蛇に祈りを捧げたら。

碧野葉菜

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試練

27

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 ――――刹那
 巻き起こる風、弾ける雫。
 水滴はやがて人型へと変わり、みるみるうちに色を成してゆく。
 白い袴、若草色の狩衣、筋肉質ながらすらりと伸びた四肢、薄い唇、尖った牙、つんと筋の通った鼻に、上がった目尻、そして流れるように溢れ出る、白銀色の豊かな髪。

 真っ白な世界の中で、新しく生まれた蛇珀を、いろりは確かにその目で見た。

 少し背が伸びただろうか、髪は腿の長さまで伸びており、顔もやや大人びた気がする。しかしそのどこまでも透き通った翡翠色の瞳は、以前と変わらず目の前の少女だけを一途に映していた。

 この瞬間、いろりは悟った。
 自分はこの目に初めて蛇珀を映すため、視力を持たずに生まれたんだ、と――。

 二人は瞬きすることすら忘れ、ただ見つめ合っていた。
 

「…………髪、伸びたな」


 先に口を切ったのは蛇珀だった。
 蛇珀に逢えるまで髪を伸ばすという願掛けをしていたいろりの髪は肩下まで伸びていた。
 愛おしそうに目を細め、破顔した蛇珀を前にしたいろりは、次第にじわり、じわり、と胸が熱くなってゆくのを感じる。
 ああ、蛇珀だ、蛇珀がいる、夢ではないのだと、やがて痛いほど幸せな現実を受け入れた。


「…………じゃ、は、ぐ、ざまだ、っで……」


 堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出す。
 いろりは思いっきり蛇珀の胸に飛び込んだ。
 蛇珀はそんないろりを、骨が折れそうなほど強く強く抱きしめた。
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