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第二十九話 最重要案件
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「本日はとても有意義なお話しができましたわ」
「いやいや、こちらこそ面白い話が聞けて良かった。今まで『氷の魔女』を避けていた時間が勿体なかった」
ウルドはラーンの口利きで、第三王子派の貴族と精力的に会合を行なっていた。それこそ毎日の勢いで。
そんな生活の中でウルドは思う。
――高位貴族になればなる程、自領に戻らず王都に滞在しているのだな、と。
そのお陰で、わざわざ方方へ出向かずに話し合いができるのは、ウルドにとっては有り難いことだった。
「ぬぁ~……――着替え着替えっと」
「それでよろしいのです、ヴェルダンディ様」
自室に戻り流れるようにベッドへ向かったウルドは、欲望のまま飛び込みそうになるも、間一髪のところで『着替えをしないとナンナに怒られる』と思い出したのだ。
「ヴェルダンディ様、わたしに政治の話は分かりませんが、少し気になることがあるのです」
着替えを手伝いながら、ナンナがそんなことを言ってきた。
「何かしら?」
「ヴェルダンディ様が忙しく動いているのは存じておりますが、もう間もなく社交のシーズンに突入してしまいます。一度ノルン領に戻らなくて良かったのですか?」
(あら、ナンナったらポンコツなくせに良い所に気が付いたわね)
「領地に戻れなかったのは、正直言うと痛いわ」
(ノルン領にいるフレク様に会えないのも、これまた痛いのよね)
「それでも、戻れないマイナスを補って有り余る時間を、この王都で過ごせている実感はあるの」
(ラーンとの再会からこっち、間違いなくあたしを取り巻く状況は好転しているわ)
「それなら良かったです。差し出がましいことを言ってしまい、申し訳ございませんでした」
「ナンナらしくないわね。貴女はポンコツなのだから、無理に賢こそうに振る舞わなくていいのよ?」
「ポンコツはちょっと酷くありませんか?」
「ごめんなさい、心の中の声が漏れてしまったわ」
「もぉー」
なんてことのない遣り取りだが、これによりウルドの心が癒やされるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おひさしぶりにございます陛下」
「良く来たヴェルダンディ」
社交シーズンの開幕を目前に、ウルドは国王の許を訪れていた。
ヴェルダンディが十七歳となったことで、そろそろ婚姻の儀式に向けて準備に動き出す、とウルドは考えている。そして、動き出しのタイムリミットが押し迫っていることは想像に難くないため、社交シーズンの開幕前にどうしても手を打っておきたかったのだ。
「儂もヴェルダンディと話しをしておきたいと思っていたところだ。まあ、先ずはヴェルダンディの話から聞こう」
「ありがとう存じます。では早速――」
ウルドは愚痴――のような感じではなく、事実を口にする。
第二王子との面会を、何度となく申し入れているにも拘らず、一度として受け入れてもらえなかったこと。
自分としては陛下の言葉を尊重し、言葉どおり歩み寄っていること。
歩み寄ったところで、肝心の第二王子と会えないのだから、これ以上は自分の方から何もできないこと。
ウルドはこれらを、理路整然と国王に伝えた。
しかしウルドは気付いていない。一国の王を相手に、感情的になることもなく、これだけ堂々と自分の意見を言える貴族令嬢が、自身の他にいないことに。
「やはり、ヴェルダンディこそ国母に相応しいな」
(このおっさん、あたしの言葉を聞いていなかったの?!)
国王の言葉に、ウルドは失望してしまった。
「それとて、王太子の妻にならなければ到底無理なこと。――儂は常々ラタトスクに言っておるのだ、『もっとヴェルダンディとの時間を作れ』『ヴェルダンディを大切にしろ』と。しかし、アレに儂の言葉は届いておらん……」
国王は王の仮面を脱ぎ、駄目息子を持った親の顔を覗かせる。
「儂が国王の権限で命令することもできるが、そんな強権など発動したくはない。――王侯貴族の婚姻が当人そっちのけにした、家と家の結びつきを強化することなど、儂は十分に理解しておる。とはいえ、儂が命を下すと言うことは、貴族家の家長が下すのとは違い、王命になってしまう。――婚約をしろ、婚姻を結べと命令できても、婚約者に会えと命令できようか……」
国王は、自分が国王であるがゆえの苦悩を吐き出した。
「しかも聞くところによると、ヴェルダンディは最近、第三王子派とよく会っているというではないか」
(流石にその辺の情報は拾っているのね。……そもそも、お父様を含めた第二王子派の方が碌でもないことに、陛下は気付いていないのかしら?)
