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第二章 王都金策編
第六話 世間とのズレ
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クラーマーとの遣り取りが終り、昼食の前には換金が終ったヘニングが魔道具袋を片手に戻ってきた。
今回は応接室ではなく、クラーマーの執務室らしき部屋である。
「大変お待たせいたしました」
「こちらこそ、大変なお仕事を頼んでしまい申し訳ありませんでした。そして、お疲れ様でしたヘニングさん」
ヘニングは持ち帰った魔道具袋と小さな木簡をクラーマーに渡すと、俺に頭を下げた。
「ブリッツェン様、換金は予想より高く、何と四十万足らずといったところです。正式には――」
「それなら、四十万の三割である十二万と多分端数があるだろうから、え~と~……、この石板と石筆をお借りしても?」
「……あっ、どうぞどうぞ」
「では失礼して、――私は二十五万で結構です。多分、クラーマーさんの儲けはそのままに冒険者への支払いの穴は埋められると思います」
四十万足らずであれば、最低でも三十八万はあるだろうと想定し、三十八万からざっくり十二万を引いた二十六万。冒険者に一万フェンを払っているだろうからそれを肩代わりして、俺は切り良く二十五万を貰うのだ。
この計算を石板に書いてちょちょっと計算してみた。流石に、頭の中だけでの暗算で済ませられる知能は俺にはない。
「「――――」」
「お二人とも、どうかしましたか?」
「ブリッツェン様! その計算はどのようになさったのですか?!」
なぜか唖然としているクラーマーとヘニングに声をかけると、物凄い剣幕でクラーマーに両肩を掴まれ、前後にグワングワンと揺すられてしまった。
「……お、落ち着いて下さい会頭」
やっと起動したヘニングが、慌ててクラーマーを止めてくれた。
「はっ! 申し訳ございませんブリッツェン様」
我に返ったクラーマーが、『やってしまった』と言わんばかりの、何だかバツの悪そうな表情で頭を下げた。
「い、いえ、お気になさらず」
「商人として、ブリッツェン様の計算の早さは見過ごす……いいえ、好奇心を抑えることがどうにもできませんでした」
「そうなのですか」
クラーマーの眼光を鋭く思ったことがあっても、いつも笑顔で薄っすらとしか瞳が見えないので、今はビックリする程見開かれたその目の眼力の強さに俺は圧倒されてしまった。
「この老骨も、ブリッツェン様の神業的な計算にただただ脱帽でございます」
「はぁ~、ありがとうございます」
いつもは執事然としたヘニングも、何だか落ち着かない様子でこのようなことを言ってくるので、俺は取り敢えずお礼を言ってしまった。
「え~と~、気になるようでしたら、後で教えますよ」
「よろしいのですかブリッツェン様」
「私めにも是非ご教示願いたく存じます」
「――――」
教えないといけない気がしたので、何となく教えると言ってみたのだが、ドン引きするくらい二人が食い付いてきたので今度は俺が唖然としてしまった。
「取り敢えず、私の言った金額でよろしいですか?」
「そ、そうですね。ブリッツェン様の計算を疑っているわけではございませんが、商人として自分で計算する必要があります。少々お待ちいただけますでしょうか?」
「ヘニング、ブリッツェン様にお茶のご用意を」
「畏まりました」
ヘニングはさっと茶の準備をし、そっと俺の前に出してくれた。
俺はその茶を口にしながら、執務机で計算をしているクラーマーをぼけっと眺めていた。
