アオハルのタクト

碧野葉菜

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受難曲(パッション)

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 自室のドアを開けて、ふうと一息つく間もなく、次に訪れたんは強烈なバイブ音。出どころは、学習机の上に放置していたスマホ。硬い材質のせいで、ブーッブーッと耳障りな振動を繰り返している。
 どうせ、また優希やろう。
 発信者を予想しながら部屋に入り、アップライトピアノに楽譜を置く。
 通話アプリの返事をしてへんせいか、この電話に出んかったら、近いうちに家まで押しかけてくるかもしれん。かといって今すぐ出る気にもなれず、どうしようか考えているうちに振動が収まった。
 盛大にため息をつきながら、重い手をスマホに伸ばす。嫌なことは先に済ませといた方がええか……そう思いながら、画面を覗いた瞬間、目ん玉を落っことしそうになった。
 しばらく固まった後、ゴシゴシ瞼を擦り、再び目を見開く。通話アプリ経由の着信履歴、そこに記載された小さな文字を何度も読み返した。
 どうしようと思う前に、指が勝手に動く。出てきた受話器のマークを押して、スマホを耳に当てた。気が変わらんうちに早く、俺の本能がそうさせたんかもしれん。
 高鳴る胸を抱えながら、繰り返されるコール音を聞く。六回目を過ぎたあたりで、途切れたコール音に体を固くした。

「はーい、もしもーし」
「あっ、もひ、もし……」

 通話口から聞こえる落ち着いた声に、ドキッとして思わず噛んでもうた。するとすかさず弱みを握った彼女が、スマホの向こうで鼻で笑った。
 
「電話くらいで興奮して、キモいんだけど」
「なっ、べ、別に興奮してへんし!」

 ついムキになって言い返しながらも、自然な会話の流れに安堵する。「なにか用?」なんて言われんところを見ると、間違い電話ではなさそうや。着信履歴の名前を見た時は、俺の目がおかしくなったんかと思ったけど。それくらい春歌から電話をかけてくるんは珍しい。通話アプリのメッセージですら、三回に一回返ってくればええ方やのに。

「ど、どうしたん、なんか、用?」

 なにを話してええかわからず、ぎこちん質問をする。自分からかける時はここまで緊張せんのに、心の準備って大事やと思う。

「八月十一日、空いてる?」

 藪から棒に言われて、眉を顰め、首を傾げる。春歌が提示した月日を、頭で想像したカレンダーで追いかける。
 なにか予定があった気がする。そうや、その日は俺の――。
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