「ラーンが第三王子殿下と婚約したと聞きました。それであれば、将来の義妹と仲良くするのは当然でございますわ。――更に言えば、第二王子殿下の婚約者であるわたくしに、悪感情を抱いている者も多くいると思われる第三王子派。ラーンを通してその者たちと縁を持つのは、今後を考えれば必要かと存じます。わたくし、何か間違っているでしょうか?」
国母になりたくないウルドだが、自分の行動自体に非はないと自負している。国王から何かしら突っ込まれても、反論する材料はいくつもあり、ウルドは気持ち的に余裕さえある状況だ。
「…………」
(あれ? 陛下が渋い表情で黙ってしまったわ)
珍しく王の威厳を纏っていない国王は、背凭れに背を預けて僅かに顔を上げ、虚空を見つめて黙り込んでいる。
なぜ国王が黙り込んでしまったのか見当もつかないウルドは、国王が再起動するまで自分も沈黙することにした。
沈黙を破ったのは、やはり国王であった。ウルドは喋る気が無かったのだから、これは必然であり問題ない。しかし、国王が取った行動、沈黙の破り方が問題であった。
なんと、国王がウルドに頭を下げたのだ。
「へ、陛下、何をなさって……」
ウルドが慌てるのも当然だろう。
一国の王たる者が頭を下げる。そんなことは、決してあってはならない。
そんなあってはならない出来事が、ウルドの眼前で行なわれているのだ。それでも平常心でいろというのは、少々酷な話だろう。
「ヴェルダンディには、本当に申し訳なく思っている」
(えっ、何で? 確かに陛下が、『ボンクラ王子に言い聞かせる』と言っていたのは覚えているわよ。だからといって、頭を下げる程のことではないわよね?)
国王からの漠然とした謝罪に、ウルドの混乱は深まった。
「ええと、陛下、頭をお上げください。そもそもわたくしには、陛下に謝られる謂われはございませんわ」
混乱するウルドがなんとかそれを口にすると、頭を上げた国王が「いや、立派な理由がある」と真剣な表情で言い放つ。
「……今から話すことは国家の重要機密、それも最重要案件だ」
(ちょっと! 何だか分からないけれどそんな重要そうな話、侯爵令嬢如きのあたしが聞いては駄目でしょ?! それとも何、あたしは既に王家に嫁入りした扱いになってたりするの? それは嫌だわ)
「そのような重要なお話、わたくし如きが聞いてはいけないと思うのですが……」
「いや、当事者であるヴェルダンディには告げておくべきであろう」
(え? あたしが当事者って何?)
「心して聞いてくれ」
「…………」
返答ができないウルドを他所に、国王は語り始めてしまった。
――二年前、西にある帝国の皇太子がお忍びでこの王国にきていた。そして、国王の了解を得て身分を偽り、コッソリと夜会に参加したのだが、そのときにヴェルダンディを見て一目惚れしてしまったのだ。
是非娶りたいと言う皇太子に、国王は『第二王子の婚約者だから駄目だ』ということをやんわり伝えて断った。
なかなか引いてくれない皇太子であったが、渋々ながら諦めてくれたので、国王はひと安心。
しかし皇太子は諦めていなかったようで、第二王子とヴェルダンディについて色々と調べ、二人が上手くいっていない事実を掴んでしまう。
知り得た情報を盾に、自分であればヴェルダンディを幸せにできる、と言い張る皇太子に対し、婚姻とは本人の意思が二の次になるのは良くあること、と国王は取り合わなかった。
その後も多少は問題が起こったが、どうにか落ち着きやっと安心できたところ、先ごろ帝国から使者がやってきたのだが、内容は同盟に関するものだ。
両国の同盟関係は来年失効する。それに際し、新たに同盟を結び直すための条件の提示があったのだが、条件の一つに皇太子とヴェルダンディの婚姻が組み込まれていたのだ。
皇太子の言い分は――
次期国王と目される第二王子が、自分が目を掛けたヴェルダンディを蔑ろにしている。
そのような人物と、今後手を取り合っていけるとは思わない。
なによりヴェルダンディが可愛そうだ。
であれば、ヴェルダンディは自分が幸せにする。
などといった感じで、国家間の取り決めに、私情塗れの要望を盛り込んでいた。
昨今は侵略戦争が行なわれることはほぼない。そのため、王国が軍事費を引き下げ軍事力が低下しているのに対し、帝国は今もなお強大な軍を持っている。更に、経済力でも帝国は王国以上なのだ。
罷り間違って戦争になどなってしまえば、王国の存続すら危うい。
そこで、一番穏便に事を運ぶ手段が、ヴェルダンディを皇太子の妻として送り出すことだ。
単に王国の将来を考えるのであれば、ヴェルダンディを国母にすることが優先される。しかし、守るべき国がなくなってしまうのは、それ以前の問題だ。
苦々しい表情でここまで語った国王は、ここでカップを手に取り、冷めたお茶を一気に飲み込み喉を潤す。