ちなみに、アンゲラはどうしても料理が手伝いたいらしく、フェリシアとエドワルダと一緒に厨房に入っている。
手伝おうと思ったのに、フェリシアとエドワルダに料理をさせる羽目になってしまったとアンゲラは気まずそうにしていたが、エドワルダがちょくちょく料理の勉強をしていると聞いて、そっと胸を撫で下ろしていた。
俺もその胸を撫で下ろしたい……、物理的に。
「あっそうだ! ヘニングさん、少し大きめの木簡はありますか?」
くだらないことを考えていた俺が、不意に思い付いたことがあり、ヘニングに声をかけた。
「札型では無い板型でよろしいのですか?」
「そうですね」
「では、ご用意いたします」
この世界の木簡は、短冊の様な札型と呼ばれる物は保存用に使ったりする物で、時間の経過で歪んでしまうが適当にメモとしてあちこち適当に書き込む正方形に近い板型の二種類がある。
俺はクラーマー達に計算を教える前に、日本の小学生なら誰もが習う『掛け算九九』を暗記してもらうため、九九の早見表を作ろうと思った。
「これでよろしいですか?」
「はい、ありがとうございます」
程なくして板型の木簡をヘニングから預かった俺は、ここで作業をしてもすぐには完成しないとわかっているので、取り敢えず預かるだけにした。
それから少しまったりしていると、いつもどおりの笑顔に戻ったクラーマーが執務机から離れ、俺の座っている席の机越しの席に腰を下ろした。
「大変お待たせいたしました」
「いえいえ」
「いやぁ~素晴らしい。実数が違いますので正式な数字は若干異なりますが、ブリッツェン様に二十七万強、私に十二万弱となっておりました。しかし、ブリッツェン様が二十五万とすると冒険者に支払いをしても私に十三万となり、冒険者に支払った金額の穴を埋められた上に私の儲けも増えている数字になっておりました。あの短時間でこの数字が計算できるとは、実に素晴らしいです」
「それは何より」
何が『それは何より』なのかわからんが、俺は義務教育の成果を発揮しただけなので、なんとも返事のし辛いクラーマーの反応に対しあやふやな言葉しか出せなかった。
「おや、その木簡は?」
「ああ、クラーマーさん達に計算を教える前に少し準備が必要でして、そのための材料に使わせていただきます」
「我々のためにわざわざありがとうございます」
「お気になさらず。それでは、今回の換金は無事に終了ですかね」
「そうですね。ブリッツェン様のお陰で儲けさせていただきました。ありがとうございます」
「こちらのお願いを聞いていただいたのですから、お礼を言うのは私の方です。ありがとうございました」
お礼を言い合うなど、何とも日本人っぽいな、などと思ってしまう遣り取りだった。
「一応、換金後の価格も確認したのですが、やはり下がってしまいました。ですが、今回はかなり高騰しておりましたので今回の価格に戻ることはないと思いますが、それなりの金額まで戻るのはそう時間はかからないようです」
「ありがとうございますヘニングさん。数日後にもう一度お願いする予定のままで大丈夫そうですね」
「はい、大丈夫かと」
このまま換金できればかなりの資金を手に入るから、冒険者学校に通う前にかなり良い装備が買えそうだな。そうだ、せっかくだからクラーマーにお願いしてみようか。……いや、何でもおんぶに抱っこではいけないな。装備は王都で買うにしても、少しは自分で何とかしてみよう。
「ではブリッツェン様、こちらが今回換金した硬貨です。ブリッツェン様は金貨二十五枚で良いと仰りましたが、冒険者への支払い分と端数は有り難く頂戴して、金貨二十六枚となっております」
