アオハルのタクト

碧野葉菜

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夢想曲(トロイメライ)

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「な、なにしてんっ、ありえんやろ!」
「だって、網持ってなかったんだもん」

 とりあえず勢いよく起立して、第一声を発するものの、春歌はまったく動じず。網がなかったからセーラー服で代用しましたって、そんな言い訳、倫理的にも法律的にも通用するんは春歌くらいや。
 
「だからって外で服脱ぐとか、頭おかしいやろっ」

 ぐちぐちと文句を言いながら、急いで隠せるものを探す。スカートとブラジャー姿の春歌を、とても直視できん。だけど今の俺は、残念ながらなにも持ってへんかった。修了式が終わって直帰し、学校指定のカバンをポンと部屋に置いてここに来てもうたからや。あったところで、運動部のような立派なスポーツタオルは入ってないけど。
 そうなれば頼りになるんは自分の身一つ。白い半袖のカッターシャツ、これしかない。ボタンを外して前を開き、シャツを脱ぐと、春歌の後ろに回る。
 流れる黒髪から覗く白いうなじ、続く撫で肩、うっすら浮き出る背骨。華奢で女性らしい姿に、目を逸らしながらシャツを被せた。

「汗で濡れてるじゃん、キモい」
「ぜっ、贅沢言うな!」

 カッと熱くなった顔で怒る俺に対し、春歌は涼しい顔をしたまま「はいはい」と受け流した。
 今更ながら周辺を見回す。平日の昼下がり、通行人一人おらん状況にホッとした。視線を戻した春歌は、丸くした手のひらを見ている。
 いつも俺ばかり焦って、アホみたいやなと思う。結局、今回も俺が驚かされて。負けてばかりは嫌やのに、勝てんと思っても、春歌には挑んでまう。
 俺のことなんてちっとも見てくれん、蝶を囲った手が憎いほど綺麗や。あの日、ピアノを弾いた手。俺に衝撃を与えた白い檻の中、細長い指の隙間から、黒と青が見え隠れする。
 出たいんやろう。飛んでいきたいんや。光はすぐそばにあるのに、羽ばたけんなんて残酷すぎる。
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