枯れる前に

みよし

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友達以上愛人未満2

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 病院の帰り、ハローワークへ。
 私は就職活動することにした。パートもクビになり、することがない。またパン屋に勤めていた時の雇用保険も頂戴しなくてはならないし。
 少ないけれど、店長のおかげ。
 事故の後、背中、右足の痛みが残っているので、治療にはまだ通っている。
 病院の先生にも無理のないくらいなら大丈夫だと太鼓判をもらった。
 事務、スーパーマーケットのレジ、保険のセールスレディ・・・
 正直、自分にできるのか不安。
 買い物を済ませ帰宅すると浩二が玄関先で待っていた。
「中で待っていれば良いのに。」
「勝手に入るのもな。合鍵は家にしまってある。」
「そう。どうぞ。」
 浩二は、ダイニングテーブルに座るなり、
「ネーサン、コーヒー淹れてくれよ。」
 こんな調子なら家でもケイちゃん大変だろうな。ため息ついちゃうわ。
「はい。どうぞ。」
 何も言わず、一口飲んでホッとしたのか、話を始めた。
「あのさー。」
 話は就職活動の件、母校のS学院高校の講師が心の病で休みがちに。サポート員がほしい。短期間だがしてみないかと。
 私が母校を去ったのと同時に浩二は体育教師として赴任した。今は、教頭という立場。ケイちゃんは理事長の親戚。
 浩二は、10年前から幾度となく、同じような話を持ちかけてくる。私が断ると「何が不満だ」と怒って帰る。私は教壇に立つのが怖いのだ。たった3年間だった。
「就職活動なんて、ネーサンに向かないだろ。まして僅かな雇用保険もらうために、活動のフリとかやめとけよ。」
「就職してみようかな?って思ってるの。」
「まじかよ。今さらだろ。あの店長から引き離せたのはいいけど。」
「そんなに桜井さん嫌い?」
「あのさー、あいつ俺に付き合おうって口説いて来たんだぜ。」
「あーあー」
「キモいだろ!!!」
 桜井店長はバイセクシャル。好みであれば男と女、既婚未婚関係ない自由人。
「とにかく、ネーサンは、ケーキ屋、パン屋とか、個人商店のところに行きたがるけど、もう少し大勢の人の中で働いて揉まれるべき。人生枯れてるだろ。顔も。45歳の顔に見えないぜ!」
「失礼ね!」
「今どき、子供いないのにそんな老けた45歳はいないよ。とりあえず、今回は俺の申出聞いてくれよ。義兄さんとも、うまくいってないのは今回の事故で明白だろ。潮時だよ。この家は元々は親父が土地は出したんだ。慰謝料でもらえよ。」
「離婚なんてしないわよ。」
「そんなんだから足元見られるんだろ! とにかく、自分で生活できるように基盤作れよ!捨てられるのも時間の問題と思うぜ。」
 言葉が出なかった。そうか捨てるとか離婚するとかではなく捨てられるって選択肢もあるのか。考えてさえいなかった。捨てられるかもって。
「ちょっと考えてさえてよ。必ず返事するから。」
「うちも、急いでる。そんなに待てないよ。とりあえず、サポートで短期だし、正式採用じゃないから。いくら親族でもそこはシビアに判断させてもらうし。」
「来い来いって言う割には厳しいのね。」
「学校経営も大変なんだよ。少子化で。」
 そう言うと、浩二は学校に戻って行った。教頭になってから、いろいろ忙しいようだ。
 自分でなかなか判断できない。私は期待してはいないけれど、夫に相談してみた。答えは。
「出来るのか?好きにすれば。」
 あっけないものだった。時間の無駄。
 私は複数の友人にラインした。その中に始めて近藤さんも追加した。居酒屋に行った次の日に、
(ごちそうさまでした)
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(お疲れさまでした。また行きましょう。)
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 これで終わり。以降やりとりはない。
(こんにちは。弟から以前勤めていた学校で教員のサポートしないかと連絡がありました。教員の一人が心の病で休みがちなので、その先生のフォローです。同じ科目の教師を探しているようで、白羽の矢が立ちました。でも長く教壇から離れているし。どう、思われますか?アドバイス欲しくて。)
 読んでくれますように。私は携帯を置いて、ぼんやりしていた。

 ピッピッ
 ピッピッ
 ピッピッ

 何人かの友人が返事をくれた。
 ほとんどが、いいんじゃないと。
 唯一面白いラインだったのが、幼馴染の小夜子だった。
(今さら働く?どうして、時間潰しなら他にもあると思うけど。)
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(だから相談したの。)
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(暇つぶしなら他にもあるでしょ。習いの事とか)
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(確かに。)
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(一度飲みに行こ。彼氏連れて行く。若いから参考になるよ)
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(自慢?)
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(嫉妬?)
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(まさか、男に興味ないし。)
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(枯れた?)
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(枯れた。)
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(明日でもうちの店においで。綺麗にしてあげる。快気祝い。)
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(いいの?)
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(もちろんよ。とりあえず、顔ね。ボディはまだ無理でしょ。髪も彼にしてもらうわ。)
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(何時にいけばいい?)
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(3時は?)
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(ありがとう。3時にお店に行く。)
 小夜子は、バツイチで美容室とエステサロンを経営する実業家。S学院の時の同級生。親の勧めで私のように結婚したけれど、子供が出来ず、多額の慰謝料をもらって離婚。小夜子の実家は地元の不動産業を営んでおり、程度の良い格安物件を手に入れてもらいサロンを開いた。
 エステティシャン、美容師を複数人雇って経営している。本格的な実業家だ。
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