「クラーマーさんは金貨十二枚以上受け取れてますか?」
「はい、それを受け取らないとブリッツェン様からお叱りを受けてしまいそうなのでしっかり頂いております。では、ご確認を」
「クラーマーさんが誤魔化すことはないと思っていますので、確認はしません」
「よろしいのですか?」
「はい」
信用しているのは確かだが、こんな些事でも俺がクラーマーを信用している証になればと思ったのだ。
それにしても、金貨二十六枚か。日本円にして二百六十万円。これを二十回ってことは約五千万円だよ。十一歳の子どもがこんな稼げるとはね。
クラーマーさんも最終的には二千五百万円くらいの儲けになるし、何とも恐ろしいな。
「ブリッツェン様、ご都合が悪いのでしたらお答え頂かなくて結構なのですが、素材はブリッツェン様がお一人で狩ったのでしょうか?」
「え~と、修行の過程で倒してしまった獣を保管していた結果ですね。勿論、必要のない殺生はしたくありませんでしたので、冒険者になったら換金する予定でした。――それにしても、冒険者になったらすぐに金持ちになれそうです。私は旅がしたくて冒険者を目指しましたが、冒険者って収入を得るにはすごく良い商売に思えてきましたよ」
俺はついそんなことを言ってしまった。
「ブリッツェン様、普通は単独でクマを倒したり簡単にできません。その実力があれば伏魔殿に入って魔物を狩り、逆に実力のない者であれば数人で組んでクマを討伐します。そして、魔道具袋を持っている者などほぼおりませんので、クマを一頭倒したら運搬して一日が終わってしまうでしょう。それはクマ以外の大型動物でもあまり変わりません。更に、換金した報酬は皆と分け合いますので、一人一人の収入は個人で全てを受け取れるブリッツェン様に比べて少なくなります」
「あっ……」
言われてみればそうだ。
「お気づきになられましたか? ブリッツェン様は類稀な戦闘力と魔道具袋をお持ちですので、簡単に稼げるとお思いになったのでしょう。ですが、普通の冒険者ではそう簡単にはいきません」
「そうですね。少々気分が高揚しており、思考が短絡的になったいたようです」
どうやら俺は、自分の境遇が魔法によって優れている事実を忘れ、皆が皆この条件であると錯覚してしまっていた。
そう、隠さなければならない魔法による恩恵を、俺は当たり前の常識のように思ってしまってる。そこに世間とのズレがあるのを忘れて……。
――コンコンコン
俺が一人反省会を脳内で行っていると、執務室の扉がノックされた。
ヘニングが確認すると、昼食の用意ができたとの知らせだった。
「今日の昼食は、姉とフェリシアさん、更にエドワルダも手伝ったようですよ」
「エドワルダも手伝っているのですか……」
一頻り反省した俺は、気持ちを切り替えてクラーマーに話し掛けた。
娘の手料理とか嬉しいのでは、と思ったのだが、クラーマーは苦笑いを浮かべてしまった。
なぜクラーマーが苦笑いなのか、食堂までの道すがら理由を聞いてみると、エドワルダの料理は味自体は可もなく不可もないのだが、食材の切り方などが大雑把で見た目があまり良くなく、何より食べにくいのだそうだ。
味がおかしくないなら問題ないと思うんだけどな。
そんな話している間に食堂に着いた。
「本日の昼食は、アンゲラ様とおまけでエドワルダが作りました。アンゲラ様が作られたお料理は当然問題ありませんが、エドワルダの作ったスープはどうでしょう? 私も見ておりませんので心配ではございますが、多分……大丈夫かと思います」
フェリシアが何か不吉なことを言っている。でも、味が問題ないならきっと大丈夫……だよね?
