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第二章 王都金策編
第七話 アルフレードの夢
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「ブリっち、ここ、生活雑貨売ってる。可愛いの、ある」
「エドワルダも可愛い物とか興味あるの?」
「ブリっち、それは失礼」
「ごめんごめん」
王都の街に繰り出した俺達一行は、観光より先にすべきことを済ませてしまおうと、アンゲラの生活用品を買うためにエドワルダお薦めの店に来ていた。
「『聖女様』この石鹸の香り、お勧め」
「エドワルダちゃん、私のことはアンゲラと呼んでくれて良いのですよ」
「『聖女様』は『聖女様』」
エドワルダに何故か『聖女様』と呼ばれているアンゲラは、笑顔にいつものキレがないので少々困惑しているのが見て取れる。
「取り敢えず、クラーマーさんが家具とかの大きい物からそれなりに細かい物まで用意してくれてたみたいだから、本当の小物や趣味趣向で選ぶ物くらいの買い物で済むんだ。姉さんは石鹸とか気に入った物を選ぶと良いよ」
「でも、石鹸は高いのに良い香りの物ではもっと高いわよ」
「姉さん、お金の心配はしなくて良いって言ったでしょ」
「でも~……」
「いいからいいから。――エドワルダ、他にも良い物があったら姉さんに教えてあげてね」
「分かった」
夜の寝台では甘えてくるアンゲラも、普段は俺に甘えない人だ。だったら俺が強引に買わせるしかないのである。
ちなみに、甘えてくると言っても俺が抱きまくらになるだけだ。
何だかんだ遠慮するアンゲラに対し、ガツガツお勧めを教えてくれるエドワルダのお陰で、買い物は順調に進んだ。
そして、衣服の購入へと向かったのだが、試着などがある関係で俺とアルフレードが店内を彷徨くのは拙いと思い、お金をエドワルダに預けて俺たちは近くの公園で待つことにした。
お金をエドワルダに預けた理由は、アンゲラだと買わないだろうと思い、エドワルダに強引にでも購入させるためだ。
「ブリッツェン様」
「何でしょう?」
「アンゲラ様はとてもお美しい方ですね」
「はい、自慢の姉です」
俺に話し掛けながらも、どこかぽ~っとした表情で、見えない何かを見つめているアルフレードがアンゲラを褒めてくれた。
弟の俺が惚れてしまうくらい姉さんは超絶癒し系美少女だからな。アルフレードも姉さんの虜になってしまったのだろう。わかる、わかるぞその気持ち。だが、姉さんはやらん! なぜかって? アルフレードは男の俺からみてもイケメンだ。そんなアルフレードが姉さんと並んでいるのを想像してみろ! 美男美女のカップルとか……普通に許せん!
非リア充歴三十五年だった俺の心は非常に狭いのであった。
「そういえば、アルフレードは今年で学院を卒業するのですよね?」
「……え? 何でしょうかブリッツェン様?」
「……アルフレードは学院を卒業したら実家で商人をやるのですか?」
「一応、僕は跡取り息子ですからね、その予定ですよ。ただ、最初は王都の店舗ではなく、各地を回る商隊からになると思います」
確か、クラーマーさんも会頭なのに自分でキーファシュタットまで来ていたし、昔は商隊として各地を回っていたと言ったいたな。アルフレードも若い内は商隊で経験を積むのかな?。
それにしても、アルフレードの表情はいつもどおりの笑顔に見えるけど、何だかその笑顔が弱々しいな。
「アルフレードは将来の夢などありますか?」
「父は一代で商会をここまで大きくしたので、僕は更に大きくしたいと思っています。……と言うのは表向きで、実は内政官になりたいのです」
「内政官?」
「はい、宮廷での国政に関わる仕事です。ああ、厳密に言いますと仕事場は宮廷とは限りませんが、宮廷に本部を置く国政に係る仕事ですね」
夢はあるけど跡取り息子だから、その夢は叶えられないのかー。身分制度がある世界だからな。なりたい職業、やりたい仕事を目指すのも儘ならないのだろう。
「それならカールに跡を継いでもらっては?」
「カールは父のような立派な商人になりたいと言っていますが、まだ子供ですからね、押し付けるわけにはいきません。ただ、もし機会があれば、その時は父に言ってみようとは思ってます』
「機会はありそうですか?」
「学院を上位の成績で卒業すると、平民でも取り立てて貰える場合があるのです」
ん? 平民でも?
