元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。

碧野葉菜

文字の大きさ
7 / 100
1、囚われの令嬢

5

しおりを挟む
「もちろん受けてくださいますわよね、お姉様? もし無理だと言うのなら……今すぐ豚の餌にでもして差し上げましょうか?」

 ――プツン。
 まるで火が消えるように、アンジェリカの中でなにかが終わった。
 最初からこの人たちは、私の話を聞くつもりなんてない。
 だからなにを言っても無駄なんだと、すべてをあきらめた。

「…………わかり……ました…………」
「まぁ、ありがとう、お姉様っ、さすがだわ、いざという時は頼りになりますわね」

 悪魔のような表情から一転、天使のような笑顔になったミレイユは、アンジェリカの手を握ってわざとらしく喜んでみせた。

「厄介者でも少し役立つ時が来たんだ、もう少し嬉しそうな顔をしたらどうなんだ」
「まったくだわ、あなたの辛気臭い顔を見ていると、こっちまで暗くなってくるわよ」

 苦々しい顔でアンジェリカを叱咤するユリウスとアマンダ。
 アンジェリカはもう、顔を上げることはなかった。
 三人は言いたいことだけ言うと、アンジェリカを置いてさっさと去っていく。
 通りすがりの使用人さえ、アンジェリカを気遣うことはしない。
 大広間にポツンと残されたアンジェリカは、やがてふらふらと歩き始めた。
 地上に出ることを許されても、アンジェリカの居場所はない。
 部屋もないため、結局、地下室に戻るしかないのだ。
 アンジェリカが地下室に住むようになったきっかけは、ミレイユの一言だった。

『そんなにお一人がお好きなら、お姉様用のお部屋を地下室にでも作って差し上げたらいかがかしら』
 
 当時八歳だったミレイユの、無邪気で残酷な提案だった。
 それを名案だと頷いた両親が、本当に地下室を作り、アンジェリカ専用の部屋とした。
 アンジェリカはなにも、一人でいるのが好きなわけではない。
 両親に疎まれ、妹にバカにされ、客人の前でも笑い者にされる。
 そんな扱いを受ければ、誰だって人前から足が遠のくだろう。
 それをまるで、アンジェリカが好きで一人になったかのように言っている。
 確かに、地下室には鍵がかかっているわけでもなければ、アンジェリカが枷に繋がれているわけでもない。
 しかし、みんなの前に居場所がなかったアンジェリカは、次第に地下室へ向かうようになる。
 そうして気づけば、地下室に籠るようになった。
 心ない者たちからの、見えない手に押し込められ、アンジェリカは軟禁生活を余儀なくされたのだ。
 来た道を戻ったアンジェリカは、地下室のベッド前で崩れ落ちた。
 彼女の瞳から溢れた涙が、ポタリ、ポタリと、冷たい床を濡らした。
 いつか、私にも王子様が――。
 そんな不確かなものに縋っていたアンジェリカは、もはや夢を見ることすら、許されなくなった。
 
「クラウス……私には、王子様は、いなかったみたい――」

 アンジェリカは懐かしい従者の名を呟くと、両手で顔を覆い、震えながら咽び泣いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾
恋愛
 再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

【完結】瑠璃色の薬草師

シマセイ
恋愛
瑠璃色の瞳を持つ公爵夫人アリアドネは、信じていた夫と親友の裏切りによって全てを奪われ、雨の夜に屋敷を追放される。 絶望の淵で彼女が見出したのは、忘れかけていた薬草への深い知識と、薬師としての秘めたる才能だった。 持ち前の気丈さと聡明さで困難を乗り越え、新たな街で薬草師として人々の信頼を得ていくアリアドネ。 しかし、胸に刻まれた裏切りの傷と復讐の誓いは消えない。 これは、偽りの愛に裁きを下し、真実の幸福と自らの手で築き上げる未来を掴むため、一人の女性が力強く再生していく物語。

処理中です...