俺はエドワルダを信じてみることにした。
そして、いよいよ料理が運ばれ、目の前に並べられた。
「スープ?」
思わず言葉が口から漏れてしまった。
「スープ。おいしいよ」
俺の言葉を聴き逃していなかったエドワルダが、相も変わらぬジト目ながらも若干自信がありそうな雰囲気を漂わせて「おいしいよ」と言ってきた。
それにしても、ゴロゴロ野菜がこれでもかと放り込まれた具沢山過ぎのスープは、若干煮汁が多めの煮物のようである。
問題は味だ。不味くなければ問題ない。
覚悟を決めた俺は、エドワルダ特製『煮汁の多い煮物のようなスープ』を口に運んだ。
「おっ、普通に美味しい」
あまり量がないスープを口に入れると、野菜の甘みと大雑把に千切られた干し肉から出る塩気と旨味が絶妙に混ざり合い、恐れるどころか普通に旨いと思える物だった。
「野菜もゴロゴロしていて一つ一つが大きいけれど、しっかり煮込んだのかな? 芯が残るどころか中までしっかりホクホクだし、むしろ味が染み込んでる」
確かに見た目には驚かされたが、味は問題ないを超えて普通に旨い。
「うん、今日のは当たりのようだな」
「そうね」
クラーマー夫妻はほっと胸を撫で下ろしていた。
作ったエドワルダだが、「おいしいよって言った」、と軽く不貞腐れているようだが、表情がいつもどおりなのでよくわからない。
「アンゲラ様がお作りになられたキジは、絶妙な焼き加減でとても美味しいですな」
「ありがとうございますクラーマーさん。きっと素材が良いからでしょうね」
アンゲラが作ったのはキジのソテーだ。
キジは淡白ではあるが鶏より肉質が固いのだが、どう調理しているのか俺にはわからないが、アンゲラにソテーされたキジはなぜか身が柔らかいので不思議に思っている。それをアンゲラは、俺が提供したキジが良かったからだと暗に言っているのだが、素材が良いだけでここまで柔らかくなるとは思えない。
他にも数品の料理があるのだが、フェリシアが調理した物は出されていない。
「あれ? フェリシアさんも何か作ったのでは?」
「私はイノシシの煮込みを作っていたのですが、久しぶりに良いイノシシが手に入ったので、できるだけじっくり煮込みたく思い夕食用としました。ですが、一応このサラダは私が作ったものですよ」
「そうだったのですね。今から夕食が楽しみです」
イノシシの煮込みかー。ワインで煮たヤツかな?
嫌いな食材でない限り、俺は大体の物がお美味しいと思える。ただ、この世界では味噌や醤油がないので少々調味料と言うか味付けに物足りなさを感じても、何だかんだ食事には満足している。そして、時間をかければ美味くなるわけではないのだろうが、手間暇かけた料理が食べられるとなると自然と期待してしまう。
「いやー、エドワルダの料理を食べる前は警戒していたけど、食べてみたら美味しかったから結果的に大満足だったよ」
「また今度、ブリっちにおいしいの、食べさせてあげる」
「期待してるよ」
「約束」
とはいえ、大雑把であったのは確かだし、フェリシアがエドワルダにお淑やかであって欲しいと思ったり、クラーマーが王立上流学院で所作などを身に付けさせたい気持ちは、エドワルダの料理を見たら何となく納得できた。
「エドワルダ、稽古は明日から付き合うから、今日の午後は王都を案内してくれないかな? 姉さんの買い物をしたいんだ」
「ん」
「それでしたら、大体の物は揃えてありますが」
「ありがとうございますクラーマーさん。でも、本人でないとわからない物などあるかもしれませんし、姉に王都を少しでも知って貰うことと、私自身が王都を見て回りたいので」
「そうですね。これは失礼いたしました」
俺が使う装備などを見たいことはクラーマーさんに言わないでおきたいし。
「しかし、それですとエドワルダだけでは少々心許ないので、アルフレードも一緒に行かせましょう。――いいな、アルフレード」
「はい。お任せ下さい
「商会の手伝いはよろしいのですか?」
「まもなく学院が始まりますので、ブリッツェン様が王都にいる間はアルフレードの手伝いはなくします」
「何だかすみません」
「いいえ、アルフレードもブリッツェン様から学べることもあるでしょう」
うむ、エドワルダにお願いしたはずが、いつの間にかクラーマーさんとの会話になってしまった。まぁ、いいか。