「平民は、アルフレードの言う内政官になれないのですか?」
「内政官は宮中職と呼ばれ、領地を持たぬ法衣貴族が多く勤めているのです。更に、貴族の嫡男以外の貴族ですね。彼らは自身が貴族でも子孫は貴族でなくなってしまいますし、代替わりがあれば自身もその時点で貴族ではなくなってしまいます。なので、法衣貴族の次男以降は法衣貴族を目指し宮中勤めをするのです。そこに平民の入る余地などないのですが、学院を上位の成績で卒業した場合にのみ、平民が内政官になれる唯一の機会が生まれるのです」
内政官が国政に係る仕事なら、その仕事は貴族だけってことなんだろうな。でも、極一部とはいえ有能な平民を取り立てるなんて、貴族社会の国でよく認可されたもんだ。
「あれ? 内政官になると貴族になれるのですか?」
「必ずではありませんが、一代限りの准男爵になれる可能性があります。出世すれば世襲が可能な男爵以上にもなれますよ。法衣貴族ですが」
ちなみに、法衣貴族とは、領地を持たない貴族である。
感覚としては、国家公務員だろうか? それで言うと、領地を持つ貴族は県知事などが当て嵌まると思う。
国家公務員と県知事であれば、圧倒的に国家公務員の人数が多いように、領地を持つ貴族より法衣貴族の方が圧倒的に多いのだ。
おまけで、我が家のような在地貴族は、例えるなら地方公務員である。
「アルフレードは貴族になりたいのですか?」
「なれたら嬉しいとは思いますが、純粋に内政官になりたいと思っています」
就きたい職業の先に貴族があるけど、それはあくまでおまけで、アルフレードは就きたい職業に就くことだけを考えてるのだな。
「それで、アルフレードは上位に入っているのですか?」
「現状、今までの四年間は全て五本指に入っていますね」
「アルフレードは有能なのですね」
「自分が有能だと思ったことはありませんが、努力を怠っていない自負はあります」
うん、有能だ。でも、元々が貴族だけが就ける職業で、有能な平民がやっていける未来が見えないのだが大丈夫なのだろうか。他人事ながら心配になってくる。
「でも、どうしてその話を私に?」
「ブリッツェン様は騎士爵家の息子として幼き頃より精進し、年齢に見合わない実力をお持ちです。ですが、実家の職業ではなく実家とは関係のない冒険者を目指されています。なので、実家の職業を目指さない”同士”としてお話をしてみました」
「……俺は三男で、むしろ跡を継ぎたいとは言えない立場ですから。仕方なく……でもありませんが、自由にさせてもらっているので、それなら旅がしたいと思い冒険者を目指しただけです。跡取り息子のアルフレードとは立ち位置が違うと思うのですが」
そもそも、三男なんて家を出る以外の選択肢がないからな。
「それでも、一度誰かに聞いて欲しかったのです」
「まぁ、私には聞いてあげるしかできませんが、夢に手が届きそうなのであれば頑張った方が良いと思います」
「そう言っていただけただけでも嬉しいです」
「何もしてあげられませんが、応援します」
「ありがとうございます」
もし、アルフレードが機会をものにしたとき、俺の一声でクラーマーがアルフレードの夢のために商人にならなくても良い、と言わせるのは可能かもしれない。しかし、それによってフェリクス商会が崩壊してしまう可能性もある。そうなったら、その責任の一旦は俺にもあるだろう。
俺は誰かの人生を変えることに口を出せる程の人物ではない。事なかれ主義なのかもしれないけれど、今はそんな自信は到底持てない。
う~ん。そうなると、安易に頑張れとか言うのも良くないのかな?
