アオハルのタクト

碧野葉菜

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夢想曲(トロイメライ)

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 青木あおき春歌は、いつも突然やって来る。大抵は爆弾のように激しく、ええことも悪いことも、嵐のように運んできては攫っていったりする。
 会いたい時はどこを探してもおらんくせに、会いたくない時に限ってやって来る。俺にとっての最悪なタイミングは、春歌にとってはチャンスタイムなんやろう。だから今も鼻歌を歌いながら、ご機嫌そうに辺りをうろついている。セーラー服もハイソックスも濃いネイビーやから、白いスカーフと一緒に透き通った肌が際立つ。
 初めて制服姿を見た時、感激して写真を撮りたかったけど、照れくささが邪魔をして誘えんかった。そのうち、俺と優希の両親が勝手に盛り上がって、校内に咲いた桜の前に立たされた。高校の入学式にもなって、記念撮影なんて冗談キツかった。適当に愛想笑いをして済ませた後、春歌はもうどこにもおらんかった。
 苦い思い出に息をついていると、不揃いな草を蹴るローファーが、ピタリと止まった。
 春歌の視線を追うと、前方、まっすぐに伸びた葉っぱの先に、青い蝶がとまっているのがわかった。アオスジアゲハや。黒い縁に囲まれた翅脈、光の加減によってエメラルドにもアクアマリンにも見える色が美しい。明石公園には昔からおる。小さな頃、父さんとよう虫取りに来た。

「綺麗な」
「拓人、虫取り好きだったよね、小学生の時、やたらと誘ってきたし」
「あ、ああ、まぁ、そんなこともあったな」

 取るに足りん過去のように、今思い出したふうに装った。
 忘れるはずがない。土日は父さんと虫取り。それよりももっと楽しみにしてたんは、平日の春歌との時間やったから。
 春歌には運動制限がある。だけど軽い外遊びくらいならできる。要は走ったり、心臓に負荷をかけんかったらええんや。だから虫取りなら大丈夫かなって、誘ったんが最初やった。だけど春歌がしたことはなかった。特に興味がなかったらしい。むしろ興味がないことだらけや。昔から本を読むんは好きみたいやけど。
 だから俺を見てって、いっぱい取ったるから、待ってろって。あきれ顔をした春歌を木陰に座らせ、必死で捕まえた蝶を虫カゴに入れた記憶。

「見て見て春歌、見て見てーって、超うるさかった。そのわりには大して取れてないし」

 神奈川出身のくせに、ご丁寧に関西弁のイントネーションで俺の真似をしてみせる。そして最後にグサリと刺さることを言うんも、お決まりや。
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