金に紫、茶に翡翠。〜癒しが世界を変えていく〜

かなえ

文字の大きさ
2 / 113
第一章

第一話 マグヌス王子、『癒し』を知る〜地域に2人も居て良いのか問題

しおりを挟む
 明るく色とりどりの花が咲く王宮の中庭。その噴水の手前に今、幼児が2人いる。
 2人は顔見知りで、お互いに気づいた瞬間どちらともなくパタパタと小走りし、向かい合うと短い手で互いの体をあちこちトントンしながら、足は昂揚でジタバタしながら「りゅじぇー」「りろー」と舌足らずな発音で互いの名を呼び合って笑っている。
 本の世界では、こういった存在は地域に1人ということになっているはずだが…それがここに2人もいて良いのか?それが5歳になるマード国王子マグヌス・マードの最初の感想だった。
 マグヌスの側近候補であるユリアン・コークとリゼル・クインは2人ともマグヌスと同じ5歳児で、2人共にもう少しで2歳になるという弟がいる。その弟達を見ての感想がそれだった。
 直毛の黒髪に黒瞳のマグヌスと違い、ユリアンの弟リオンは金色のふわりとした少しクセのある髪に紫色の瞳、リゼルの弟ルゼルは薄茶色のくりくりとした髪に翡翠色の瞳をしていた。2人ともその目は大きく無垢で、よく笑い、女の子とも男の子とも言い切れない見た者の目を引く性別を超えた美幼児だった。過剰なほどのフリルのついた服が恐ろしく似合っている。
 常々ユリアンとリゼルに「うちの弟は天使だ」「確かに。だけどうちの弟も天使だ」「確かに」という会話を聞かされ続けていたマグヌスは、なぜ2人が「いや、うちの弟こそ天使だ」と言い返さないのかと、その中途半端な兄バカぶりに呆れていたが、今その答えがわかった。
 2人とも本当に天使のように愛らしいのだ。見る者を和やかにさせる、ふんわりとした雰囲気が2人にはある。
 短い手足で、今は懸命に己の兄の後を追っている姿は、天使が羽を羽ばたかせているかのようなパタパタという小さな足音と、それに合わせて揺れる髪と、「あにゅうえ」と『兄上』と言えないリオンと「あにゅーれ」とやはり『兄上』と言えないルゼルの可愛らしい声と…とにかく愛らしさこの上なく、そこに居た誰もが2人に癒やされていた。
 「これは本当に可愛いな。お前達が天使だと言うのもわかる」とマグヌスはリオンとルゼルを眺めながら言った。
 「そうでしょう殿下。1人でも可愛らしいのに2人並ぶと、もう、ものすごく、とても、たくさん、可愛いのです」とリオンの兄ユリアンが言う。5歳児の語彙力として最高の評価だ。
 ユリアン自身も金髪碧眼のなかなかの美幼児だし、リゼルも薄茶の髪に薄青色の瞳の美幼児だが、愛らしさという点で弟達が上をいっている。
 「お前達はこの可愛い弟達を生まれた時から見ていたのか」
 ユリアンは公爵家嫡男、リゼルは侯爵家嫡男。ユリアンの母とリゼルの父が兄妹という関係の従兄弟同士で幼い頃から両家を行き来する間柄だ。
 さらにユリアンの父の妹にあたるユリアンの叔母がマグヌスの母、つまり王妃という立場であり、マグヌスとユリアンも従兄弟同士だ。
 そのような関係性と同い年ということからユリアンとリゼルはマグヌスの遊び相手兼側近候補として以前から城に出入りしていた。
 この度、マグヌスに弟か妹が生まれることになり『兄弟とは』『兄とは』に興味を持ったマグヌスが常々気になっていた2人の自慢の弟を見て『予習』したいと言い出し、この日、弟組との初対面となったのだった。
 「はい。私はルゼルを生まれた日から。リオンは生まれて1ヶ月のころから見ています。もう、生まれた時から2人は特別に可愛かったのです」とリゼルがやや上気した顔でにこやかに言う。
 「妹よりもか?」とマグヌスは少しいたずらな気持ちでリゼルの1つ下の妹のことを持ち出した。しかしリゼルは「はい、そうです」と即答。「妹のリディラもとっても可愛かったのです。でもルゼルの可愛さはそれ以上でした」
  「お前…そんなこと言って…リディラは怒らないのか?」
 「全然です。リディラも同じ気持ちです。前にレディーファーストでルゼルより先にリディラにオモチャを渡したらルゼルに意地悪をしたと怒られました」
 リディラに言わせるとルゼルは天使なので、人間の自分より敬わねばならぬのだとのこと。そこまで兄姉に愛されているのかとマグヌスが納得と呆れ半分とでいると、ぱたりと小さな音を立ててルゼルが転んだ。