その後、王都はどんな街なのかなど、取り留めのない会話をしていると、アンゲラとエドワルダが公園にやってきた。
「ブリっち、良い買い物、出できた」
「ブリッツェン、着る物までありがとうね」
「良い買い物ができたのなら良かったよ」
エドワルダの満面の笑み……などというものは無く、いつもの覇気のないジト目ではあるが、腰に手を当て胸を張っているので、納得の買い物だったことは伺えた。
それにしても、エドワルダは小柄なのに胸だけは発育してるな。エドワルダの隣にいる姉さんと比べると見劣りするが、十一歳としてはなかなか素晴らしいな。何処かのペッタン娘は十三歳になっても残念なままなのに……。
腰に手を当て胸を張っているエドワルダを見ていたら、不意に故郷のエルフィを思い出し、なんだか物哀しい気持ちになってしまった。
「さて、そろそろ良い時間だし、荷物もそれなりにあるから今日はもう帰ろうか?」
「そうね、王都でのお買い物は楽しかったのだけれども、少し疲れてしまったわ」
「またくればいい」
「『聖女』アンゲラ様。ぼぼ、ぼ、僕がお荷物をお持ちいたちしまちゅ」
顔を赤らめたアルフレードがアンゲラの荷物持ちを買って出たが、最後に噛んでしまい幼児言葉のようになっていた。
「アルフレードさん、このくらいの荷物は大丈夫ですので、お気持ちだけ頂いておきますね。それから、聖女などと呼ばずにアンゲラとだけ呼んで下さい」
噛んでしまったアルフレードにツッコむ様な野暮な真似はしないアンゲラは、いつもの慈愛に満ちた笑顔でしれっと呼び方の訂正を求めていた。
「アンゲラ様は『聖女』ですので、僕は『聖女』アンゲラ様と呼ばさせていただきます」
緊張のせいだろうか、アルフレードの声がかなり大きくなっており、周囲から『聖女だって?』『あの美しい方が聖女様なのかしら?』などと言う声が聞こえてきた。
「と、取り敢えず急いで移動しよう」
俺はアンゲラの荷物と手を取り、足早に公園から離れた。
小走りの移動で公園からそこそこ離れると、ちょっとした空き地で息を整えるために立ち止まった。
「アルフレード、あんな場所で大声で『聖女』を連呼なんてするな。俺に迷惑をかけるのは構わないが、姉さんに迷惑をかけるような真似は謹んでくれ」
「……申し訳ございませんでした」
「ブリっち、その話し方がいい。いつも、子どもらしくない」
「僕が言うのもなんですが、ブリッツェン様は私達にはそのような言葉で話していただきたく存じます」
アンゲラに迷惑がかかったことで、俺はつい素の口調で怒ってしまった。しかし、この兄妹が素っ頓狂なことを言うものだから、俺の毒気はアッと言う間に抜けてしまった。
「アルフレードは年上だから、年長者を敬うつもりで言葉遣いには気を使っていたけど、今更なようだから君たちには普段使いの言葉で接するよ」
「それでいい」
「僕の方が年上なのだから、などと言うつもりは殊更ありませんので、お気遣いは必要ございません」
ひょんなことから垣根が取り外された俺達は、そこからはのんびりとフェリクス商会へと戻った。アンゲラは客間に戻り、俺は一人でクラーマーの執務室へ向かう。
「おかえりなさいませブリッツェン様。お買い物は如何でしたか? もし、入手できなかった品などあれば、申し付けていただければご用意したいますが?」
「ただいまですクラーマーさん。買い物はエドワルダのお陰で揃えられましたよ。一応、見落としがないか私の王都観光がてら今度また街に行く予定です。それから、アルフレードとも楽しく会話ができました」
「そうでございますか。ありがとうございます」
なぜクラーマーから礼を言われたのかよくわからんが、取り敢えず長男と長女を貸し出してくれたクラーマーに報告は済ませた。
「食事の方はまもなく準備が整うと思いますが、今暫くお待ち下さい」
「何から何まですみません。そうだ、もう少し肉を預けておきましょうか?」
「いいえ、既に多く頂いておりますのでお気遣いなく」
クラーマーのフェリクス商会は、何気に魔道具袋を複数所有しており、一つは腐敗させたく無い物の保存用として使用しているので、俺と姉さんの宿泊代金として、解体はしていないが食肉となるイノシシやシカ、キジもいくらか丸々渡して魔道具袋に入れてもらっている。
一応、クラーマーの家族といえど、俺が魔道具袋――もどきだが、所持しているのは秘密事項なので肉の出処は知られていない。
夕食まで少し時間があるようなので、俺は一度客間に戻った。
街での買い物に疲れたと言っていたアンゲラは寝台でぐっすりだったので、俺はアンゲラを起こさないようにソファーに腰掛けダラリとしていた。
「ブリッツェン、起きなさい」
