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落とされる。

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 くるみはチョコは試食していない。しかしなにが使われているか知っている。そばで匂いを嗅ぐだけで、メインの食材くらいわかるのだ。

「チョコまでイチヂクなんてすごいですね、こんなのもここでできるんですか?」

 くるみが言っているのは、クモマージュの上にのったリボン型のチョコのことだ。
 雲を見立てた白っぽいフロマージュの上で、濃いピンクは可愛らしいアクセントになっている。

「いや、珍しいチョコはだいたいショコラトリーに頼んでいるな」
「ショコラトリー?」
「チョコレートの専門店だ、ケーキ屋をパティスリーと呼ぶのと同じだな」
「へー! なんかオシャレですね」

 くるみは甘路と出会ったことで、今まで知らなかったことをたくさん学んでゆく。同時に、甘路の洋菓子作りへのこだわりと、ひたむきさに頭が下がる毎日だ。 
 今日も二人きりのレッスンが終わり、くるみが後片付けを始めた時、甘路のエプロンに入れたスマホが振動した。

「Bonsoir」

 甘路は着信相手の名前を見ると、すぐに言語を切り替え、素早く電話に出た。
 調理器具を洗っていたくるみは、思わず手を止めて甘路を見てしまう。
 なにを言っているかわからないが、日本語でないことは確かだ。
 滑らかに外国語を操る姿は、甘路のカッコよさをさらに引き立てている。
 しばらくそんなやり取りが続いた後、甘路が電話を切ったタイミングでくるみが尋ねる。

「え、英語……ではない、ですよね?」 

 中学生レベルの英語しか知らないくるみだが、言葉の雰囲気でまったく馴染みのない言語だと感じた。
 甘路はくるみの方を見ると、スマホをポケットに戻しながら答える。

「フランス語だ、専門学校の時に何ヶ月か留学していたからな、今の電話の相手はその時世話になったパティシエで、今でもたまに連絡を取るんだ、海外でしか手に入らない食材を頼んだりな」
「はぁ~……なるほど」

 甘路は留学期間に学んだことを、しっかりものにして活用している。
 外国に無縁なくるみは、尊敬の眼差しを甘路に向けた。
 
「英語でも難しいのに、フランス語がしゃべれるって本当すごいです」
「……すごいか?」

 甘路はチラッとくるみの反応を窺うように見た。

「は、はい」
「そうか」

 くるみの返事を聞くと、甘路は目を逸らして落ち着かない様子だ。しかしどこか誇らしげで、ホッとしたようにも見える。
 甘路の味覚障害がくるみとの間で公認になった、あの日以来徐々に現れ始めた変化。
 まるで甘路がくるみに褒められて喜んでいるかのような。
 ――いやいや、ないない……甘路さんみたいにすごい人が、私なんかに認められて嬉しいとか。
 ――くるみに「すごい」と言われるとやる気が出るな、今日もいい一日だった。
 あくまで従業員として、一歩下がった場所から見ているくるみと、雇い主よりももっと、近い精神距離で接している甘路。
 すれ違う凸凹な二人は、こうして今日も勤めを終え、一緒に店を出るのだった。
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