「しかしな、皇太子は是が非でもヴェルダンディを娶りたいと言っているわけではない。あくまで、ヴェルダンディが幸せになることが重要で、ラタトスクにそれができないのであれば、自分が幸せにするというスタンスだ。――確かに皇太子はヴェルダンディに惚れておるが、彼は自分の幸せではなく、自分の惚れた女性の幸せを一番に考えている、ということのようだ」
(これは確かに最重要案件で、あたしが当事者なわけだ。――でも、それであれば王命で以て、ボンクラ王子にあたしを大事にするように、とか言えば良かったのでは? 第三王子派が反国王勢力だとか言い出したのも、外交とかの問題で陛下なりに色々あって、調査の手が回らなかったりで、情報の精査ができてなかったりしたのかしら? 何にしても、国王ってやっぱり大変そうよね。……うん、どう考えても、後の王妃になるとか無理だわ。ノルン領でひっそり生活するのが一番ね)
事の重大さに気付いているウルドだが、重大ゆえに現実逃避せざるを得なかった。
「そこで儂に妙案がある」
(妙案ですって)
ニヤリといった風な悪い笑みを見せる国王に、ウルドは『なんだか期待できそう』と感じた。
(あー、今までの国王を見ていて、期待できそうと思えてしまうあたしは、きっとどうかしているのでしょうね。それでも、あたしは自分の直感に従うわ!)
「妙案とは何でしょう」
「それはな――」
あくまで国王ではなく、自分の直感を信じたウルドは、国王の口から放たれる言葉を、わくわくしながら聞くのであった。
「いやいや、こちらこそ面白い話が聞けて良かった。今まで『氷の魔女』を避けていた時間が勿体なかった」
ウルドはラーンの口利きで、第三王子派の貴族と精力的に会合を行なっていた。それこそ毎日の勢いで。
そんな生活の中でウルドは思う。
――高位貴族になればなる程、自領に戻らず王都に滞在しているのだな、と。
そのお陰で、わざわざ方方へ出向かずに話し合いができるのは、ウルドにとっては有り難いことだった。
「ぬぁ~……――着替え着替えっと」
「それでよろしいのです、ヴェルダンディ様」
自室に戻り流れるようにベッドへ向かったウルドは、欲望のまま飛び込みそうになるも、間一髪のところで『着替えをしないとナンナに怒られる』と思い出したのだ。
「ヴェルダンディ様、わたしに政治の話は分かりませんが、少し気になることがあるのです」
着替えを手伝いながら、ナンナがそんなことを言ってきた。
「何かしら?」
「ヴェルダンディ様が忙しく動いているのは存じておりますが、もう間もなく社交のシーズンに突入してしまいます。一度ノルン領に戻らなくて良かったのですか?」
(あら、ナンナったらポンコツなくせに良い所に気が付いたわね)
「領地に戻れなかったのは、正直言うと痛いわ」
(ノルン領にいるフレク様に会えないのも、これまた痛いのよね)
「それでも、戻れないマイナスを補って有り余る時間を、この王都で過ごせている実感はあるの」
(ラーンとの再会からこっち、間違いなくあたしを取り巻く状況は好転しているわ)
「それなら良かったです。差し出がましいことを言ってしまい、申し訳ございませんでした」
「ナンナらしくないわね。貴女はポンコツなのだから、無理に賢こそうに振る舞わなくていいのよ?」
「ポンコツはちょっと酷くありませんか?」
「ごめんなさい、心の中の声が漏れてしまったわ」
「もぉー」
なんてことのない遣り取りだが、これによりウルドの心が癒やされるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おひさしぶりにございます陛下」
「良く来たヴェルダンディ」
社交シーズンの開幕を目前に、ウルドは国王の許を訪れていた。
ヴェルダンディが十七歳となったことで、そろそろ婚姻の儀式に向けて準備に動き出す、とウルドは考えている。そして、動き出しのタイムリミットが押し迫っていることは想像に難くないため、社交シーズンの開幕前にどうしても手を打っておきたかったのだ。
「儂もヴェルダンディと話しをしておきたいと思っていたところだ。まあ、先ずはヴェルダンディの話から聞こう」
「ありがとう存じます。では早速――」
ウルドは愚痴――のような感じではなく、事実を口にする。
第二王子との面会を、何度となく申し入れているにも拘らず、一度として受け入れてもらえなかったこと。
自分としては陛下の言葉を尊重し、言葉どおり歩み寄っていること。
歩み寄ったところで、肝心の第二王子と会えないのだから、これ以上は自分の方から何もできないこと。
ウルドはこれらを、理路整然と国王に伝えた。
しかしウルドは気付いていない。一国の王を相手に、感情的になることもなく、これだけ堂々と自分の意見を言える貴族令嬢が、自身の他にいないことに。
「やはり、ヴェルダンディこそ国母に相応しいな」
(このおっさん、あたしの言葉を聞いていなかったの?!)
