35 / 175
あやかしの世界に行ってみましょう。
3
しおりを挟む
朝食の知らせをしに来たセーラー服姿の夢穂は、影雪と業華を前に固まると、静かに襖を閉じた。
ちちち……と無邪気に小鳥が囀る。
しばしの沈黙の後、影雪から離れた業華の額には汗がにじんでいた。
「大丈夫よ、愛に信仰は関係ないし、性別も種族だって乗り越えられるわ、私はいつまでもお兄ちゃんの妹だからね」
「どうしてくれるんですか影雪、あなたのおかげで可愛い妹に多大な勘違いをさせてしまったではありませんか」
襖越しに聞こえる夢穂の声に、あくまで冷静に対応する業華。
影雪はと言えば今し方の件はすでに忘れ、漂ってくる美味しそうな匂いに夢中だった。
「腹が減った」
影雪は顔に似合わず豪快な空腹音を鳴らすと、愛刀を携え立ち上がり、襖を開いた。
すると廊下に立っている夢穂と目が合う。
「おはよう影雪、よく眠れた?」
身長差から上目遣いになる夢穂を、影雪は立ち止まってしばらく眺めた。
「ああ、夢穂のおかげだ、ありがとう」
夢穂は一瞬目を丸くし、照れたように視線を外した。
夢穂は世間から眠りの巫女、と称されているが、それは眠りの神が祀られている癒枕寺神社に巫女として住んでいるからだ。
生きとし生けるものの眠りを丸ごと担い、どんな風に祈りを捧げ、支えているのか、それを知る者は業華以外いなかった。
それを知った上で感謝されることに慣れていない夢穂は、影雪の素直な言葉がくすぐったく感じたのだ。
「そう……ならよかっ――」
夢穂は言い終える前にふあ、と小さなあくびをした。
「どうした、寝不足か?」
「ち、違うわよ、ちゃんと眠っててもあくびくらいするわ」
少し焦ったように影雪に返事をする。
そんな夢穂に「それもそうか」と言葉を残し、影雪は食事の匂いがする方へと歩いていった。
「夢穂、さっきのは冗談ですよね?」
黒の法衣姿の業華が廊下に顔を出した。
「当たり前でしょ、お兄ちゃんは『そういう欲はとっくの昔に置いてきました』ってよく言ってるじゃない」
「そうですよね」
業華はほっとしたように肩の力を抜いた。
沙子を含め、業華は巫女たちなど他の女性からも人気があるが、残念ながらそういうことなのだ。
ちちち……と無邪気に小鳥が囀る。
しばしの沈黙の後、影雪から離れた業華の額には汗がにじんでいた。
「大丈夫よ、愛に信仰は関係ないし、性別も種族だって乗り越えられるわ、私はいつまでもお兄ちゃんの妹だからね」
「どうしてくれるんですか影雪、あなたのおかげで可愛い妹に多大な勘違いをさせてしまったではありませんか」
襖越しに聞こえる夢穂の声に、あくまで冷静に対応する業華。
影雪はと言えば今し方の件はすでに忘れ、漂ってくる美味しそうな匂いに夢中だった。
「腹が減った」
影雪は顔に似合わず豪快な空腹音を鳴らすと、愛刀を携え立ち上がり、襖を開いた。
すると廊下に立っている夢穂と目が合う。
「おはよう影雪、よく眠れた?」
身長差から上目遣いになる夢穂を、影雪は立ち止まってしばらく眺めた。
「ああ、夢穂のおかげだ、ありがとう」
夢穂は一瞬目を丸くし、照れたように視線を外した。
夢穂は世間から眠りの巫女、と称されているが、それは眠りの神が祀られている癒枕寺神社に巫女として住んでいるからだ。
生きとし生けるものの眠りを丸ごと担い、どんな風に祈りを捧げ、支えているのか、それを知る者は業華以外いなかった。
それを知った上で感謝されることに慣れていない夢穂は、影雪の素直な言葉がくすぐったく感じたのだ。
「そう……ならよかっ――」
夢穂は言い終える前にふあ、と小さなあくびをした。
「どうした、寝不足か?」
「ち、違うわよ、ちゃんと眠っててもあくびくらいするわ」
少し焦ったように影雪に返事をする。
そんな夢穂に「それもそうか」と言葉を残し、影雪は食事の匂いがする方へと歩いていった。
「夢穂、さっきのは冗談ですよね?」
黒の法衣姿の業華が廊下に顔を出した。
「当たり前でしょ、お兄ちゃんは『そういう欲はとっくの昔に置いてきました』ってよく言ってるじゃない」
「そうですよね」
業華はほっとしたように肩の力を抜いた。
沙子を含め、業華は巫女たちなど他の女性からも人気があるが、残念ながらそういうことなのだ。
0
あなたにおすすめの小説
後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる
gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く
☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。
そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。
心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。
峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。
仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
『後宮薬師は名を持たない』
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。
帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。
救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。
後宮が燃え、名を失ってもなお――
彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
ことりの古民家ごはん 小さな島のはじっこでお店をはじめました
如月つばさ
ライト文芸
旧題:ことりの台所
※第7回ライト文芸大賞・奨励賞
都会に佇む弁当屋で働くことり。家庭環境が原因で、人付き合いが苦手な彼女はある理由から、母の住む島に引っ越した。コバルトブルーの海に浮かぶ自然豊かな地――そこでことりは縁あって古民家を改修し、ごはん屋さんを開くことに。お店の名は『ことりの台所』。青い鳥の看板が目印の、ほっと息をつける家のような場所。そんな理想を叶えようと、ことりは迷いながら進む。父との苦い記憶、母の葛藤、ことりの思い。これは美味しいごはんがそっと背中を押す、温かい再生の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる