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出会いの夜

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「先のことを考えて努力しないと、いい学校には入れないし、ろくな仕事にも就けなくて、立派な人間にはなれないですから」

 私の話に猫宮さんは相槌を打っていた。

「うんうん、そうですか、がんばってるんですね」

 別に、人として当たり前だし。労いの言葉なんて欲しくない。
 そう思っていると、薄い唇が「で――」と含みを込めた文字をかたどる。
 瞼に隠れていた蜂蜜色のビー玉が、いつしか私を見据えていた。
 
「それは、本当に君がしたいことですか?」

 刹那、意識が白飛びする。
 ほんの一瞬だったが、なにも考えられない時間が、私の中に生まれた。
 それなのにやたらとそのセリフだけはリアルで、脳内に反響している気がした。
 したいとか、したくないとか。
 そんな次元で物事を決めていたのはいつの頃だっただろう。
 大切なのは、必要かそうでないか。
 その二択でしかないのに。

「……子供じゃないんだから、一時の感情で判断するべきじゃないんです、大事なことは、特に」
「そういう考えもありますね、答えは人の数だけ、それこそ無限です」

 なにを言っても空振りしているような感覚。
 暖簾に腕押しとはこのことか。
 予想外の質問に、イエスともノーとも取れない返事。
 必死に答弁しているのがバカバカしくなってきた私は、ため息をつくとテーブルから手を離し背筋を伸ばした。
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