というわけで、午後は王都探索となった。
今回は応接室ではなく、クラーマーの執務室らしき部屋である。
「大変お待たせいたしました」
「こちらこそ、大変なお仕事を頼んでしまい申し訳ありませんでした。そして、お疲れ様でしたヘニングさん」
ヘニングは持ち帰った魔道具袋と小さな木簡をクラーマーに渡すと、俺に頭を下げた。
「ブリッツェン様、換金は予想より高く、何と四十万足らずといったところです。正式には――」
「それなら、四十万の三割である十二万と多分端数があるだろうから、え~と~……、この石板と石筆をお借りしても?」
「……あっ、どうぞどうぞ」
「では失礼して、――私は二十五万で結構です。多分、クラーマーさんの儲けはそのままに冒険者への支払いの穴は埋められると思います」
四十万足らずであれば、最低でも三十八万はあるだろうと想定し、三十八万からざっくり十二万を引いた二十六万。冒険者に一万フェンを払っているだろうからそれを肩代わりして、俺は切り良く二十五万を貰うのだ。
この計算を石板に書いてちょちょっと計算してみた。流石に、頭の中だけでの暗算で済ませられる知能は俺にはない。
「「――――」」
「お二人とも、どうかしましたか?」
「ブリッツェン様! その計算はどのようになさったのですか?!」
なぜか唖然としているクラーマーとヘニングに声をかけると、物凄い剣幕でクラーマーに両肩を掴まれ、前後にグワングワンと揺すられてしまった。
「……お、落ち着いて下さい会頭」
やっと起動したヘニングが、慌ててクラーマーを止めてくれた。
「はっ! 申し訳ございませんブリッツェン様」
我に返ったクラーマーが、『やってしまった』と言わんばかりの、何だかバツの悪そうな表情で頭を下げた。
「い、いえ、お気になさらず」
「商人として、ブリッツェン様の計算の早さは見過ごす……いいえ、好奇心を抑えることがどうにもできませんでした」
「そうなのですか」
クラーマーの眼光を鋭く思ったことがあっても、いつも笑顔で薄っすらとしか瞳が見えないので、今はビックリする程見開かれたその目の眼力の強さに俺は圧倒されてしまった。
「この老骨も、ブリッツェン様の神業的な計算にただただ脱帽でございます」
「はぁ~、ありがとうございます」
いつもは執事然としたヘニングも、何だか落ち着かない様子でこのようなことを言ってくるので、俺は取り敢えずお礼を言ってしまった。
「え~と~、気になるようでしたら、後で教えますよ」
「よろしいのですかブリッツェン様」
「私めにも是非ご教示願いたく存じます」
「――――」
教えないといけない気がしたので、何となく教えると言ってみたのだが、ドン引きするくらい二人が食い付いてきたので今度は俺が唖然としてしまった。
「取り敢えず、私の言った金額でよろしいですか?」
「そ、そうですね。ブリッツェン様の計算を疑っているわけではございませんが、商人として自分で計算する必要があります。少々お待ちいただけますでしょうか?」
「ヘニング、ブリッツェン様にお茶のご用意を」
「畏まりました」
ヘニングはさっと茶の準備をし、そっと俺の前に出してくれた。
俺はその茶を口にしながら、執務机で計算をしているクラーマーをぼけっと眺めていた。
ちなみに、アンゲラはどうしても料理が手伝いたいらしく、フェリシアとエドワルダと一緒に厨房に入っている。
手伝おうと思ったのに、フェリシアとエドワルダに料理をさせる羽目になってしまったとアンゲラは気まずそうにしていたが、エドワルダがちょくちょく料理の勉強をしていると聞いて、そっと胸を撫で下ろしていた。
俺もその胸を撫で下ろしたい……、物理的に。
「あっそうだ! ヘニングさん、少し大きめの木簡はありますか?」
くだらないことを考えていた俺が、不意に思い付いたことがあり、ヘニングに声をかけた。
「札型では無い板型でよろしいのですか?」
「そうですね」
「では、ご用意いたします」
この世界の木簡は、短冊の様な札型と呼ばれる物は保存用に使ったりする物で、時間の経過で歪んでしまうが適当にメモとしてあちこち適当に書き込む正方形に近い板型の二種類がある。
俺はクラーマー達に計算を教える前に、日本の小学生なら誰もが習う『掛け算九九』を暗記してもらうため、九九の早見表を作ろうと思った。
