猫の罪深い料理店~迷子さんの拠り所~

碧野葉菜

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出会いの夜

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「これ以上話しても時間の無駄です、早く帰らせて」

 足元の荷物籠に入れたトートバッグを取り上げ、中から黒革の長財布を掴み出す。

「いくら払えばいいですか? お金ならありますから」

 金色のファスナーを引っ張り、開いたポケットから万札を手にしてカウンターに突き出した。
 そう、確かに、行動したはずなのに――目の前のテーブルにはなにもない。
 乗っているのは私の手のひらだけだ。
 瞬きを繰り返しながら、急いで戻した手を再び財布の中へ入れる。
 潜り込ませた指を忙しなく動かし、整列していた紙幣を掴む。
 しかしそれは私の眼前に運ばれる前にスルスルと感触を失くし、空気と同化していく。
 
「はっ!? な、なに、どういうこと!?」

 焦ってクレジットカードを出すも、一枚、二枚……五枚、全滅。
 果てには財布まで姿を消し、私は文字通りすっからかんに。サーッと血の気が引いていくのがわかる。

「お金なんていりませんよ」
「ぎゃあっ!?」

 急に間近から聞こえた声に、心臓とともに全身を跳ねさせながら後退する。
 ヒールを履いた私よりも少し高い位置に、蜂蜜色の瞳が迫っていた。
 そう言えば猫は音もなく移動する習性があるとか。
 
「お客様の嬉しい気持ちがお代になりますから」

 まったく邪気が感じられない。
 純粋だけでできたような穏やかな微笑みに、突然居心地が悪くなって目を逸らす。
 ――嘘でしょ、そんなの。
 上手い話には裏がある。
 そんな憎まれ口も吹き飛んでしまった。
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