国王の言葉に、ウルドは失望してしまった。
「それとて、王太子の妻にならなければ到底無理なこと。――儂は常々ラタトスクに言っておるのだ、『もっとヴェルダンディとの時間を作れ』『ヴェルダンディを大切にしろ』と。しかし、アレに儂の言葉は届いておらん……」
国王は王の仮面を脱ぎ、駄目息子を持った親の顔を覗かせる。
「儂が国王の権限で命令することもできるが、そんな強権など発動したくはない。――王侯貴族の婚姻が当人そっちのけにした、家と家の結びつきを強化することなど、儂は十分に理解しておる。とはいえ、儂が命を下すと言うことは、貴族家の家長が下すのとは違い、王命になってしまう。――婚約をしろ、婚姻を結べと命令できても、婚約者に会えと命令できようか……」
国王は、自分が国王であるがゆえの苦悩を吐き出した。
「しかも聞くところによると、ヴェルダンディは最近、第三王子派とよく会っているというではないか」
(流石にその辺の情報は拾っているのね。……そもそも、お父様を含めた第二王子派の方が碌でもないことに、陛下は気付いていないのかしら?)
「ラーンが第三王子殿下と婚約したと聞きました。それであれば、将来の義妹と仲良くするのは当然でございますわ。――更に言えば、第二王子殿下の婚約者であるわたくしに、悪感情を抱いている者も多くいると思われる第三王子派。ラーンを通してその者たちと縁を持つのは、今後を考えれば必要かと存じます。わたくし、何か間違っているでしょうか?」
国母になりたくないウルドだが、自分の行動自体に非はないと自負している。国王から何かしら突っ込まれても、反論する材料はいくつもあり、ウルドは気持ち的に余裕さえある状況だ。
「…………」
(あれ? 陛下が渋い表情で黙ってしまったわ)
珍しく王の威厳を纏っていない国王は、背凭れに背を預けて僅かに顔を上げ、虚空を見つめて黙り込んでいる。
なぜ国王が黙り込んでしまったのか見当もつかないウルドは、国王が再起動するまで自分も沈黙することにした。
沈黙を破ったのは、やはり国王であった。ウルドは喋る気が無かったのだから、これは必然であり問題ない。しかし、国王が取った行動、沈黙の破り方が問題であった。
なんと、国王がウルドに頭を下げたのだ。
「へ、陛下、何をなさって……」
ウルドが慌てるのも当然だろう。
一国の王たる者が頭を下げる。そんなことは、決してあってはならない。
そんなあってはならない出来事が、ウルドの眼前で行なわれているのだ。それでも平常心でいろというのは、少々酷な話だろう。
「ヴェルダンディには、本当に申し訳なく思っている」
(えっ、何で? 確かに陛下が、『ボンクラ王子に言い聞かせる』と言っていたのは覚えているわよ。だからといって、頭を下げる程のことではないわよね?)