「これでよろしいですか?」
「はい、ありがとうございます」
程なくして板型の木簡をヘニングから預かった俺は、ここで作業をしてもすぐには完成しないとわかっているので、取り敢えず預かるだけにした。
それから少しまったりしていると、いつもどおりの笑顔に戻ったクラーマーが執務机から離れ、俺の座っている席の机越しの席に腰を下ろした。
「大変お待たせいたしました」
「いえいえ」
「いやぁ~素晴らしい。実数が違いますので正式な数字は若干異なりますが、ブリッツェン様に二十七万強、私に十二万弱となっておりました。しかし、ブリッツェン様が二十五万とすると冒険者に支払いをしても私に十三万となり、冒険者に支払った金額の穴を埋められた上に私の儲けも増えている数字になっておりました。あの短時間でこの数字が計算できるとは、実に素晴らしいです」
「それは何より」
何が『それは何より』なのかわからんが、俺は義務教育の成果を発揮しただけなので、なんとも返事のし辛いクラーマーの反応に対しあやふやな言葉しか出せなかった。
「おや、その木簡は?」
「ああ、クラーマーさん達に計算を教える前に少し準備が必要でして、そのための材料に使わせていただきます」
「我々のためにわざわざありがとうございます」
「お気になさらず。それでは、今回の換金は無事に終了ですかね」
「そうですね。ブリッツェン様のお陰で儲けさせていただきました。ありがとうございます」
「こちらのお願いを聞いていただいたのですから、お礼を言うのは私の方です。ありがとうございました」
お礼を言い合うなど、何とも日本人っぽいな、などと思ってしまう遣り取りだった。
「一応、換金後の価格も確認したのですが、やはり下がってしまいました。ですが、今回はかなり高騰しておりましたので今回の価格に戻ることはないと思いますが、それなりの金額まで戻るのはそう時間はかからないようです」
「ありがとうございますヘニングさん。数日後にもう一度お願いする予定のままで大丈夫そうですね」
「はい、大丈夫かと」
このまま換金できればかなりの資金を手に入るから、冒険者学校に通う前にかなり良い装備が買えそうだな。そうだ、せっかくだからクラーマーにお願いしてみようか。……いや、何でもおんぶに抱っこではいけないな。装備は王都で買うにしても、少しは自分で何とかしてみよう。
「ではブリッツェン様、こちらが今回換金した硬貨です。ブリッツェン様は金貨二十五枚で良いと仰りましたが、冒険者への支払い分と端数は有り難く頂戴して、金貨二十六枚となっております」
「クラーマーさんは金貨十二枚以上受け取れてますか?」
「はい、それを受け取らないとブリッツェン様からお叱りを受けてしまいそうなのでしっかり頂いております。では、ご確認を」
「クラーマーさんが誤魔化すことはないと思っていますので、確認はしません」
「よろしいのですか?」
「はい」
信用しているのは確かだが、こんな些事でも俺がクラーマーを信用している証になればと思ったのだ。
それにしても、金貨二十六枚か。日本円にして二百六十万円。これを二十回ってことは約五千万円だよ。十一歳の子どもがこんな稼げるとはね。
クラーマーさんも最終的には二千五百万円くらいの儲けになるし、何とも恐ろしいな。
「ブリッツェン様、ご都合が悪いのでしたらお答え頂かなくて結構なのですが、素材はブリッツェン様がお一人で狩ったのでしょうか?」
「え~と、修行の過程で倒してしまった獣を保管していた結果ですね。勿論、必要のない殺生はしたくありませんでしたので、冒険者になったら換金する予定でした。――それにしても、冒険者になったらすぐに金持ちになれそうです。私は旅がしたくて冒険者を目指しましたが、冒険者って収入を得るにはすごく良い商売に思えてきましたよ」
俺はついそんなことを言ってしまった。
「ブリッツェン様、普通は単独でクマを倒したり簡単にできません。その実力があれば伏魔殿に入って魔物を狩り、逆に実力のない者であれば数人で組んでクマを討伐します。そして、魔道具袋を持っている者などほぼおりませんので、クマを一頭倒したら運搬して一日が終わってしまうでしょう。それはクマ以外の大型動物でもあまり変わりません。更に、換金した報酬は皆と分け合いますので、一人一人の収入は個人で全てを受け取れるブリッツェン様に比べて少なくなります」
