蛇に祈りを捧げたら。

碧野葉菜

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試練

20

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 当時の仙界にて、百恋の姿が映し出される。そしてその百恋の隣には、彼より頭一つ分抜き出た背をした、肩幅の広い大男がいた。腰まである茶色い髪は獅子のたてがみのように茂り、黒い狩衣の上からでもわかるほど隆々とした筋肉を持っていた。

「拳豪、はいこれ、下界に降りて来たから甘味のお土産!」
「おお、またか、ありがたくいただくぞ百恋」
「もー、そんなでっかい図体してお団子が好きなんだから笑えるよね!」
「やかましい」

 見た目は野獣のようである拳豪であったが、その澄んだ赤胴色の小さな瞳はとても優し気であり、二人の関わり合い方から親しい仲だったことがよく伝わった。

 場面は変わり、拳豪が婦人と見つめ合う一幕となる。
 夜、月明かりを頼りに秘密の逢瀬をする二人。背中まである栗色の柔らかな髪をしたすらりと背の高い女性は、拳豪の逞しい腕に抱きしめられた。
 これを見たいろりは、今、自分は三百年前あった神と人の恋の記録を辿っているのだと理解した。

 さらに場面は変わり、拳豪が竜の寝床にて苦行に挑む姿が映し出される。
 次に、拳豪の想い人である女性が、涙に暮れながら愛しい者を待つ姿……そして、百恋が彼女の側に寄り添う場面へと移り変わる。
 
 ――あ、百恋様が、私にしたことと、同じ……。

 拳豪の想い人は、百恋の口づけを受け入れてしまった。
 この接吻が、死への合図となることも知らず。
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