 「‼︎」一瞬、人も空気も周りの何もかもが止まった…ように感じた。最初に動いたのはリゼルとリオンだ。
 「ルゼル!」とひざまづいてルゼルを起こしに行くリゼルと、「りゅじぇー」と言ってしゃがむリオン。兄に立たされ怪我の確認をされるルゼルは少し涙目で、チラリとマグヌスを見てから口元をぐっと引き締めた後、小さな声で「あにゅーれ…えんしゃい」と謝った。『えんしゃい』は『ごめんなさい』のことだろう。「怪我がなくて良かった。謝ることは何もないよ。アニューレは怒ってないよ」とリゼル。弟の前では自分をアニューレ呼びなんだなとマグヌスはぼんやり思う。
 「あにゅーれ…えんしゃいぃぃ」とルゼルは2度めの謝罪をする。翡翠の瞳にみるみる涙が溜まる。すかさずリオンが言う。
 「りじぇしゃま。りゅじぇ、かっこよくない、やだでしゅ」どうやらルゼルの謝罪の意味を伝えようとしているらしい。「りじぇしゃま。りゅじぇ、きょーじなの」
 リオンがスクッと立って…立ってもしゃがんでいるリゼルと目の高さが変わらない…紫の瞳をキリッと光らせ手をぐーにして言う。きょーじとは矜持のことか?おそらくルゼルは転んだことが貴族らしくなく、しかもそれが王子の前でということで(王子が世の中で特別な存在ということは知っている。そして兄たちにとっては更に特別ということは何となくわかっていた)兄に恥をかかせたと感じたのだろう。その気持ちを少しばかり先に生まれたリオンが懸命に代弁しているというところか。コーク家の者は賢く、そして言葉に長けているというのが世間の認識だが、それにしてもリオンは言葉の成長が早い。
 ルゼルは両手でお腹あたりの服をギュッとつかみ、うぐっと泣くのを堪える唸り声を出している。「かわいい」泣くのを我慢する幼児はこれほど可愛いものかとマグヌスが口に手を当てて呟くと、ユリアンも「まさか…泣…いやいやいや、期待しちゃダメだユリアン・コーク、ルゼルがかわいそうだろう」と青い目を瞠ってつぶやいた。どういう意味だと不思議に思うマグヌスをよそに、リゼルはルゼルを抱きしめて言った。
 「大丈夫。ルゼルは何をしても可愛いよ。ルゼルの年齢ではね、カッコいいより可愛いことの方がずっとずっと最強なんだよ」とささやいた。いや、これは兄弟揃って可愛いな。と思って見ていると、えぐっと一回言った後ルゼルが立ったまま、より強く服を握って「ふえええん」と弱々しいながらもおそらく彼の大声で泣き始めた。兄の言葉に張り詰めていた緊張が切れたような泣きだ。
 「ああっ、なんという…」とユリアンが昂揚した顔でルゼルの泣き顔を見て言う。確かに泣き顔すら愛らしく美しい。これは見たいと思う気持ちと、泣かせるのは忍びない気持ちがせめぎ合い背徳的な気持ちになる。ユリアンが続ける。「ルゼルは泣き虫なのですが、誰もルゼルを泣かせたくはないのです。でも泣き顔がとても可愛いので、時々泣き顔も見たくなってしまうのです。だから…」わかる。今みんなで背徳的気分を共有している。
 リゼルが困ったような嬉しいような複雑な顔でルゼルの頭をなでていると、リオンがおもむろにルゼルをくるりと自分の方に向け、その両手を取って「りゅじぇ、ぱんぷちんしよ」と唐突に言った。
 ぱんぷちん、おそらく『パンプキン』とは、大人が子どもにしてやる遊びで、両手を繋ぎ「パンパン」で少し弾ませ「パンプキーン」で高く持ち上げ、それを何回か繰り返して最後は抱き締めたりくすぐったりするものだ。たいていの子どもはこのパンプキンが大好きで、日頃ねだることははしたないと教えられそれを守ってきたマグヌスも、護衛や侍従にやってほしいとねだったことがあるほどだ。それをこの2人が?大人や兄たちが見守る中リオンがルゼルの手を取り「ね、ぱんぷちん。ね?」と小首をかしげて言い、続けて「ぱんぱんぱんぷちん、ぱんぱんぱんぷちん」と言いながら手を上下に揺らす。2人ともまだジャンプができないのでパンプキンのところでなんとなく踵を上下させたり膝を曲げたりしている。その様がこの上なく微笑ましい。
 やがてリオンの目論見通りルゼルが泣くことを忘れ、だんだんと笑顔になる。それを見てリオンも笑顔になる。最後は短い手で、しっかりとはくすぐりあえない2人が何かこちょこちょと動いて「ぱんぷちーん」「…いーん」と言ってキャッキャと笑いだす。それを見ていたその場の全員の気持ちがふわっとした。

