氷の魔女は嫌われ者の侯爵令嬢として恋愛結婚を望む

雨露霜雪

文字の大きさ
36 / 38

第三十四話 重大発表

しおりを挟む
「皆の者、先程は見苦しいところを見せてしまい申し訳ない」

 ウルドとフレクが国王に連れていかれたは、別室ではなく会場の雛壇であった。
 何かしらの密会を行なうと思っていたウルドは、少々拍子抜けしたのだが、大勢の上級貴族の前に立たされた以上、気を抜くことはできない。
 どのような表情をすれば良いのか分からないウルドは、隣に立つフレクを見習い、取り敢えず彼と同じように笑顔を浮かべる。

 そんなウルドを他所に、会場が静まったのを確認した国王が口を開いたのだが、第一声は謝罪の言葉であった。
 頭こそ下げなかった国王だが、いきなり謝罪の言葉が出たことで、会場が少しざわつく。

「皆も知ってのとおり、今回は初日から三日連続で王宮で夜会が開かれる」

 通常、シーズンの開幕を告げる初日のみ王宮で夜会が開かれるのだが、今シーズンは事前に三日連続開催だと通達されている。

「実は、二日目となる明日に重大発表を行なう予定であったが、先ほど第二王子の暴挙があったため、予定を繰り上げて今からその発表を行なう」

 国王が喋ったことで一度静まった会場が、またもやざわめく。

「まず、第二王子ラタトスクを、王族から除籍する」

 この発表には、先ほどまでの小さなざわめきと違い、会場中が大きなざわめきに包まれた。
 そして、国王の一歩後ろに控えたウルドも、これには驚いた。

 当初から、第二王子との婚約破棄は、明日の夜会で発表される段取りだったのだが、第二王子からの婚約破棄宣言で段取りが台無しになっている。
 しかし、第二王子の除籍についてウルドは知らなかったため、この発表には驚きを禁じ得なかったのだ。

「静まれ!」

 国王の一喝で、会場はピタリと静まり返る。

「元々の予定としては、王子としての権限を剥奪するのみであったが、普段の素行に加え先ほどの暴挙など、総合的に考え決定した。――これは儂の独断であるが、この措置に対し、異議や異論は一切認めん」

(ああ、ボンクラは陛下の逆鱗に触れてしまったわけね)

「そして、ラタトスクがヴェルダンディ・イスベルグ侯爵令嬢に対し、婚約破棄を宣言していた。しかし、婚約破棄もまた、明日発表の予定であった」

(そうそう。わたしはあのボンクラに捨てられたのではなく、あくまで円満に解消されただけなのよ)

「だがしかし、これだけの面々の前で宣言されてしまった以上、ラタトスクの宣言により二人の婚約が破棄されたとして処理する」
「えっ?」

 思わずウルドの声が漏れた。

(ちょっと陛下! それだとあたしが捨てられたことに……。そんなの嫌よ!)

 内心納得のいかないウルドであったが、大勢の目が向いているこの場で、国王に意見などできるはずもなく、ただ堪えるしかできない。もどかしくもあるが、今はただ耐えるのみであった。

「続いて、ラタトスクとは別件であるが、我が王国の第一王子を紹介する。これも明日がお披露目の予定であったが、本日姿を現してしまったので仕方ない」

 話はコロッと変わり、今度は第一王子の紹介だ。
 既に、満面の笑みを湛えた青年が第一王子であることは、この場にいる者には知られてしまった。それであれば、日を置かずにここで紹介するのが良い、そう国王は判断したようだ。

「知っての通り、第一王子は生まれつき体が弱く、公に姿を表すことができなかった。しかし、徐々に体調も安定し、先刻、療養先であったノルン子爵領から戻ると、随分と健康になっておった。未だ万全とは言えぬが、ここで皆に紹介しよう。――我が王国の第一王子、フレズヴェルクだ」

 ウルドとともに国王から一歩下がった位置にいた第一王子は、名を呼ばれ、国王の隣に並び立った。

「えー、僕が第一王子のフレズヴェルクです。こうして皆の前に姿を現すのに二十二年もかかってしまったけれど、どうにかここに立つことができました。――王子としての公務は厳しいけれど、王国の一員として可能な限り尽力したいと思っているよ。どうぞよろしく」

 最後に特上の笑みを浮かべたフレズヴェルクが、キラリと白い歯を輝かせると、会場中の淑女から黄色い声が飛び交った。

(むむ、何だか分からないけれど、ちょっと嫌な気分だわ)

 今まで公に姿を現さなかった第一王子。その彼を知っているのは、唯一自分だけであったウルドからすると、自分でも知らぬ間に独占欲が芽生えていた。それゆえ、多くの女性がフレクに興味を抱いているこの状況が、ウルドは心底気に入らなかったのだ。

「もう一点」

 未だ歓声が鳴り止まない会場に、国王の低い声が響く。

「ノルン子爵であるヴェルダンディ・イスベルグを、第一王子フレズヴェルクの婚約者とする」
「えっ? ……えええぇぇぇー!」

 一瞬、国王が何を言ったのか分からなかったウルドだが、一度頭の中を空っぽにし、再度国王の言葉を思い浮かべると、驚きのあまり大声を出してしまった。

「ヴェルダンディ嬢、淑女がそんな大声を出すものではないよ」
「で、でもフレズヴェルク様、わ、わたくしが貴方の婚約者と言われたのですよ」
「嫌かい?」
「嫌とかそういうことではなく……」