国王からの漠然とした謝罪に、ウルドの混乱は深まった。
「ええと、陛下、頭をお上げください。そもそもわたくしには、陛下に謝られる謂われはございませんわ」
混乱するウルドがなんとかそれを口にすると、頭を上げた国王が「いや、立派な理由がある」と真剣な表情で言い放つ。
「……今から話すことは国家の重要機密、それも最重要案件だ」
(ちょっと! 何だか分からないけれどそんな重要そうな話、侯爵令嬢如きのあたしが聞いては駄目でしょ?! それとも何、あたしは既に王家に嫁入りした扱いになってたりするの? それは嫌だわ)
「そのような重要なお話、わたくし如きが聞いてはいけないと思うのですが……」
「いや、当事者であるヴェルダンディには告げておくべきであろう」
(え? あたしが当事者って何?)
「心して聞いてくれ」
「…………」
返答ができないウルドを他所に、国王は語り始めてしまった。
――二年前、西にある帝国の皇太子がお忍びでこの王国にきていた。そして、国王の了解を得て身分を偽り、コッソリと夜会に参加したのだが、そのときにヴェルダンディを見て一目惚れしてしまったのだ。
是非娶りたいと言う皇太子に、国王は『第二王子の婚約者だから駄目だ』ということをやんわり伝えて断った。
なかなか引いてくれない皇太子であったが、渋々ながら諦めてくれたので、国王はひと安心。
しかし皇太子は諦めていなかったようで、第二王子とヴェルダンディについて色々と調べ、二人が上手くいっていない事実を掴んでしまう。
知り得た情報を盾に、自分であればヴェルダンディを幸せにできる、と言い張る皇太子に対し、婚姻とは本人の意思が二の次になるのは良くあること、と国王は取り合わなかった。
その後も多少は問題が起こったが、どうにか落ち着きやっと安心できたところ、先ごろ帝国から使者がやってきたのだが、内容は同盟に関するものだ。
両国の同盟関係は来年失効する。それに際し、新たに同盟を結び直すための条件の提示があったのだが、条件の一つに皇太子とヴェルダンディの婚姻が組み込まれていたのだ。
皇太子の言い分は――
次期国王と目される第二王子が、自分が目を掛けたヴェルダンディを蔑ろにしている。
そのような人物と、今後手を取り合っていけるとは思わない。
なによりヴェルダンディが可愛そうだ。
であれば、ヴェルダンディは自分が幸せにする。
などといった感じで、国家間の取り決めに、私情塗れの要望を盛り込んでいた。
昨今は侵略戦争が行なわれることはほぼない。そのため、王国が軍事費を引き下げ軍事力が低下しているのに対し、帝国は今もなお強大な軍を持っている。更に、経済力でも帝国は王国以上なのだ。
罷り間違って戦争になどなってしまえば、王国の存続すら危うい。
そこで、一番穏便に事を運ぶ手段が、ヴェルダンディを皇太子の妻として送り出すことだ。
単に王国の将来を考えるのであれば、ヴェルダンディを国母にすることが優先される。しかし、守るべき国がなくなってしまうのは、それ以前の問題だ。
苦々しい表情でここまで語った国王は、ここでカップを手に取り、冷めたお茶を一気に飲み込み喉を潤す。
「しかしな、皇太子は是が非でもヴェルダンディを娶りたいと言っているわけではない。あくまで、ヴェルダンディが幸せになることが重要で、ラタトスクにそれができないのであれば、自分が幸せにするというスタンスだ。――確かに皇太子はヴェルダンディに惚れておるが、彼は自分の幸せではなく、自分の惚れた女性の幸せを一番に考えている、ということのようだ」
(これは確かに最重要案件で、あたしが当事者なわけだ。――でも、それであれば王命で以て、ボンクラ王子にあたしを大事にするように、とか言えば良かったのでは? 第三王子派が反国王勢力だとか言い出したのも、外交とかの問題で陛下なりに色々あって、調査の手が回らなかったりで、情報の精査ができてなかったりしたのかしら? 何にしても、国王ってやっぱり大変そうよね。……うん、どう考えても、後の王妃になるとか無理だわ。ノルン領でひっそり生活するのが一番ね)
事の重大さに気付いているウルドだが、重大ゆえに現実逃避せざるを得なかった。
「そこで儂に妙案がある」
(妙案ですって)
ニヤリといった風な悪い笑みを見せる国王に、ウルドは『なんだか期待できそう』と感じた。
(あー、今までの国王を見ていて、期待できそうと思えてしまうあたしは、きっとどうかしているのでしょうね。それでも、あたしは自分の直感に従うわ!)
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「それはな――」
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