「――ん~……、あれ? 寝ちゃってたのか俺は?」
「ブリッツェンも疲れていたようね」
「そんなに疲れた感じはなかったんだけどな」
「食事の用意ができたようだから急ぎましょ」
「そうだね」
確か、夕飯にはフェリシアさんがじっくり煮込んだイノシシが出てくるんだよな。楽しみだな。
食堂に着いた俺が既に定位置となったお誕生日席に座ると、料理が運ばれてテーブルの上に並べられる。
ほー、これは美味そうだ。
「今回のイノシシは今までない程じっくり煮込みましたので、とろけるくらい柔らかくできました」
自信満々に語るフェリシアを見ると、この料理が美味いのは食べなくてもわかる。
「こちらのシカも素材が良かったので、簡単な調理ではありますがブリッツェン様のお気に召して頂けるかと」
「楽しみです。では、皆さんフェリシアさんの料理を頂きましょうか」
俺は両の掌を合わせ「いただきます」と口にして料理を口に運んだ。
この世界では、食事をする前のお祈りなどの習慣がなく、俺が口にする「いただきます」という言葉を皆が不思議に思っていたようで、「ブリッツェン様が食事の際に口にしている『いただきます』は、何に対しての言葉なのですか?」と以前クラーマーに問われた。
俺は「食材となった命、食材の生産や狩猟をしてくれた方、調理してくれる方、そういった多くの命と料理が出来上がるまでに関わった方々に対する御恩に感謝し、『ありがたくいただきます』という気持ちを言葉に現しているのです」と答えると、「それは素晴らしい」とクラーマー達も口にするようになった。
ちなみに、アンゲラを始めとする家族も、今では当たり前のように食前の「いただきます」と食後の「ごちそうさでした」を口にしている。
「うん、シカも確かに美味しいけれど、このイノシシは今までに食べたことがないくらい美味しいです」
「ブリッツェン様にそう仰っていただき、ほっといたしました」
嫌いな物以外は何でも美味く感じてしまう安物の舌を持つ俺でも、このイノシシの煮込みはとても美味しく感じた。ただ、何の食材や調味料がどういった味を出しているとか全くわからないので、ただ「美味い」としか表現できないのが情けない。
こうして美味い食事を堪能した俺は、残り少ないアンゲラとの生活を和みつつ王都二日目の床に就いた。
「エドワルダも可愛い物とか興味あるの?」
「ブリっち、それは失礼」
「ごめんごめん」
王都の街に繰り出した俺達一行は、観光より先にすべきことを済ませてしまおうと、アンゲラの生活用品を買うためにエドワルダお薦めの店に来ていた。
「『聖女様』この石鹸の香り、お勧め」
「エドワルダちゃん、私のことはアンゲラと呼んでくれて良いのですよ」
「『聖女様』は『聖女様』」
エドワルダに何故か『聖女様』と呼ばれているアンゲラは、笑顔にいつものキレがないので少々困惑しているのが見て取れる。
「取り敢えず、クラーマーさんが家具とかの大きい物からそれなりに細かい物まで用意してくれてたみたいだから、本当の小物や趣味趣向で選ぶ物くらいの買い物で済むんだ。姉さんは石鹸とか気に入った物を選ぶと良いよ」
「でも、石鹸は高いのに良い香りの物ではもっと高いわよ」
「姉さん、お金の心配はしなくて良いって言ったでしょ」
「でも~……」
「いいからいいから。――エドワルダ、他にも良い物があったら姉さんに教えてあげてね」
「分かった」
夜の寝台では甘えてくるアンゲラも、普段は俺に甘えない人だ。だったら俺が強引に買わせるしかないのである。
ちなみに、甘えてくると言っても俺が抱きまくらになるだけだ。
何だかんだ遠慮するアンゲラに対し、ガツガツお勧めを教えてくれるエドワルダのお陰で、買い物は順調に進んだ。
そして、衣服の購入へと向かったのだが、試着などがある関係で俺とアルフレードが店内を彷徨くのは拙いと思い、お金をエドワルダに預けて俺たちは近くの公園で待つことにした。
お金をエドワルダに預けた理由は、アンゲラだと買わないだろうと思い、エドワルダに強引にでも購入させるためだ。
「ブリッツェン様」
「何でしょう?」
「アンゲラ様はとてもお美しい方ですね」
「はい、自慢の姉です」
俺に話し掛けながらも、どこかぽ~っとした表情で、見えない何かを見つめているアルフレードがアンゲラを褒めてくれた。
弟の俺が惚れてしまうくらい姉さんは超絶癒し系美少女だからな。アルフレードも姉さんの虜になってしまったのだろう。わかる、わかるぞその気持ち。だが、姉さんはやらん! なぜかって? アルフレードは男の俺からみてもイケメンだ。そんなアルフレードが姉さんと並んでいるのを想像してみろ! 美男美女のカップルとか……普通に許せん!
