭を下げる。
「思う所?」
「えぇ。私が勤めている職場ってなんといいますか、昔気質な社風なんですよ。男尊女卑――とまではいかないにしても、男性優先といいますか……まぁそれで、私も色々言われたりする事もあるので」
たどたどしく言葉を選ぶように大喜さんが話す。そういう話は俺もよく耳にする。ようは男は外で働き女は家にいるという半ば習慣化した古い考え方だ。他人事に思っていたが、こうして話に聞くと身近な問題なんだと感じる。
「大変なんですね」
「私はまだいい方なんですけどね、酷い所だともう人格否定ってぐらい滅茶苦茶言われる所もあるみたいだし。その分、仕事を頑張って黙らせてますけどねっ」
大喜さんは片腕を上げてふんっと息巻く。そうやって話していると、ありすがゆっくりと目を開けた。
「あ、ごめんねありすちゃん。起こしちゃったかな」
「んぁ……」
大喜の言葉に反応してはいたが、瞳は半開きのままで、どうやらまだ寝ぼけているようだった。
「ん……お母さん」
呟くように言うと、ありすは大喜さんにすり寄り、膝を枕にして体を丸める。
「……お母さん、か。そういえばありすちゃんが母親と一緒にいるのを見た事ないです」
「俺もです」
ありすの母親は娘を養う為に一人で働いているのは知っているが、一度も会ったことがない。こうして口に出すぐらいだから仲良くしているのは間違いないのだろうが、子供の近くに母親の姿が見えないというのはやはり不安を感じてしまう。人の家庭に口を挟むのは良くないが、もう少し、ありすに時間を割いてあげる事は出来ないのだろうか。多分、ありすもそれを望んでいると思うんだけど。
猫みたいに大喜さんの膝に乗ったありすを見る。寝息を立てるありすの姿は、なんとなく寂しそうに見えた。
「大喜さんって何歳でしたっけ」
きっぱりと言い切って、母性を感じる微笑みが焦熱地獄に佇む鬼のようなものに変わってから失言だったと気付いた。
「――どういう意味でしょう?」
「あ、いや。深い意味はないんですけど」
「あれですか? 子供をあやしている姿がしっくり来ちゃったんですか? もう子供がいても不思議じゃなさそうなのに、なんで独り身なんだろうとか思っちゃったんですか?」
「いや、あの」
「そもそもいきなり女性の年齢を聞くなんて少し問題だと思うんですけどこれって職場だったらセクハラとして訴える事が出来るレベルだと思うんですけどというか年齢なんか聞く必要なくないですかあれですかおばさんは適齢期過ぎる前にさっさと結婚して子供産めってことですかそれって今の時代に会って無くないですか」
壊れたラジオみたいに、一定の温度でまくしたてる大喜さんの顔は真顔だった。何がここまで彼女を必死にさせるんだ。
「別に悪い意味ではなくて……ただ、家族だったとしたらこんな感じなのかなーとふと考えまして」
「……家族?」
「そう、家族」
さっきまでの彼女は母子を連想させるものだった。ただ、若々しい見た目とのギャップに少しだけ戸惑いを覚えてしまったから年齢を聞いてみただけだ。いうなればただの好奇心。特に他意はなかったのだが聞き方が悪かったようだ。
「家族……ふーん、家族……」
反省していると、大喜さんは口元に手を当てて同じ言葉を繰り返していた。興奮していたせいか少し頬が上気しているが、なぜだか落ち着いているようでほっと胸を撫でおろす。
「いきなり失礼な事を聞いて申し訳ない」
「いえいえ、こっちも過敏に反応しちゃってすいませんでした。ちょっと思う所があってつい」
あははと笑った大喜さんはぺこりと頭を下げる。
「思う所?」
「えぇ。私が勤めている職場ってなんといいますか、昔気質な社風なんですよ。男尊女卑――とまではいかないにしても、男性優先といいますか……まぁそれで、私も色々言われたりする事もあるので」
たどたどしく言葉を選ぶように大喜さんが話す。そういう話は俺もよく耳にする。ようは男は外で働き女は家にいるという半ば習慣化した古い考え方だ。他人事に思っていたが、こうして話に聞くと身近な問題なんだと感じる。
「大変なんですね」
「私はまだいい方なんですけどね、酷い所だともう人格否定ってぐらい滅茶苦茶言われる所もあるみたいだし。その分、仕事を頑張って黙らせてますけどねっ」
大喜さんは片腕を上げてふんっと息巻く。そうやって話していると、ありすがゆっくりと目を開けた。
「あ、ごめんねありすちゃん。起こしちゃったかな」
「んぁ……」
大喜の言葉に反応してはいたが、瞳は半開きのままで、どうやらまだ寝ぼけているようだった。
「ん……お母さん」
呟くように言うと、ありすは大喜さんにすり寄り、膝を枕にして体を丸める。
「……お母さん、か。そういえばありすちゃんが母親と一緒にいるのを見た事ないです」
「俺もです」
ありすの母親は娘を養う為に一人で働いているのは知っているが、一度も会ったことがない。こうして口に出すぐらいだから仲良くしているのは間違いないのだろうが、子供の近くに母親の姿が見えないというのはやはり不安を感じてしまう。人の家庭に口を挟むのは良くないが、もう少し、ありすに時間を割いてあげる事は出来ないのだろうか。多分、ありすもそれを望んでいると思うんだけど。
猫みたいに大喜さんの膝に乗ったありすを見る。寝息を立てるありすの姿は、なんとなく寂しそうに見えた。
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