 一歩後ろにいるウルドに向けて振り返ったフレク。淑女らしからぬ声を上げるどころか、貼り付けた笑顔まで削げ落とした驚愕の表情のウルドに対し、彼は優しく語りかけたのだが、ウルドの動揺は未だに収まらない。

「ヴェルダンディ、一歩前へ」『細かいことは後で説明する』

 国王が小声で付け足した言葉を信じ、ウルドはおずおずと進み出た。

「この二人の婚約は、今この時をもって正式に成立した」

 正式な発表がなされると、会場は大きく盛り上がる。
 笑顔がデフォのフレクは、いつもの笑顔で呑気に手を振っているが、ウルドは無理やり愛想笑いを浮かべるのが精一杯で、手を振る余裕など全くなかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「さて陛下、説明をお願いできますでしょうか」

 会場を出た国王劇団一行は、雛壇の裏にある王族の控室に入り、腰を下ろす。
 国王をテーブルの向こうに、ウルドはフレクと同じソファーに横並びで座っているのだが、彼女はドキドキすることすら忘れて、いきなり国王に食って掛かった。

「まあ落ち着け」
「これが落ち着いていられますか!」

 もはや淑女らしさも、ましてや国王に対する礼儀さえ忘れた態度でウルドは息巻く。
 しかし国王は、そんなウルドをなだめるでもなく、「よいから聞け」と言って語りだしてしまった。

 元の段取りでは、明日の夜会で第二王子との婚約を解消し、その後、ウルドは帝国の皇太子と婚約する旨を発表する予定で、ウルドも把握していることだ。
 しかし第二王子の暴走で、ウルドは一方的に婚約を破棄された。これには頭を抱えたくなったが、悪いことばかりではなく、むしろ『使える』と国王は判断した。

 ――何が使えるのか?

 それは、ウルドが婚約を一方的に破棄される人間となったからだ。
 一般的に、婚約破棄を宣言されるような者は、何かしら問題があるとされている。
 実際のウルドに落ち度はないものの、婚約破棄を言い渡されたのだから、世間では問題がある人間だと認識する。
 それを前提に考えると、そのような問題のある者を、他国の王族、しかも帝国の皇太子の婚約者にするなど大問題だ。であれば、今回の婚約は白紙にする。
 というのが、国王の脳内で即座に描かれた。

「しかし陛下、帝国との約束を反故にしてしまってよろしいのですか? それに、わたくしの決意はどうなるのですか?!」

 ウルドは先日、第二王子との婚約を破棄した後、皇太子との婚約を結ぶと国王に告げられ、そのことで頭を下げられたのだ。
 内容的にも王国の一大事であったことを考え、納得できないまでも、あのウルドが腹を括って、お国のために身を差し出す覚悟を決めていた。それにも拘らず、国王はその話を反故にしようとしているのだ、ウルドの決意を無にした国王に、ご立腹なのも仕方ないだろう。

「あれはあくまで、こちらとしてその方法を選ぶと決めていただけで、正式にはまだ決定しておらん」
「えっ、そうなのですか? ですが――」
「まぁ聞け。帝国の皇太子は、ヴェルダンディの幸せを第一に考えておる。そのために自分が娶ると言っておるが、それは最終手段だ。皇太子はヴェルダンディの相手が自分ででなくとも、お前が幸せになれる道があるのであれば、文句は言わない」

(それでいいのかなぁ~)

「そして、まだ完調ではないが、フレズヴェルクが戻ってきた。であれば、我が王国内の、ひいては王族の犯した不祥事を、同じ王族であるフレズヴェルクが尻拭いをする。これなら先方もひとまずは聞き入れるであろう」
「いや、僕はまだまだ静養が必要な状態なんだけどね、陛下からヴェルダンディ嬢の話を聞いて、いても立ってもいられず、無理やり戻ってきたんだ」

 実は、と言ってフレズヴェルクは顔を拭くと、見慣れた青白い顔色をしていた。
 どうやら、顔色を誤魔化すために白粉を塗っていたようだ。

(不健康な青白い顔を、健康な顔色に見せるために白粉を使う人を初めて見たわ)

 ウルドはどうでも良い部分に反応していた。

「ヴェルダンディがフレズヴェルクに嫁ぐことが、お前の幸せになるか分からんが、儂としてはどうしてもお前の血を王族に残したい。――きっと、フレズヴェルクが国王の務めを果たせるほど健康になることはないだろう。しかし、例えフレズヴェルクが国王にならずとも、二人の子には王位継承権が発生する。それだけでも儂はどうにかしたい。ヴェルダンディを帝国に渡すのは我慢ならんのだ」

(国王が望んでいるのは、あたしが入る前のヴェルダンディのはず。今のあたしはヴェルダンディ程優れていない。だから、真実を打ち明けて――)

「陛下の考えとは別に、僕の考え……いや、想いもあるんだ」

 ウルドが自身の秘密を打ち明けるか悩んでいると、フレクが口を挟んできた。

「実を言うと、僕はヴェルダンディ嬢に一目惚れしていたんだ」
「えっ」
「面と向かっていうのは、恥ずかしいな」

 フレクが見せるいつもの笑顔とは違う、照れを含んだようなハニカミ笑いを目にしたウルドは、胸がドクンっと跳ねのを感じた。

(また胸がドキドキしている……。何なのこれは?)

 首を右に向けるとフレクと目が合ってしまうため、ウルドは俯いてしまう。
 そんなウルドに対し、フレクはお構いなしに言葉を紡いだ。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り
恋愛
第18回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。応援してくださりありがとうございました!  王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。  ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。 『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。  ならばと、シャルロットは別居を始める。 『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。  夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。  それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。

処理中です...