「あっ……」
言われてみればそうだ。
「お気づきになられましたか? ブリッツェン様は類稀な戦闘力と魔道具袋をお持ちですので、簡単に稼げるとお思いになったのでしょう。ですが、普通の冒険者ではそう簡単にはいきません」
「そうですね。少々気分が高揚しており、思考が短絡的になったいたようです」
どうやら俺は、自分の境遇が魔法によって優れている事実を忘れ、皆が皆この条件であると錯覚してしまっていた。
そう、隠さなければならない魔法による恩恵を、俺は当たり前の常識のように思ってしまってる。そこに世間とのズレがあるのを忘れて……。
――コンコンコン
俺が一人反省会を脳内で行っていると、執務室の扉がノックされた。
ヘニングが確認すると、昼食の用意ができたとの知らせだった。
「今日の昼食は、姉とフェリシアさん、更にエドワルダも手伝ったようですよ」
「エドワルダも手伝っているのですか……」
一頻り反省した俺は、気持ちを切り替えてクラーマーに話し掛けた。
娘の手料理とか嬉しいのでは、と思ったのだが、クラーマーは苦笑いを浮かべてしまった。
なぜクラーマーが苦笑いなのか、食堂までの道すがら理由を聞いてみると、エドワルダの料理は味自体は可もなく不可もないのだが、食材の切り方などが大雑把で見た目があまり良くなく、何より食べにくいのだそうだ。
味がおかしくないなら問題ないと思うんだけどな。
そんな話している間に食堂に着いた。
「本日の昼食は、アンゲラ様とおまけでエドワルダが作りました。アンゲラ様が作られたお料理は当然問題ありませんが、エドワルダの作ったスープはどうでしょう? 私も見ておりませんので心配ではございますが、多分……大丈夫かと思います」
フェリシアが何か不吉なことを言っている。でも、味が問題ないならきっと大丈夫……だよね?
俺はエドワルダを信じてみることにした。
そして、いよいよ料理が運ばれ、目の前に並べられた。
「スープ?」
思わず言葉が口から漏れてしまった。
「スープ。おいしいよ」
俺の言葉を聴き逃していなかったエドワルダが、相も変わらぬジト目ながらも若干自信がありそうな雰囲気を漂わせて「おいしいよ」と言ってきた。
それにしても、ゴロゴロ野菜がこれでもかと放り込まれた具沢山過ぎのスープは、若干煮汁が多めの煮物のようである。
問題は味だ。不味くなければ問題ない。
覚悟を決めた俺は、エドワルダ特製『煮汁の多い煮物のようなスープ』を口に運んだ。
「おっ、普通に美味しい」
あまり量がないスープを口に入れると、野菜の甘みと大雑把に千切られた干し肉から出る塩気と旨味が絶妙に混ざり合い、恐れるどころか普通に旨いと思える物だった。
「野菜もゴロゴロしていて一つ一つが大きいけれど、しっかり煮込んだのかな? 芯が残るどころか中までしっかりホクホクだし、むしろ味が染み込んでる」
確かに見た目には驚かされたが、味は問題ないを超えて普通に旨い。
「うん、今日のは当たりのようだな」
「そうね」
クラーマー夫妻はほっと胸を撫で下ろしていた。
作ったエドワルダだが、「おいしいよって言った」、と軽く不貞腐れているようだが、表情がいつもどおりなのでよくわからない。
「アンゲラ様がお作りになられたキジは、絶妙な焼き加減でとても美味しいですな」
「ありがとうございますクラーマーさん。きっと素材が良いからでしょうね」
アンゲラが作ったのはキジのソテーだ。
キジは淡白ではあるが鶏より肉質が固いのだが、どう調理しているのか俺にはわからないが、アンゲラにソテーされたキジはなぜか身が柔らかいので不思議に思っている。それをアンゲラは、俺が提供したキジが良かったからだと暗に言っているのだが、素材が良いだけでここまで柔らかくなるとは思えない。
他にも数品の料理があるのだが、フェリシアが調理した物は出されていない。
「あれ? フェリシアさんも何か作ったのでは?」
「私はイノシシの煮込みを作っていたのですが、久しぶりに良いイノシシが手に入ったので、できるだけじっくり煮込みたく思い夕食用としました。ですが、一応このサラダは私が作ったものですよ」
「そうだったのですね。今から夕食が楽しみです」
イノシシの煮込みかー。ワインで煮たヤツかな?