非リア充歴三十五年だった俺の心は非常に狭いのであった。
「そういえば、アルフレードは今年で学院を卒業するのですよね?」
「……え? 何でしょうかブリッツェン様?」
「……アルフレードは学院を卒業したら実家で商人をやるのですか?」
「一応、僕は跡取り息子ですからね、その予定ですよ。ただ、最初は王都の店舗ではなく、各地を回る商隊からになると思います」
確か、クラーマーさんも会頭なのに自分でキーファシュタットまで来ていたし、昔は商隊として各地を回っていたと言ったいたな。アルフレードも若い内は商隊で経験を積むのかな?。
それにしても、アルフレードの表情はいつもどおりの笑顔に見えるけど、何だかその笑顔が弱々しいな。
「アルフレードは将来の夢などありますか?」
「父は一代で商会をここまで大きくしたので、僕は更に大きくしたいと思っています。……と言うのは表向きで、実は内政官になりたいのです」
「内政官?」
「はい、宮廷での国政に関わる仕事です。ああ、厳密に言いますと仕事場は宮廷とは限りませんが、宮廷に本部を置く国政に係る仕事ですね」
夢はあるけど跡取り息子だから、その夢は叶えられないのかー。身分制度がある世界だからな。なりたい職業、やりたい仕事を目指すのも儘ならないのだろう。
「それならカールに跡を継いでもらっては?」
「カールは父のような立派な商人になりたいと言っていますが、まだ子供ですからね、押し付けるわけにはいきません。ただ、もし機会があれば、その時は父に言ってみようとは思ってます』
「機会はありそうですか?」
「学院を上位の成績で卒業すると、平民でも取り立てて貰える場合があるのです」
ん? 平民でも?
「平民は、アルフレードの言う内政官になれないのですか?」
「内政官は宮中職と呼ばれ、領地を持たぬ法衣貴族が多く勤めているのです。更に、貴族の嫡男以外の貴族ですね。彼らは自身が貴族でも子孫は貴族でなくなってしまいますし、代替わりがあれば自身もその時点で貴族ではなくなってしまいます。なので、法衣貴族の次男以降は法衣貴族を目指し宮中勤めをするのです。そこに平民の入る余地などないのですが、学院を上位の成績で卒業した場合にのみ、平民が内政官になれる唯一の機会が生まれるのです」
内政官が国政に係る仕事なら、その仕事は貴族だけってことなんだろうな。でも、極一部とはいえ有能な平民を取り立てるなんて、貴族社会の国でよく認可されたもんだ。
「あれ? 内政官になると貴族になれるのですか?」
「必ずではありませんが、一代限りの准男爵になれる可能性があります。出世すれば世襲が可能な男爵以上にもなれますよ。法衣貴族ですが」
ちなみに、法衣貴族とは、領地を持たない貴族である。
感覚としては、国家公務員だろうか? それで言うと、領地を持つ貴族は県知事などが当て嵌まると思う。
国家公務員と県知事であれば、圧倒的に国家公務員の人数が多いように、領地を持つ貴族より法衣貴族の方が圧倒的に多いのだ。
おまけで、我が家のような在地貴族は、例えるなら地方公務員である。
「アルフレードは貴族になりたいのですか?」
「なれたら嬉しいとは思いますが、純粋に内政官になりたいと思っています」
就きたい職業の先に貴族があるけど、それはあくまでおまけで、アルフレードは就きたい職業に就くことだけを考えてるのだな。
「それで、アルフレードは上位に入っているのですか?」
「現状、今までの四年間は全て五本指に入っていますね」
「アルフレードは有能なのですね」
「自分が有能だと思ったことはありませんが、努力を怠っていない自負はあります」
うん、有能だ。でも、元々が貴族だけが就ける職業で、有能な平民がやっていける未来が見えないのだが大丈夫なのだろうか。他人事ながら心配になってくる。
「でも、どうしてその話を私に?」
「ブリッツェン様は騎士爵家の息子として幼き頃より精進し、年齢に見合わない実力をお持ちです。ですが、実家の職業ではなく実家とは関係のない冒険者を目指されています。なので、実家の職業を目指さない”同士”としてお話をしてみました」
「……俺は三男で、むしろ跡を継ぎたいとは言えない立場ですから。仕方なく……でもありませんが、自由にさせてもらっているので、それなら旅がしたいと思い冒険者を目指しただけです。跡取り息子のアルフレードとは立ち位置が違うと思うのですが」