 その後四阿あずまやでお菓子を食べながらマグヌスと兄組は蝶を追って周りを走る弟組2人をのんびりと眺めていた。
 あらためて兄になることに自覚が芽生えた気のするマグヌスは2人に「弟妹の誕生が待ち遠しくなった。私に似た弟か妹が生まれるなど楽しみでしかない」と話し、ユリアンも「弟君でも妹君でもきっと殿下に似た黒髪色白の赤子様ですね」とにこやかに答えた。
 「あにゅーれ!ちょちょー」とリゼルに手を振るルゼルと、蝶を懸命に追いかけるリオン。ここに自分の弟妹もいたらどんなに可愛いだろうと、王子マグヌスは5歳にして『癒し』というものの存在を知るのだった。

 その夜、マグヌスは父王と母王妃にリオンとルゼルがいかに愛らしく仲が良かったかを語り「早く私も兄上と呼ばれたいです」と興奮気味に話して2人をにこやかにさせていた。

 その後ほどなくしてマグヌスには弟が生まれた。マグヌスと同じ黒髪色白だったが、想像していたよりかなりハッキリしたクセのある顔立ちで、どう見ても父王似のゴリマッチョな赤子だった。それでもどこか自分に似ている弟を見て「うちのゴリマッチョもかわいい」と微笑んで呟くマグヌスだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

過労死して転生したので絶対に働かないと決めたのに、何をしても才能がバレる件

やんやんつけバー
ファンタジー
過労死して異世界転生。今度こそ絶対に働かないと決めたのに、何をやっても才能がバレてしまう——。農村で静かに暮らすはずが、魔力、農業、医療……気づけば誰も放っておかない。チートで穏やか系の異世界スローライフ。

二十年仕えた王女が私を敵に売った。それでも守ることにした

セッシー
ファンタジー
二十年間、王女殿下の護衛騎士として仕えた。その殿下が、私を敵に売った。 牢の中で事実を知り、一分考えて——逃げることにした。殿下の目的を、まだ果たしていないから。 裏切りの真相を確かめるため、一人王都へ戻る護衛騎士の話。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。 まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。 だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。 竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。 ※設定はゆるいです。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。  発端は彼女の父親が行方不明となり、叔父である父の弟が公爵邸に乗り込んで来たこと。  何故か叔父一家が公爵家の資産に手を付け散財するが、祖父に相談してもコロネに任せると言って、手を貸してくれないのだ。  そもそも父の行方不明の原因は、出奔中の母を探す為だった。その母には出奔の理由があって…………。  残された次期後継者のコロネは、借金返済の為に事業を始めるのだ。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

処理中です...