アオハルのタクト

碧野葉菜

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受難曲(パッション)

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 春歌が帰った後、母さんと優希に問い詰められた。どんな関係なんやって、なんで春歌が俺のシャツを着てたんやって。
 あるがままを説明したのに、二人ともイマイチ納得いかん顔をしていた。信じる気がないなら、最初から聞くなって言いたくなった。
 今日で一学期が終わる。高校に入って初めてのコンクールも不発に終わり、くよくよしている間に時が経つ。
 いつになれば、脚光を浴びることができるんやろう。舞台での表彰式、手を叩くみんなの視線、そこに立つ自分の姿がどんどんぼやけてゆく。
 ピアノを弾く春歌が邪魔をして、イメージトレーニングすらままならん。俺に反して絶好調の蝉たちは、晴天の空を味方に求愛に勤しんでいる。その鳴き声に混じり、隣を歩く優希が夏の計画を話す。忙しなく口を動かし、身振り手振りで表現してるんやろう。見んでもわかるくらい、もうすっかり慣れてしまった。
 一緒に登校する約束なんて、一回もしたことないのに。朝になれば優希が家の前に立っていて、親に微笑ましそうに見送られて、それが当たり前になった。
 変わらん。俺も、いつまでも変われんまま、いつまでも同じ場所におる。
 教室に入ると、優希は女子生徒の方に歩き、朝から高い声の談笑が始まる。
 自分の席に向かい、机にネイビーのカバンを置くと、二人の男子生徒が寄ってきた。「おーす」って挨拶もそこそこに、たわいもない会話が始まる。
 新作のゲームがクソやとか、面白い動画を見つけたとか、早く彼女が欲しいとか、そんなつまらん話ばかり。興味がないことでも、楽しそうに笑って合わせる。そうせなクラスで一人ぼっちになるから。
 ほんまはピアノのことを考えたい。早く上手くなるために、一分一秒やって無駄にしたくないのに。勉強も運動も人付き合いも、満遍なくできるようにならんと。みんなそうしてる。後で困るよ。将来のために――。そう言われたら、否定もできず従うしかなかった。
 だけど俺は時々思う。大衆からはみ出さん程度に身につけた薄い力が、生き甲斐になる日が来るんかと。
 もしも俺が大病を患っていたら、明日をも知れぬ運命なら、今日を好きに使うことが許されたやろうか。

「夏休みなにする、俺は家族旅行くらいで後は暇やで、塾はあるけど」
「俺は部活漬けやけど、大会終われば時間あるで。拓人は?」

 二人して当然のように聞いてくる。俺はピアノがあるから忙しいって、知り合った時から言うてるのに、全然伝わってない。そもそも覚える気がないんか。そういえば、こいつらの塾や部活ってなんやったっけ。そんな疑問が浮かんで、自分も同類やと気づく。
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