そもそも、三男なんて家を出る以外の選択肢がないからな。
「それでも、一度誰かに聞いて欲しかったのです」
「まぁ、私には聞いてあげるしかできませんが、夢に手が届きそうなのであれば頑張った方が良いと思います」
「そう言っていただけただけでも嬉しいです」
「何もしてあげられませんが、応援します」
「ありがとうございます」
もし、アルフレードが機会をものにしたとき、俺の一声でクラーマーがアルフレードの夢のために商人にならなくても良い、と言わせるのは可能かもしれない。しかし、それによってフェリクス商会が崩壊してしまう可能性もある。そうなったら、その責任の一旦は俺にもあるだろう。
俺は誰かの人生を変えることに口を出せる程の人物ではない。事なかれ主義なのかもしれないけれど、今はそんな自信は到底持てない。
う~ん。そうなると、安易に頑張れとか言うのも良くないのかな?
その後、王都はどんな街なのかなど、取り留めのない会話をしていると、アンゲラとエドワルダが公園にやってきた。
「ブリっち、良い買い物、出できた」
「ブリッツェン、着る物までありがとうね」
「良い買い物ができたのなら良かったよ」
エドワルダの満面の笑み……などというものは無く、いつもの覇気のないジト目ではあるが、腰に手を当て胸を張っているので、納得の買い物だったことは伺えた。
それにしても、エドワルダは小柄なのに胸だけは発育してるな。エドワルダの隣にいる姉さんと比べると見劣りするが、十一歳としてはなかなか素晴らしいな。何処かのペッタン娘は十三歳になっても残念なままなのに……。
腰に手を当て胸を張っているエドワルダを見ていたら、不意に故郷のエルフィを思い出し、なんだか物哀しい気持ちになってしまった。
「さて、そろそろ良い時間だし、荷物もそれなりにあるから今日はもう帰ろうか?」
「そうね、王都でのお買い物は楽しかったのだけれども、少し疲れてしまったわ」
「またくればいい」
「『聖女』アンゲラ様。ぼぼ、ぼ、僕がお荷物をお持ちいたちしまちゅ」
顔を赤らめたアルフレードがアンゲラの荷物持ちを買って出たが、最後に噛んでしまい幼児言葉のようになっていた。
「アルフレードさん、このくらいの荷物は大丈夫ですので、お気持ちだけ頂いておきますね。それから、聖女などと呼ばずにアンゲラとだけ呼んで下さい」
噛んでしまったアルフレードにツッコむ様な野暮な真似はしないアンゲラは、いつもの慈愛に満ちた笑顔でしれっと呼び方の訂正を求めていた。
「アンゲラ様は『聖女』ですので、僕は『聖女』アンゲラ様と呼ばさせていただきます」
緊張のせいだろうか、アルフレードの声がかなり大きくなっており、周囲から『聖女だって?』『あの美しい方が聖女様なのかしら?』などと言う声が聞こえてきた。
「と、取り敢えず急いで移動しよう」
俺はアンゲラの荷物と手を取り、足早に公園から離れた。
小走りの移動で公園からそこそこ離れると、ちょっとした空き地で息を整えるために立ち止まった。
「アルフレード、あんな場所で大声で『聖女』を連呼なんてするな。俺に迷惑をかけるのは構わないが、姉さんに迷惑をかけるような真似は謹んでくれ」
「……申し訳ございませんでした」
「ブリっち、その話し方がいい。いつも、子どもらしくない」
「僕が言うのもなんですが、ブリッツェン様は私達にはそのような言葉で話していただきたく存じます」
アンゲラに迷惑がかかったことで、俺はつい素の口調で怒ってしまった。しかし、この兄妹が素っ頓狂なことを言うものだから、俺の毒気はアッと言う間に抜けてしまった。
「アルフレードは年上だから、年長者を敬うつもりで言葉遣いには気を使っていたけど、今更なようだから君たちには普段使いの言葉で接するよ」
「それでいい」
「僕の方が年上なのだから、などと言うつもりは殊更ありませんので、お気遣いは必要ございません」
ひょんなことから垣根が取り外された俺達は、そこからはのんびりとフェリクス商会へと戻った。アンゲラは客間に戻り、俺は一人でクラーマーの執務室へ向かう。
「おかえりなさいませブリッツェン様。お買い物は如何でしたか? もし、入手できなかった品などあれば、申し付けていただければご用意したいますが?」
「ただいまですクラーマーさん。買い物はエドワルダのお陰で揃えられましたよ。一応、見落としがないか私の王都観光がてら今度また街に行く予定です。それから、アルフレードとも楽しく会話ができました」
