アオハルのタクト

碧野葉菜

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夢想曲(トロイメライ)

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「ええってもう、忘れて」
「忘れられないんだよね、ほら私、拓人と違って頭いいからさ?」
 
 自分のこめかみを人差し指でトントン突つきながら、ウインクをして舌をペロッと出してみせる。春歌はこういう奴や。体が弱いからって、気が弱いとは限らん。そして俺よりも勉強ができるんも事実や。
 ぐうの音も出ず口を窄めていると、腰を落とした春歌がそっと歩き出す。
 なんで今、それをするんや。小学生の時、俺が虫取りに夢中やった時期に、一緒にしてくれたらよかったのに。ほんまにタイミングが合わん。いや、わざとか。

「取る気なん。素手は無理やろ」

 俺の声はすでに届かんらしく、春歌は忍び足で蝶に近づき、すすっと手を伸ばした。すると案の定、青い宝石は羽をはためかせ、飛び立ってもうた。
 普通なら「ああっ」とか、悔しさを表現する場面やろう。だけど春歌は声一つ漏らさん。まるで最初からあきらめてるみたいに。

「だから言うたやん」
 
 俺の枕詞も無視して、すっと背筋を伸ばした春歌はぐるりと辺りを見渡した。そんな春歌の背後に、さっきとは違う一羽を見つけて指を差す。
 
「春歌、そこ、もう一回やってみたら?」

 俺の言葉にようやく反応を示した春歌は、後ろを振り返り蝶を視界に収める。
 虫取りは根気がいるんや。一回や二回であきらめてたら結果は出せん。体の問題以前に、気が短い春歌には向かんはずや。
 そこを考慮した上で、春歌を焚きつけた。少しでも悔しがる春歌が見られたら、なんて。だけど俺の淡い期待は、一瞬にして破壊される。
 春歌が突然、セーラー服の裾に手をかけたかと思うと、ガバッと一気に脱いだ。
 なにも食べてへんのに、喉が詰まりそうになる。状況は理解できんのに、視覚から得る情報だけはやけに鮮明で。限界まで見開いた目で固まる俺を尻目に、春歌は脱いだセーラー服を持ち、また腰を落とし歩き出していた。
 濃紺の布がふわりと宙を舞う。春歌の手から離れたそれが、葉先にとまった蝶を草ごと覆い隠した。
 捕らえた瞬間も、春歌はクールや。なにも言わずに、原っぱにしゃがみ込み、網代わりにしたセーラー服の下に手を潜らせる。しばらくゴソゴソと探るようにした後、腕を抜いた春歌は立ち上がってこちらを向いた。
 誇らしげな笑みを讃えながら、丸くした手のひらを重ね合わせ、俺に近づいてくる。春歌の姿が迫ってきたことで、ようやく凍りついていた思考と同時に体も活動を始める。
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