蛇に祈りを捧げたら。

碧野葉菜

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ありし日の恋物語

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「私は仙界から来た狐神の狐雲である。そなたの寿命と引き換えに、なんでも一つだけ願いを叶えてやることができる。好いてもいない男に嫁がずに済むぞ」

 琥珀色の空気に包まれた狐雲を見て、華乃は一瞬驚いたように目と口を丸く開いた。
 しかしすぐに落ち着きを取り戻して言う。

「……いいえ、やめておきます」
「なぜだ? 寿命を気にしておるなら僅か一日でもかまわぬ」
「姉も……母も皆、その道を歩んでおります故、わたくしだけ逃げるわけにはいきませぬ。特にわたくしは四女でありまして、望まれて生を受けたわけではなく……微力ながらおいえの役に立ちたいのです」

 華乃は意志の強い瞳で真摯に狐雲を見つめ答えた。

「……そうか。それはそうと、そなたはなぜ、私を見ても驚かなかった? 人でないことは一目瞭然であろう。さらに今しがた神力を解放しても、反応が薄かった」
「え? そ、そうでしたか? これでもずいぶん驚いていた方なのですが……。わたくしは幼き頃から無愛想だとよく言われましたので……感じたことが顔に出にくいようです。気分を害されたなら申し訳ありませぬ」
「いや……謝らずともよい」

 恐らく周りの顔色を窺ううちに気持ちを隠す癖がついたのだろうと狐雲は予測した。

「あの……」
「なんだ?」
「……また、お逢いできますでしょうか?」

 長い髪を耳にかけながら、恥じらうように控えめに尋ねる華乃。

「……名は、なんと申す」
「申し遅れました。華乃でございます」
「よき名であるな。華乃……また馳せ参じよう。話し相手にしかならぬと思うが」

 狐雲の返答に、華乃は遠慮がちながらも、精一杯の微笑みを見せた。

「ありがとうございまする。わたくし……お待ちいたしております、狐雲様を」

 華乃のその花笑はなえみは、鮮烈に狐雲の記憶に焼きついた。
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