「そうでございますか。ありがとうございます」
なぜクラーマーから礼を言われたのかよくわからんが、取り敢えず長男と長女を貸し出してくれたクラーマーに報告は済ませた。
「食事の方はまもなく準備が整うと思いますが、今暫くお待ち下さい」
「何から何まですみません。そうだ、もう少し肉を預けておきましょうか?」
「いいえ、既に多く頂いておりますのでお気遣いなく」
クラーマーのフェリクス商会は、何気に魔道具袋を複数所有しており、一つは腐敗させたく無い物の保存用として使用しているので、俺と姉さんの宿泊代金として、解体はしていないが食肉となるイノシシやシカ、キジもいくらか丸々渡して魔道具袋に入れてもらっている。
一応、クラーマーの家族といえど、俺が魔道具袋――もどきだが、所持しているのは秘密事項なので肉の出処は知られていない。
夕食まで少し時間があるようなので、俺は一度客間に戻った。
街での買い物に疲れたと言っていたアンゲラは寝台でぐっすりだったので、俺はアンゲラを起こさないようにソファーに腰掛けダラリとしていた。
「ブリッツェン、起きなさい」
「――ん~……、あれ? 寝ちゃってたのか俺は?」
「ブリッツェンも疲れていたようね」
「そんなに疲れた感じはなかったんだけどな」
「食事の用意ができたようだから急ぎましょ」
「そうだね」
確か、夕飯にはフェリシアさんがじっくり煮込んだイノシシが出てくるんだよな。楽しみだな。
食堂に着いた俺が既に定位置となったお誕生日席に座ると、料理が運ばれてテーブルの上に並べられる。
ほー、これは美味そうだ。
「今回のイノシシは今までない程じっくり煮込みましたので、とろけるくらい柔らかくできました」
自信満々に語るフェリシアを見ると、この料理が美味いのは食べなくてもわかる。
「こちらのシカも素材が良かったので、簡単な調理ではありますがブリッツェン様のお気に召して頂けるかと」
「楽しみです。では、皆さんフェリシアさんの料理を頂きましょうか」
俺は両の掌を合わせ「いただきます」と口にして料理を口に運んだ。
この世界では、食事をする前のお祈りなどの習慣がなく、俺が口にする「いただきます」という言葉を皆が不思議に思っていたようで、「ブリッツェン様が食事の際に口にしている『いただきます』は、何に対しての言葉なのですか?」と以前クラーマーに問われた。
俺は「食材となった命、食材の生産や狩猟をしてくれた方、調理してくれる方、そういった多くの命と料理が出来上がるまでに関わった方々に対する御恩に感謝し、『ありがたくいただきます』という気持ちを言葉に現しているのです」と答えると、「それは素晴らしい」とクラーマー達も口にするようになった。
ちなみに、アンゲラを始めとする家族も、今では当たり前のように食前の「いただきます」と食後の「ごちそうさでした」を口にしている。
「うん、シカも確かに美味しいけれど、このイノシシは今までに食べたことがないくらい美味しいです」
「ブリッツェン様にそう仰っていただき、ほっといたしました」
嫌いな物以外は何でも美味く感じてしまう安物の舌を持つ俺でも、このイノシシの煮込みはとても美味しく感じた。ただ、何の食材や調味料がどういった味を出しているとか全くわからないので、ただ「美味い」としか表現できないのが情けない。
こうして美味い食事を堪能した俺は、残り少ないアンゲラとの生活を和みつつ王都二日目の床に就いた。
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身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
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曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
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ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
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