嫌いな食材でない限り、俺は大体の物がお美味しいと思える。ただ、この世界では味噌や醤油がないので少々調味料と言うか味付けに物足りなさを感じても、何だかんだ食事には満足している。そして、時間をかければ美味くなるわけではないのだろうが、手間暇かけた料理が食べられるとなると自然と期待してしまう。
「いやー、エドワルダの料理を食べる前は警戒していたけど、食べてみたら美味しかったから結果的に大満足だったよ」
「また今度、ブリっちにおいしいの、食べさせてあげる」
「期待してるよ」
「約束」
とはいえ、大雑把であったのは確かだし、フェリシアがエドワルダにお淑やかであって欲しいと思ったり、クラーマーが王立上流学院で所作などを身に付けさせたい気持ちは、エドワルダの料理を見たら何となく納得できた。
「エドワルダ、稽古は明日から付き合うから、今日の午後は王都を案内してくれないかな? 姉さんの買い物をしたいんだ」
「ん」
「それでしたら、大体の物は揃えてありますが」
「ありがとうございますクラーマーさん。でも、本人でないとわからない物などあるかもしれませんし、姉に王都を少しでも知って貰うことと、私自身が王都を見て回りたいので」
「そうですね。これは失礼いたしました」
俺が使う装備などを見たいことはクラーマーさんに言わないでおきたいし。
「しかし、それですとエドワルダだけでは少々心許ないので、アルフレードも一緒に行かせましょう。――いいな、アルフレード」
「はい。お任せ下さい
「商会の手伝いはよろしいのですか?」
「まもなく学院が始まりますので、ブリッツェン様が王都にいる間はアルフレードの手伝いはなくします」
「何だかすみません」
「いいえ、アルフレードもブリッツェン様から学べることもあるでしょう」
うむ、エドワルダにお願いしたはずが、いつの間にかクラーマーさんとの会話になってしまった。まぁ、いいか。
というわけで、午後は王都探索となった。
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評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
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疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
剣ぺろ伝説〜悪役貴族に転生してしまったが別にどうでもいい〜
みっちゃん
ファンタジー
俺こと「天城剣介」は22歳の日に交通事故で死んでしまった。
…しかし目を覚ますと、俺は知らない女性に抱っこされていた!
「元気に育ってねぇクロウ」
(…クロウ…ってまさか!?)
そうここは自分がやっていた恋愛RPGゲーム
「ラグナロク•オリジン」と言う学園と世界を舞台にした超大型シナリオゲームだ
そんな世界に転生して真っ先に気がついたのは"クロウ"と言う名前、そう彼こそ主人公の攻略対象の女性を付け狙う、ゲーム史上最も嫌われている悪役貴族、それが
「クロウ•チューリア」だ
ありとあらゆる人々のヘイトを貯める行動をして最後には全てに裏切られてザマァをされ、辺境に捨てられて惨めな日々を送る羽目になる、そう言う運命なのだが、彼は思う
運命を変えて仕舞えば物語は大きく変わる
"バタフライ効果"と言う事を思い出し彼は誓う
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その為に彼がまず行うのはこのゲーム唯一の「バグ技」…"剣ぺろ"だ
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この物語は
剣ぺろバグを使い優雅なスローライフを目指そうと奮闘する悪役貴族の物語
(自分は学園編のみ登場してそこからは全く登場しない、ならそれ以降はのんびりと暮らせば良いんだ!)
しかしこれがフラグになる事を彼はまだ知らない
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